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ペットショップの中でソファに座り、キリは落ち着かない様子で店の中を見回している。


「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ」

「ああ。でも休みの日のペットショップなんて初めて来たから。静かだな」

「この子達のための休みだからね。たまにはゆっくりした時間を持たせてあげないと」


そう言いながらルナは1匹のうさぎをケージから抱き上げる。そのままキリのもとへ連れてきた。


「この子はとても優しい子でね。キリの元気がないから心配してる」


膝の上にフワリとうさぎをのせられて、キリは緊張しながらその背を撫でる。


「……あったかいな。きもちいい」


キリが店に来たのはたまたまだった。

今日はゆっくり休めと非番をもらったのだが、心配して自分につきそうカグラに少し息苦しくなり1人で散歩したいとキリは家を出てきてしまった。そこでルナに会い、元気のないキリを見てうさぎを触らせてあげると店に誘われたのだ。


「真っ白だな。でも瞳は真っ赤で、トカゲみたい……ふふ」

「どうかした?」

「うん。少し昔のことを思い出した」


カグラの家で4人で暮らしだした頃。まだカグラは家にいることが多く、他の3人が出かけたあと寂しいと溢したことがあった。そこでトカゲがペットでも飼ったらどうかと提案したのだが、それが赤目の白うさぎだったのだ。

トカゲの執着心にウタハとキリは呆れ果てたが、カグラは「その色だとセキトみたいだね」と言ったためトカゲは全力でその案を却下した。それをウタハと大笑いしたと、楽しそうにキリはルナに話して聞かせた。


「楽しい家だね。私は実家が離れていてなかなか帰れないから羨ましい」

「近くてもウタハは全然帰ってこねぇけどな」


ウタハの名前を出した途端、キリの瞳から大粒の涙が溢れる。


「あれ?なんでだ?……ごめん……止まらない」


慌てて涙を拭おうとする手をルナが優しく握った。


「謝らなくていい。誰だって泣きたい時はある」


そのまま。キリの涙が止まるまでルナは静かに寄り添い続けた。




しばらくしてキリが落ち着くと、ルナはうさぎをケージへ戻してキリの隣に座った。


「話したくなければ言わなくていい。でも何かあるなら。私でよければ聞くよ」


決して無理はさせず、優しくルナはキリの心を開く。


「……こわ……こわかった……物みたいに…………壊されるんだと思った……光が届かない……暗い暗いところに……落とされるんだって……」


男に襲われたことを思い出しているのだろう。冷や汗を浮かべて震えるキリに、ルナは静かに耳を傾ける。


「それに……ウタハが……。俺のせいでウタハが……。アイツ、おかしかったんだ。なんであんな風に……」


頭を抱えて苦しむキリに、ルナも苦しそうな表情をしている。


「俺、どうしたら……もうイヤだ……イヤだよ……」


指が食い込みそうなほど力を入れた手を優しく包まれる。そっと力を抜かせると、ルナは真っ直ぐにキリを見た。


「私の力は動物達の声が聞こえる。純粋で清らかなその声は、時に人の残酷さを語る」


緑の瞳は透明でどこまでも澄んでいる。それは動物達の清らかさによく似ていた。


「私は力を使って、虐待されている動物達や住処を失って苦しんでいる動物達を救う手伝いもしてるんだ。でもそうすると、どうしても人の残酷さを目にすることになる。そんなことに疲れて、人という存在を身限りそうになっていた時……キリに出会った」


そっと、触れても大丈夫かを確認しながらキリの頬に手が添えられる。それはとても心地よかった。


「私の能力の話をした時に、キリは羨ましがったよね。いつも通り動物を愛玩としか見てない人かと思ったら、君は続けてこう言った。『俺は動物の扱い方がわからないから、触りたくても傷つけそうでできない』って」

「え?ああ。言ったけど」

「そこで気づいたんだ。動物に酷い扱いをしたいわけでも無関心なわけでもなく、どう接すればいいかわからない人もいるんだと。なら、私の力はそういった人達と動物達を繋ぐために使えばいいんじゃないかと」


澄んだ緑に光がさす。それは素直に美しいと思える色だった。


「店で働いていても、なんでそんな扱いをするんだと怒りを覚えることもあったんだ。でもその人達に少しアドバイスをすると、動物も人も、お互いにとても気持ち良く過ごせるようになる。私はこの仕事が大好きになった」


子供のように笑うルナにキリの心は軽くなる。苦しさがどんどん消えていった。


「そして、キリのことが好きになった」


フワリと。愛しむような視線を送られる。

キリの心臓がドクンと大きな音をたてた。


「傷ついてる時につけこむようなことをしてごめんね。でも、キリは私にとってかけがえのない存在なんだと伝えたかったんだ。大切な存在なんだと」


傷ついたキリを癒すように。ルナは優しく言葉をかけてくる。その想いに浸りたいと、キリは思った。


「俺……も、ルナのこと……」

「答えは焦らないで」


告白に応えようとしたキリの唇にルナの指が当てられる。


「今、君は傷ついてボロボロな状態だ。私の優しさに自分の気持ちを勘違いしてしまうかもしれない。だから、気持ちが落ち着いて元気になって、それでも私のことが好きだったら教えて欲しい。いくらでも待つから」


