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叶わない異動の希望に他部署の新人の微妙な態度。更に恋敵らしき人物の登場とウタハのストレスは日々膨らんでいた。

しかもそれに拍車をかける人物がすぐ近くにいる。


「セイともう3日も電話してないんだけど!連絡しても忙しいってそれだけ!」


仕事で疲れてリビングでぐったりしていたウタハにシュカが泣きついてくる。


「うっせぇなぁ。セイも忙しいことだってあるだろ。お前のしつこい連絡癖に付き合ってくれてんだから感謝しろよ」

「だってこんなに電話しなかったことないんだもん!まさか浮気⁉︎」


メラメラと存在も不明な浮気相手に嫉妬の炎を燃やすシュカに、ウタハはだんだん相手をするのが嫌になってくる。


「先に風呂入るぞ。お前もくだらないこと言ってねぇで早く寝ろよ。仕事にさわる」

「ちょっと!何勝手に話終わらせてんのさ!今夜はとことんグチに付き合わせるよ!」

「はっ⁉︎ふざけんな!夜更かしは仕事と美容の敵だっつってただろ!」

「ストレス溜める方がもっと悪いよ!ほら!呑めない君にあわせてジュースにしてあげるから!」


人の話も聞かずシュカはグラスと炭酸のペットボトルを出してきて用意を始める。ほっとけばいいのだがお人好しのウタハはつい付き合ってしまい、遅くまでグチを聞き続けたのだった。




