表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線 -r15-  作者: あい
境界線

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/24

十五日目:琥珀色の共犯者

琥珀色の湯気に包まれた密室。お互いの「本体」を晒し合い、私たちはついに日常の重力から解き放たれます。初めて触れる、命そのものの重み。


「……どうして、そんなに遠く?」


琥珀色のお湯に浮かぶ二つの身体。

その距離は、彼が抱える緊張と大切にしたいという想いの表れだと痛み入るほど分かったけれど、

私はそのもどかしさを、少しだけ意地悪な言葉に変えて、湯気の中に放り投げた。


「……あいちゃんを、大切にしたくて」


たかしさんの声が、湯気の向こうで震えていた。

林檎が浮かぶお湯の表面が、彼の動揺を小さな波紋として映し出す。


「大切にって……遠くにいることが?」


「昨日、あんなふうになってしまって。今日は、ちゃんと……いや、でも、その……」


彼の言葉が迷子になっていく。

昨夜のリビングでの熱狂が、彼にとっても制御できない何かだったのだと、その狼狽えた声音から伝わってくる。


私は眼鏡を外し、浴槽の縁にそっと置いた。

世界が輪郭を失い、彼の姿はぼんやりとした影になる。


けれど、それでいい。

見えないからこそ、言える言葉がある。


「……ねぇ、たかしさん」


「はい」


「昨日のこと、後悔してる?」


沈黙が、湯気の中に広がった。

林檎がゆらゆらと揺れる音だけが、静寂を満たす。


「……後悔なんて、するわけがない」


低く、そして確かな熱を帯びた声。

曇った視界の向こうで、彼の影が少しだけ動いた気がした。


「でも、あいちゃんが嫌だったんじゃないかって。僕、抑えきれなかった」


「……私も、同じだったよ」


その言葉が、私の唇から自然にこぼれ落ちた。

視界がぼやけた世界では、言葉が素直になる。


「止めたのは、怖かったから。このままだと、戻れなくなるって……。でも」


私はお湯の中で、自分の指先を見つめた。

昨夜、彼の唇に触れた指先。


「今は、そんなに怖くない」


ゆっくりと、お湯をかき分けて、私は彼の方へ進んだ。

林檎が、私の動きに合わせてゆらゆらと揺れる。


「……あいちゃん」


「昨日、言ったよね。いつもきれいだなって思ってたって」


「……うん」


「私も、たかしさんのこと……ずっと、意識してた」


フェンス越しの会話。庭先での短い挨拶。

そのたびに、胸の奥が少しだけ温かくなっていたこと。


「でも、それが何なのか、考えないようにしてた。隣人だからって」


お湯の中で、誰かの手が私の手に触れた。

ぼんやりとした視界の中で、たかしさんの影が近づいてくる。


「……もう、隣人じゃない?」


彼の声が、すぐ近くで囁かれた。

湯気と硫黄の匂いの中に、彼の吐息が混じる。


「うん。もう、違う」


次の瞬間、私は彼の腕の中にいた。


バスタオル越しに感じる、彼の身体の熱。

お湯とは違う、生きた温度が私を包み込む。


「……キス、してもいい?」


「……昨日、散々したくせに」


「今日は、許可をもらいたくて」


その言葉に、胸の奥が熱く震えた。

昨夜の熱狂とは違う、丁寧で、それでいて確かな想いが伝わってくる。


「……いいよ」


唇が重なった。


ゆっくりと、丁寧に、お互いの存在を確かめ合うような口づけ。

お湯の中で密着した身体が、少しずつ熱を帯びていく。

彼の鼓動が、私の胸にまで響いてくる。


キスが深くなるにつれて、彼の呼吸が荒くなる。

押し当てられた身体の厚みから、彼が抑え込もうとしている熱情が、剥き出しの強さを持って伝わってきた。

私はその力強さに、抗えない本能的な悦びを感じていた。


