十四日目:秒読みの朝、解禁される「二時間」の聖域
温泉は貸切。その言葉の意味を、遅れて理解した瞬間の心臓の音。隣人同士の親睦という言い訳が、もはや通用しない一線を意識してしまいます。
(朝:日常の皮を被った「約束」)
十四日目の朝、空気はどこか静まり返り、土曜日の到来を静かに待っているようだった。旦那の出張が週末まで延び、私の「一人きりの一週間」は、いつの間にか未知の領域へと足を踏み入れている。
いつものように裏庭へ出て、琥珀色のコーヒーを一口啜る。パジャマの上にカーディガンを羽織り、タバコに火を点けると、隣のガレージからカチャリと音がした。
「――高石さん、おはようございます。明日の件ですが、詳細が分かりました」
現れた斎藤さんは、どこか仕事の連絡でもするかのような、落ち着いた口調だった。
「あ、おはようございます。……何かあったんですか?」
「いえ、実は例の温泉、今は一般の入浴は受けていないみたいで。調べたら完全予約制の貸切になっていたんです。なので、勝手ながら明日の十時に予約を入れました。時間は二時間と決まっているようですが」
「貸切なんですね。……十時から二時間。分かりました、準備しておきます」
その時の私は、深く考えもせず、ただ事務的に頷いただけだった。
(昼下がり:遅れてきた「意味」への気づき)
家に戻り、いつものように家事をこなす。
けれど、静かなリビングでふと、斎藤さんの言葉が脳内でリフレインした。
(……貸切?)
貸切、予約専用、十時から二時間。
その言葉の羅列が、パズルのように私の頭の中で繋がり始めた。貸切の温泉ということは、そこには他のお客さんはいない。脱衣所も、お湯が溢れる浴槽も、洗い場も……。
「……え、貸切ってことは、一緒に入るの?」
独り言が、洗面所にポツンと落ちた。その瞬間、ドクンと心臓が跳ねる。
「一緒にお昼でも」という誘いや、庭先でのビールとは、次元が違う。服を脱ぎ、湯気に巻かれ、同じお湯を分け合う。それは「隣人同士の親睦」という言い訳が、もはや通用しないほど決定的な一線を越えることを意味していた。
一度そう思ってしまうと、もうドキドキが止まらなかった。
「いやいや、まさか」という理性と、どこか浮世離れした期待が、急激に熱を帯びた生々しい現実として押し寄せてくる。
十時から二時間、世界から隔離された極小の聖域。期待と危うさが入り混じったまま、週末へのカウントダウンが始まりました。




