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男とキリのやりとりを聞きながら、ウタハは今にも部屋に飛び込みたい気持ちを必死にこらえていた。


『……早く。早くこの時間が終わってくれ』


薬を飲むのは作戦通りとはいえ、キリが危険に晒されている状態にウタハは気が気でない。しかも突入の指示を待つ間に事態はどんどんと悪いほうへと向かっていく。


『ここまでだ!全員突入!』


やっと出た突入の指示に、フチのことも忘れてウタハは一直線に部屋へと向かう。

躊躇せずに扉を糸でこじ開けた瞬間、聞いたこともないキリの弱々しい声が聞こえた。


「……ぃや……」


沸騰しそうなほどの怒りにかられたウタハの目に飛び込んできたのは、薄暗くほとんど物のない部屋。殴られる者と、相手を支配しようとする者。その光景に、ウタハがずっと押し込めていた記憶が一気に蘇る。


「ウタハさん。キリさんは…」


慌てて追いかけてきたフチが部屋の入り口に立つと、ウタハは恐ろしい速さで男に駆け寄りその体を糸で殴り飛ばした。


「グハッ!」


突然の侵入者に油断していた男は壁にしたたかに打ち付けられる。その体を糸で拘束すると、ウタハは宙に持ち上げて壁に押し付けた。


「よう。犯罪者。どうだ?痛いか?」


刺し殺しそうなほどの憎しみを向けて、ウタハが男を睨みつける。その表情は人とは思えない恐ろしさだった。


「お前みたいなヤツがいるから苦しみが終わらないんだ。お前みたいなヤツが……」


男の顔の近くに数本の糸が伸ばされる。それが男の口をこじあけた。


「なあ。神経毒って知ってるか?この毒で死ぬのは悲惨なもんだぜ。まずは痺れがきて、体が動かなくなるんだ。そして恐怖に襲われている間にどんどんと息ができなくなる。そのまま苦しんで死んでくんだ。あ?なんでそんなの知ってるかって?見てきたからだよ!俺の毒で死ぬヤツを何人もな!」


男をいたぶってウタハは狂ったように笑っている。フチはその光景に、ウタハを止めることも動くことすらできなかった。


「お前も試してみるか?気づいたんだよ。口に糸突っ込んで直接毒を流しゃ、ソイツにだけ毒をくらわせられるんじゃねえかってな。まあ霧を吸うのとはわけが違うから死んじまうかもしんねぇけどな。……運が良けりゃ助かる」


こじ開けた男の口に1本の糸が差し込まれようとしている。狂気の色を濃くしていくウタハに男が死を覚悟したその時……。


「ウタハ!」


ウタハの体に誰かが抱きついた。驚いて振り返るとキリが震えながらウタハを止めようとしている。


「……キリ?」

「やめろ!俺は大丈夫だから……やめてくれ……」


青ざめて涙を流しながら必死にキリはしがみついてくる。その姿に昔自分が人を傷付ける前に止めてくれたカグラが重なり、気づくとウタハは男を解放していた。


「キリ……ごめん……俺……」


ウタハが止まったことで安心したのかキリは意識を失った。崩れていく体を慌てて支えると、外で待機していた捜査官達が部屋に流れ込んできた。




男の確保やバーへの捜査は他の捜査官達が行うことになり、キリは病院へと運ばれていった。ウタハは署に戻り、男に対する能力の使用について処分待ちである。


「ウタハくん、待たせたね。お疲れさま」


14班の部屋ではなく取調室で待機させられていたウタハのもとへコハクがやってきた。


「お疲れさまです。あの……キリは……」

「キリくんは家に帰ったよ。カグラが迎えにきた。殴られたところは対した怪我じゃなかったし、糸も元に戻って薬の後遺症なども確認できなかった」

「そうですか……良かった……」


キリの無事に胸を撫で下ろしたウタハに、コハクは上司としての厳しい視線を向ける。


「それで、今回の件だけど」


自分のしたことはわかっている。犯罪者とはいえ抵抗できない状態の人間に能力を使って殺そうとしたのだ。能力者としても、捜査官としても厳罰に処すべき行いだろう。


「まずは結論から。1ヶ月の謹慎。いいね」

「……え?……あ、はい」


予想以上に軽い処罰にウタハが間抜けな声を上げる。


「理由は捜査対象への過剰な暴力行為。脅迫。とはいえ実際に能力を使ったわけではないし、怪我も大したことなかった。だから謹慎1ヶ月で上と話はついたよ。止めてくれたキリくんに感謝しなきゃね」


おそらくコハクが守ってくれたのだろう。ウタハは罪悪感に顔を歪ませるが、コハクは平然としている。


「俺に申し訳ないとか思わないでね。部下のことは全部俺の責任なんだから。それより、君への処罰はもう1つ。これは俺からの命令だ」


一向に表情を変えないコハクに、ウタハはゴクリと唾を飲み込む。


「キリくんときちんと話をしておいで」

「……キリと?」


何を言われるのかと思ったら、とても罰とは言い難い内容にウタハは戸惑いを隠せない。


「うん。もちろん今回のことを謝ったり感謝したりもだけど、もっと基本的なこと。なんでウタハくんが我を忘れるまで怒りにのまれたのかを話し合っておいで」

「でも、なんでキリと?」


カグラやコハクとならわかるが、なぜキリとなのか。まだ戸惑いの消せないウタハに、コハクが急に友人の顔になった。


「キリくんじゃないとダメなんだよ。悔しいけどね。俺やカグラじゃダメなんだ」


優しい、いつもの笑顔だ。でもどこか寂しそうで。ウタハは素直に「はい」ということしかできなかった。




謹慎の件はコハクからシュカに伝わったらしく、シュカは帰ってくるなり先に寮に戻っていたウタハに掴みかかった。


「何してんのさ!もう!心配ばっかさせて!」


怒りながらも本気で心配してくるシュカにウタハは申し訳なくなってくる。


「ごめんて。ほんとに反省してる」

「どうだか!ほんっとすぐ自分1人で抱えるんだから!」

「うん。だから話してこいって言われた。キリと」

「……キリと?……なぜそのチョイス?」

「……さあ」


2人して首を傾げる。そうしているとなんだかおかしくなって、声をあげて笑ってしまった。


「それなら、善は急げ。早速明日行ってきなよ」

「えっ。まだ心の準備が」

「そんなこと言ってたらいつまでも行かないでしょ。こんなのは勢い!明日は僕、セイのところに泊まるからね」

「え?なんでだ?」

「親のいる家ではやりにくいでしょ。色々と」


ウインクと一緒に放たれた発言になぜそんな話になるんだとウタハは怒るが、シュカは楽しそうに笑いながら自分の部屋へ逃げていった。




次の日。キリが休みであることは知っていたので、シュカが寮を出るとの同時にウタハも追い出された。

さすがにまだ時間が早いだろうと街をブラブラして時間をつぶしていると、薄紫の髪が目に入った。


『ウソだろ……なんでこんなタイミングで……』


キリがどこかへ向けて歩いている。声をかけるかどうしようかと悩んでいると、ある店の前で止まった。扉が開いて中から誰かが出てくる。


『アイツは……』


出てきたのはルナだった。笑顔でキリを店の中へと迎え入れる。


「……なんで……」


その光景に、ウタハは声をかけることもできずその場で立ちすくんでいた。

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