お湯の中で手が重なる。

密やかな場所で、指先が熱に触れた。


「……っ!」


たかしさんの身体が震える。

私はその脈打つ予感を、手のひらで優しく包み込んだ。


「……大丈夫?」


「……どうしたい?」


意地悪く、けれど甘い誘い。

それは、言葉以上に深く、彼を追い詰める力を持っていた。


「……どうしたいって、困るよ」


「じゃあ、してあげよっか?」


私たちは二人でお湯から上がった。

湯気が立ち込める内湯の空間には、私たちだけ。

私は彼への献身として、その剥き出しの熱を自分の唇で受け入れることを決めた。


丁寧で、執拗な愛撫。

彼の理性が崩壊していく音が聞こえるようだった。

喉の奥まで満たされる重み、そして彼が漏らす、抗いきれない喜びの呻き。


「……あっ、はぁ……っ、あい、ちゃん……っ!」


私は彼を見上げた。

潤んだ瞳で、彼の震える手を取り、自分の柔らかな熱へと導いた。


二人だけの、閉じられた世界。

林檎の甘酸っぱい香りと、お湯の音、そして私たちの荒い息遣いしか聞こえない。


不意に、彼の中で昂まった熱が限界を超えた。

押し寄せる確かな質量と熱量。

私はそれを、すべて自分の愛おしい記憶として飲み下した。

喉を通る感触、胃の奥へと落ちていく重みが、私を「彼の女」に変えていく。


「……気持ちよかった?」


私が潤んだ瞳で問いかけると、彼は息も絶え絶えに、けれど確かに頷いた。


「うん。……すごく。上手だった」


一度の契り、されど深き証


彼の荒い呼吸が落ち着くのを待ってから、私たちは再びお湯に浸かった。

林檎の香りに包まれ、何度も、何度もキスを交わした。

お湯の熱とは違う、人肌の温もりが、私の心まで溶かしていくようだった。


休憩室の誘惑


浴室を後にし、私たちは畳敷きの休憩スペースへと移動した。

窓からは、軽井沢の緑が広がっている。


「……あいちゃん、今日、すごく積極的だったね」


「……びっくりした?」


「うん。でも、嬉しかった」


彼は私の手を握った。

ふと気づくと、彼の視線がバスタオル越しの私の身体を、熱く嘗め回すように見つめている。


「……やだ、見すぎ」


「……ほんと、色白いよね。めっちゃ綺麗」


その言葉の熱さに、また身体の奥が疼く。

私は彼の隣に座り、引き締まった胸板に指を這わせた。

指先が描く輪郭に、彼の呼吸が再び乱れていく。


私はバスタオルの下から、彼の熱にそっと触れた。

一度果てたはずなのに、またむくむくと膨れ上がっていく雄の証。


「……たかしさん、また……」


彼の大きな手が、私のバスタオルの下へと滑り込んでくる。

掌で包み込まれる熱。指先が、敏感な場所を執拗に求め始める。


「……ん、ぁ……」


その吐息が、軽井沢の爽やかな風をかき消すほどの熱を帯びていく。

私たちは、終わることのない情欲の波に、再び呑み込まれようとしていた。


電話の予兆


「あと十分で、お時間となります」


受話器から流れる、冷静な声。

現実が、一気に押し寄せてくる。


「……続きは、また今度」


「……ずるい」


彼は優しく微笑み、私の額に口づけを落とした。


湯気の向こうの約束


家までの帰路。

繋いだ手だけが、あの琥珀色の時間が夢ではなかったことを証明していた。


フェンス越しの隣人に戻る。

けれど、もう昨日までの私たちではない。


明日からまた、日常が始まる。

夫が帰ってくる。

けれど、私の中に芽生えたこの熱は、もう消えることはないのだと。


琥珀色の湯気の中で交わした約束が、静かに私の心に深く刻まれていた。


林檎の香りと熱い吐息。境界を越えた瞬間に生まれたのは、溺れるような快楽と、震えるほど深い一体感でした。もう、後戻りはできない。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