翌朝。眠気で落ちてきそうな瞼を必死に持ち上げてウタハは書類作成をしていた。


『眠い……なんでこんな日にデスクワークばっかり……いや、捕物があっても体動かなさそうだけど……』


「寝不足か?珍しいな」


いつもより緩慢なウタハの動きに気づいたホムラが缶コーヒーを買ってきた。


「ありがとうございます。シュカに遅くまでグチに付き合わされたんですよ。セイが電話してくれないとかで」

「はは。なんだか懐かしいな。俺も新人の頃、よくルームメイトのグチに付き合わされた。徹夜させられて2人で怒られたな」

「ホムラさんでもそんな経験あるんですね」

「みんな何かしらやってるさ。時間が経つと意外といい思い出になったりする」

「俺はシュカへの怒りしかないですけどね。迷惑なルームメイトです」

「悪かったね。迷惑なルームメイトで」


他の班へ書類を届けに行っていたシュカが悪口を聞きつけて文句を言ってくる。

ついでに「ウタハだけホムラさんの奢りズルイ!」と言うと、しっかりシュカの分も用意していたホムラからブラックコーヒーが渡された。


「謝るくらいなら反省しろ」

「でも僕が振り回さないとウタハはグチグチ考えてばっかでいつか爆発すると思うよ。バランスの取れたいいルームメイトだと思うけどね」

「何だよ、それ。俺は別にグチグチ考えたりなんて……」


言いかけてウタハは止まってしまう。ここ1ヶ月の自分の不甲斐なさを思い出したからだ。


「ほら〜。僕の言う通りでしょ。感謝してよね」

「まあ、シュカの明るさはうちの班の雰囲気も良くしてくれるからな。必要なメンバーだ」

「ホムラさん!あなたのそんなところが好きです!」


嬉しそうにくっついてくるシュカをホムラは好きにさせている。「スイレンさんにチクるぞ」というウタハの脅しもなんのそのだ。


「ただいま〜。なんだか楽しそうだね」

「コハクさん。お帰りなさい。トカゲの話はどうでした?」

「まだしばらくうちの出番はなさそうかな。その代わりでもないけど、シエンくんのとこの応援に行くことになった。さっき連絡があったよ」

「シエンさんのところですか?」

「うん。腕付きの情報を集めて売ってるグループの摘発。明日なんだけど別の事件の捕物と重なるらしくて、人手が足りないんだってさ」


説明しながらコハクはホムラからコーヒーを受け取る。


「詳しい作戦は明日話すから、2人とも今日は夜更かししちゃダメだよ」


優しく、でもしっかり釘を刺してコハクはウタハ達を見る。


「はい。すみませんでした」

「今夜は早く寝ます!」


真面目なウタハと前向きなシュカにコハクは楽しそうに「よろしくね」と声をかけた。




翌日。情報屋達の潜伏先へとウタハは来ていた。今回は突入班ではなく裏口をかためて逃亡を阻止する担当である。


『なぜこのペアにした……』


裏口を物陰から見張っているウタハの横にはフチがいる。逃亡者がいてもウタハ1人で対処できるが、勉強のためにと配置されたのだ。


『まさか仕事に影響するようなことはしないと思うけど、気まずいなぁ。早く終わらねぇかなぁ』


フチは大人しく裏口を見張っている。このまま全員が捕まれば何事もなく作戦は終了だ。


だが、世の中そう思い通りにはいかない。


ドタドタと騒がしい足音が聞こえたかと思うと扉の近くまで気配が近づいてきた。


「お前はそこから動くな」

「えっ。でも……」

「毒をくらいたくはないだろう」


ウタハはフチをその場に残し、扉の近くで止まった。フチからは隠しきれない不満が漏れ出ている。


『きた……』


勢いよく開けられた扉から男が1人出てきた。それを糸で制圧すると、もう1人向かってくるのが見える。ウタハは迷うことなく毒の霧を放った。


「う……」


男達が2人とも地に倒れ動かなくなる。毒による麻痺のためだが、命を脅かされるものではない。


「よし。フチ。確保の連絡を……」


男達の状態を確認して顔をあげると、待機を命じた場所にフチがいない。慌てて視線を巡らせると少し離れた所にうずくまっているのが見えた。


「フチ!おい!大丈夫か!」


駆け寄って声をかけると、痺れてはいるようだが接種した毒はそれほど多くないようだった。


「すみ…ませ……めれ…を……」

「いい!喋るな!すぐ救急車を呼ぶ!」


通信機に状況を伝えるウタハは青ざめ、まるで自分が毒を摂取したようだった。

それを見て、フチは自分のしてしまったことの重大さを理解した。




病院に運ばれたフチは幸い症状も軽かったためすぐに回復した。処置を終えてベッドに寝かされているところにシエン、コハク、ウタハがやってきた。


「全く。命令を無視するなんて何考えてるんだ!」


やっとまともに話せるようになったフチを待っていたのは、シエンからの叱責だった。


「シエンくん。まだフチくんも回復したばかりなんだし。あまり叱らないであげてよ」

「駄目です。命令違反するようなヤツはチームとして一緒に働けません。自分も仲間も危険に晒す」

「……申し訳ありませんでした」


絞り出すように謝罪の言葉を口にするフチに、コハクはなんとかシエンを宥める。


「でもどうしてウタハくんの言うことを聞かなかったの?君はそんな無鉄砲な子だとは思えないけど」


優しく理由を聞かれて、シーツを握りしめながらフチは苦しそうに声を出した。


「……昔。誘拐されて助けられた時に捜査官に言われたんです。『腕付きでこんな可愛い顔してたら誘拐されるのは当たり前だよ』って」


フチから語られた暴力に等しいその言葉に、まだ怒りの燻っていたシエンすら絶句する。


「まるで僕が悪いみたいに。その時思ったんです。こんな人達に腕付きを守らせてはいけないって。守ってやってるんだと上から目線でさらに傷を抉ってくるようなヤツらに、僕みたいな被害者を守らせたくないって。だから僕は捜査官になったんだ」


フチは全く顔をあげない。握りしめた手の力が強くなっていく。


「腕付きの捜査官だけの、腕付きのためのチームがあると知って。それこそが僕の理想だと思って。でも腕付きじゃないウタハさんがいたことでやり場のない怒りが湧いてきて。……ごめんなさい……こんなことになるなんて」


