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情報屋達の逮捕から数日。
仕事を終えてウタハが寮に帰ると、リビングから賑やかな声が聞こえてきた。
『誰か来てんのか?』
リビングには数人の人影が見える。声をかけながら扉を開けると見知った顔があった。
「ウタハ、おかえり〜」
「遅くまで大変だね」
「セイ。ライカ。来てたのか」
知らされていなかった友人達の訪問にウタハが驚いていると、今日は非番だったシュカが挙手して説明してきた。
「僕が呼んだんだよ。ウタハ、こないだあの生意気な新人を毒で麻痺させちゃって落ち込んでたでしょ。みんなで慰めてやろうと思って」
「へ?はっ⁉︎お前、2人にあのこと言ったのか⁉︎」
「言わなきゃ慰められないじゃん」
「お前にはデリカシーとか気づかいとか、そういった感情はねぇのか!」
「やだなぁ。あるからキリを呼んでないんじゃないか」
確かにメンバー的にキリもいてよさそうなのに姿がない。おそらくフチとのことも知らせてないのだろう。
その絶妙なさじ加減にウタハは怒るに怒れなかった。
「ほらほら。みんな待ってるんだから。今日は学生時代に戻っていっぱい話すよ」
シュカに背中を押されてウタハは自分を待つ友人達のもとへと連れて行かれた。
その少し前。残業しているコハクのもとへシエンがやってきた。
「お疲れ様です。もうみんな帰ったんですね」
「うん。シュカくんがウタハくんのために友達を呼んでくれてるみたいだから、早く帰らせたよ。ついでに最近働きすぎだったホムラくんもね」
「こないだのことですね。ウタハの様子はどうですか?」
「表面上は落ち着いてるよ。でも心の中まではわからないからね」
「心の中ですか……そうですね……」
気落ちするシエンにコハクが優しく語りかける。
「フチくんのこと。ショックだった?」
「……はい。資料で誘拐のことは知っていても、紙に書いてある以上のことはわからないんだと痛感しました。本当に大事なのはそこなのに」
「何かあるなら言って欲しいと思うけど、言うのが辛いこともあるからね。本当に人と人のことは難しい」
「コハクさんの偉大さを思い知りました。俺は人の上に立つにはまだまだ未熟です」
「そんなことないよ。シエンくんは相手のために厳しくできる人だから。フチくんにあれだけ怒ったのも、不用意な行動で仲間に何かあればフチくんが傷つくと思ったからでしょ」
「はい。……だからウタハのことが心配で」
「ふふ。本当にみんな保護者気分が抜けないね。でも俺達にできることは限られちゃうんだろうなぁ。ウタハくんが本当に必要としてるのは、たぶん別のものだ」
「……それは……?」
「さあ。それはウタハくん次第」
そう言うわりにはコハクは何かを確信しているようだった。自分との器の大きさの違いに、シエンは感服するしかない。
「そういえば、何か用があってきたんじゃないの?」
「そうでした!1つ相談がありまして…」
シエンからの相談内容を聞いて、コハクは「あらまあ」と驚きつつも1つだけ条件をつけて快諾した。
友人達の訪問に驚いたウタハだが、久々の再開は嬉しくすぐに話に花を咲かせた。
「セイは研究どうなんだ?卒業できそうか?」
「なんとかな。研究員として大学にも残れそうだ」
「大学の近くに2人で暮らす家を探さないとね」
ぴったりセイの横を陣取ってシュカが腕を絡ませる。人目も憚らずセイにくっつくのはいつものことなのでみんな気にしなかった。
「でもお前がイシの研究を引き継ぐなんてな」
「正確にはもう研究室はないから引き継いでるわけではないけどな。イシのとこに行っても良かったけど、大学でしかできないこともあるかと思ってさ」
「そうか。がんばれよ」
セイはイシのいた大学に進み、脳科学を専攻している。シュカを守る方法を自分なりに考えた結果だと本人は言っていた。
「ライカは?カウンセラーって大変なんじゃねぇの?」
「まあね。感情がわかるのと、癒すのとでは全く違うから」
ライカは人の感情が読める能力を活かそうと、カウンセラーの資格を取り色々な学校をまわって学生の心のケアをしている。