ただただ自分のことを考えてくれる優しさに、キリはまた涙が出そうになる。それを堪えてコクンとうなづいた。


「さて。せっかく来たんだ。他の子達も撫でてあげてくれるかな。私がキリを好きなのが伝わるのか、みんなキリに興味津々みたいだ」


フフッと笑いながらルナは手を差し出す。それを掴んでキリは立ち上がった。




キリがルナと店に入っていくのを見た後、ウタハはフラフラと街を彷徨っていた。いったいどこを歩いたのかも覚えていない状態で、気づくと寮へ帰ってきていた。もう日も暮れて辺りは真っ暗になっていた。


「……フチ?」

「ウタハさん……」


ウタハの部屋の前にフチがいた。ずっと待っていたようで、少し疲労が滲んでいる。


「どうしたんだよ」

「いえ。ちょっとウタハさんのことが気になって……」


心配して来てくれたのだろう。待たせてしまったことに申し訳なくなり、ウタハはお茶でも飲んでいくように部屋に誘う。


「そういえば、シュカさんはおられないんですか?真っ先に帰ったから寮にいると思ったのに」


『アイツ、セイのところに行くからって飛んで帰ったな』


「いや、今日は恋人のところに泊まるらしい」

「!……そうですか……」


ルームメイトのいない部屋に2人っきりという状況にフチは浮き足立つ。だがウタハは何も気付いていないようだった。


「さて。まずは謝らないとな。お前をほったらかして、あげく暴走して。すまなかったな。相棒失格だ」

「そんな!キリさんが危険だったんです。ご兄弟としては気が気じゃなかったでしょう」


キリと同じ班だとわかった時に、シュカがフチにウタハとの関係を嬉々として説明していた。その際、やたらと兄弟という部分を強調して。


「許せないのはあの売人です。途中で助けられたから良かったとは言え、キリさんの恐怖はどれほどだったか……」


自分も誘拐の被害に遭ったから余計になのか、フチはキリのことを思い激しく憤っている。


「ありがとう。今日は親がついてくれてるし、大丈夫だろう。……相談できる相手もいるみたいだしな」


街で見た光景が頭をよぎる。2人は恋人同士なのか。そうでなくても、あんなことがあった後に2人きりで会う間柄なのだ。自分はキリには必要ないのだろうとウタハには諦めにも似た感情が湧いてきた。


「……ウタハさんは大丈夫ですか?」

「……俺?」

「はい。後輩の僕なんかが余計なお世話かもしれませんが、あの時のウタハさんはとても苦しそうに見えたので。何か、心に抱えているものがあるんじゃないかって……」


なぜあそこまで怒りにのまれたのか。それはコハクにも言われたことだ。考えなければいけないことなのだが、どこかで脳がストップをかけてしまう。


「お前にそこまで心配させるなんて。情けない先輩だな。ありがとう。お前は優しいな」

「ウタハさんは情けなくなんてありません!それに……僕も優しさだけってわけじゃ……」


モジモジとフチは急に口ごもってしまう。だが、ここまできたらと決心して自分の気持ちを伝えることにした。


「今日も、打算もあって来たんです。今ならウタハさんの特別になれるんじゃないかって」

「特別?」

「ウタハさんの気持ちを癒してあげられたら、好きになってもらえるんじゃないかって………あなたのことが好きなので」

「……へ?」


周りにはバレバレだが、ウタハはフチの気持ちに全く気づいていなかった。理解が追いつかなくて動きが止まっている。


「僕…じゃ、ダメですか?まさか恋人がいるとか?それとも好きな人が?」

「………」


好きな人、と言われて浮かぶのはキリの笑顔だ。でももうキリには、辛い時に頼れる人が他にいる。ならこの気持ちは忘れてしまうしかないのだろう。


「いや、いない」

「なら、僕と付き合ってください」


勢いあまってフチがウタハを押し倒す。潤んだピンクの瞳がウタハを見下ろしてきた。


「お試しでも構いません。好きになってもらえるように努力します」


大きな瞳が熱に染まっている。目を奪われる愛らしい容姿が色気を放つ様は、恋愛感情がないウタハですら欲を呼び覚まされた。

それに気づいてフチが口を重ねようと顔を近づける。


「あなたのためなら……何でもします。一時でも、あなたが苦しさを忘れられるなら……」

「……ダメだ」


迫ってくる顔を見た時、ウタハが思ったのは『これがキリだったら』ということだった。

何度も想像した。薄紫の瞳が色気を帯びて唇が重なる感触。それが本当になればと願っていることに気づいて、慌ててウタハはフチの口を手で塞いだ。


「そんな風に自分を投げ出すな。俺はお前を都合よく扱いたくはない」

「……すみません」


ウタハの上から退き、フチは居た堪れなさそうに座っている。


「その……後輩としか見れないだけで、別にお前を嫌いとかじゃないぞ」

「じゃあ、好きになってもらえる可能性はありますか?」


どうやら先ほどの行為を不快に思われたわけではないとわかると、フチはグイグイ攻めだした。


「え?さあ。それはなんとも…」

「ということは、可能性はありますね。僕、頑張ります。ウタハさんに好きになってもらえるように」

「いや、それは…」

「任せてください。必ずウタハさんを癒せる存在になってみせます!」


そう言うと、「それまで2人きりはお預けです!」とフチはさっさと帰り支度を始める。その押しの強さにウタハはアタフタすることしかできなかった。

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