重苦しい沈黙が室内を覆う。シエンが口を開こうとしたが、先に声を発したのはウタハだった。


「俺は5歳から5年間、ずっと、俺の毒で人を殺そうとするヤツに閉じ込められてた」


驚きでフチが顔を上げる。濃いピンクの瞳が感情の色を無くした黄緑と視線を交わした。


「毒を出させるために時には殴られて、何もない暗い地下室に閉じ込められてた。コハクが命懸けで救い出してくれて、親になってくれた人がいて、たくさんの人が助けてくれて。やっと普通に生活して捜査官になる夢も叶えられた」


語るのも苦しい過去だろうに、ウタハは真っ直ぐ見てくるからフチは視線を外せない。


「腕付きだからとか、能力者だからとかじゃなくて。苦しんでる人とそれを救いたい人で考えてほしい。俺も自分と同じような思いをしてる人を助けたいだけなんだ」


それだけを言うとウタハは部屋を出て行ってしまった。言葉を失っているフチをシエンに任せて、コハクがあとを追いかける。


「……ウタハくん」


角を曲がって少し進んだ先。人気のなくなった廊下でウタハは座り込んでいた。


「コハクさん……」

「今はコハクでいいよ。君の友達のね」


自分を助けに来てくれた時の、いつも会いに来てくれた時の、あの包み込むような優しさがそこにはあった。

ウタハは思わず涙が溢れてくる。


「俺……俺、犯罪者じゃない人に毒を……」

「うん。怖かったよね」

「俺がきちんと周りを確認していれば。毒を使わなくても2人くらい捕まえられたのに。簡単に毒に頼って……」

「君とフチくんを組ませたのは俺だ。責任は俺にあるよ」

「でも……でも……俺は、この力に責任を持たないといけないのに……この力を残すと決めたのは俺なのに……」


あまりに重すぎる力だった。

望まない力で親を亡くし、人生を奪われ、力を無くすかの判断まで背負わされる。なぜウタハばかりが苦しい思いをしなければいけないのかと、コハクはどこに向ければいいのかわからない怒りまで感じた。


「1人で背負わないで。俺の気持ちは君を助けに行った時から何も変わってないよ。君の苦しみを一緒に背負いたい」

「……うん」


あの暗い地下室にいた小さな子供の頃のように見えて、コハクはウタハを優しく抱きしめた。


「俺だけじゃない。みんなウタハくんのことを見守ってる。こんなに大きくなったのにね。いつまでも保護者気分が抜けなくて困ったもんだよ」


眉を寄せて笑うコハクにウタハもうっすらと笑みを浮かべる。少し気分が軽くなったところで、何かを思い出したのか「あ…」と声を出した。


「どうしたの?」

「今回のこと、カグラには内緒にしてほしい」


意外な提案にコハクは戸惑いを見せないように話を続ける。


「それは構わないけど……なんでなのか聞いてもいい?」

「カグラが知れば、俺の力を無くさなかったことに責任を感じると思うから。俺が力や過去のことで苦しんでることも……知ったら悲しむ。トカゲに出会って。4人で暮らして。この10年、アイツ本当に幸せそうなんだ。今さら俺のことで苦しませたくない」


大切な故に話したくない。それは複雑な思いだった。

カグラからしたら話して欲しいだろうが、ウタハの意思は尊重したい。コハクは願いを聞き入れることにした。


「わかったよ。でもトカゲには話してもいいかな?知ってる人がいたほうがいいと思うし、仕事上の関わりもあるしね」

「うん。トカゲならいい。でもキリには言わないで」


その言葉の底にある淡い想いを感じ取って、コハクは少し嬉しくなった。


「わかった。トカゲにも話さないように言っておくよ。他にも何かあればいつでも言って」

「……ありがとう」

「ふふ。どういたしまして。さて、ここからは上司のコハクに戻ろうかな。まだ後処理がたくさん残ってるからね。しっかり働いてもらうよ」

「はい。コハクさん」


いい返事だ、と笑いながら廊下を戻っていくコハクに、しっかりとした足取りでウタハが続いた。

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