「でもやりがいはあるよ。ウタハの話も聞こうか?」
「いや、さすがに知り合いにカウンセリングされるのは落ち着かねぇよ」
「そう?残念」
「なら、恋愛相談にのってあげようか?いい加減キリに告白したら?」
急な会話の方向転換にウタハがむせる。シュカに苦い顔を向けた。
「お前は!だからデリカシーってもんはないのかよ!」
「どうせみんな知ってるんだから、いいじゃん」
「気持ちに気づいてから7年。ずっと片想いってのはさすがに心配になるしな」
「キリ、どんどん綺麗になってるしね。もしかしてもう恋人いたりして」
その言葉にウタハはこの間の帰省でのことを思い出す。自分の知らなかったキリの交友関係を。
『家を出て7年だもんな。アイツにもアイツの世界があるか……』
軽くからかったつもりが本気で凹むウタハにセイとライカが慌てる。
「いや、ほら、キリは仕事バカだし。恋愛してるヒマねぇって」
「そうだよ。それに恋人ができればカグラさん達が絶対気づくよ」
必死にフォローする2人の声の間をぬって、インターフォンの音が聞こえた。
「……俺が出るよ」
この場から逃げようと玄関に走り扉を開けたウタハの目に映ったのは、祈るように手を握ってかたくなっているフチだった。
「あれ?お前……」
「あ、あの、僕……」
必死に見上げてくるフチの顔を覗き込むと、真っ赤になりながら勢いよくピンクの頭が下げられた。
「すみませんでした!僕のせいでウタハさんを傷つけて!」
震えるピンクは一向に上がってくる気配がない。その姿を見てウタハは優しい気持ちになった。
「頭上げろよ」
恐る恐る顔を見せるフチに、ウタハはできるだけ優しく話しかける。
「ありがとな。俺を心配して謝りにきてくれたんだな」
「いえ。だって僕のせいですし…」
「お前にも事情があったんだ。気にするな。もう体は大丈夫か?」
「はい。もう全然元気です」
元気アピールなのか腕を思い切り振り回すフチに、ウタハがフワリと笑う。
「良かった。お前が無事ならそれでいいよ」
その顔を見てフチの頬が再び真っ赤に染まった。だがウタハは全く気づかない。
「でも謝るだけならわざわざ寮に来なくても」
「あ。それは……許してもらえたらお願いしたいことがあって……」
「お願い?」
「はい!……あ、あの、……僕をウタハさんのパートナーにしてもらえないでしょうか!」
「え?ウタハ、結婚するの?」
なかなか戻ってこないウタハの様子を見に来たシュカが、中途半端に話を聞いて誤解をそのまま口にした。
「ち、違います!仕事の相棒にして欲しいだけです!コハクさんの班に研修に行かせてほしくて!」
「な〜んだ。そんなこと。っていうか、誰が来たのかと思ったら君だったんだ。何?謝りにきたの?」
自分勝手な行動でウタハを傷つけたフチにシュカは辛辣だ。その態度にフチが落ち込む。
「そうだよ。フチは精一杯謝ってくれたから、お前もコイツに何も言うなよ」
「そう。ウタハがいいなら僕は何も言わないよ。でも研修って、コハクさんとシエンさんに言うことなんじゃないの?」
「お、お2人の許可はいただいてます。あとはウタハさんが良ければと言われたので」
「なんで俺?」
「それは……その……」
もにょもにょと口ごもるフチだが、意を決したようにウタハの顔を真っ直ぐ見た。
「ウタハさんに!色々学びたいんです!捜査官としての心構えを!」
ポカンと口を開けて動かなくなるウタハ。代わりに返事をしたのはシュカだった。
「あっはっは!君もかわった子だね。まさかウタハに師事しようだなんて!いいじゃん!うちの班に来なよ!」
「お前!勝手に!」
「えっ!ダメなんですか!」
クゥンと主人におねだりする犬のような大きな瞳がウタハを見てくる。なまじ可愛らしい容姿なだけにパワーは絶大だ。
「ダメ……じゃないけど」
「じゃあ、オッケーなんですね!すぐシエン班長とコハクさんに連絡します!ありがとうございました!」
望み通りの返事をもらうとフチは風のように去っていく。思考が追いつかないウタハを置いて、「面白くなりそうだなぁ」とシュカはリビングへと戻っていった。




