30
なぜルナに糸が仕掛けられたのか。
ダイナからの予想外の攻撃にキリ達はルナを連れて急いで公安へと帰ってきた。
一連の事情を説明して捜査官達が話し合いをする間、ルナはスイレンと診察室で待機している。
「はい。ココア。飲んだら落ち着くよ」
「ありがとうございます」
フチの告白などですっかり気持ちが乱されていたが、ルナの恐怖と悲しみはまだ消えてはいない。赤くなった目元を見てスイレンが優しく声をかけた。
「怖かったね。辛いだろうから俺は詳しい内容は聞かなかったけど、話したいことがあれば聞くよ」
「……自分がとてつもなく汚いものに思えて……キリは違うって言ってくれたけど、私は私が気持ち悪い……」
ギュッと自分の体を抱きしめるルナの瞳は暗く、絶望に今にも引きずられそうだ。それだけ深い傷を負ったのだろう。スイレンは悲しみとともに怒りが湧いてきた。
「人って綺麗なだけじゃないから。誰だってドロドロした黒いものを持ってる。でもルナ君がそれだけ傷ついてるっていうのは、ルナ君がそれと戦おうとしてる優しくて強い人だってことだよ。俺はそれが大事だと思う」
キリにも言われたことをスイレンからも言われ、ルナは少しずつ傷が癒やされていくのを感じた。気持ち悪くてしかたなかった自分の体を、優しく抱きしめられる気がした。
「今回の相手の能力は恐ろしいね。人が閉じ込めておきたい思いを無理やり外に出させる。……俺も捜査に加われないかな」
ただの役人だとしか思っていなかったスイレンの発言にルナは驚いた顔をしている。
「言ってなかったかな。ルナ君に会う前、俺、捜査官をしてたんだよ。2年ほどだけどね。だから捜査官達のことはよく知ってる。……彼等は必ず事件を解決してくれるよ。一番いい形でね」
誇らしげに言い切るスイレンはルナに確かな安心を与えた。
一方、護衛のために公安に詰めていた面々は情報整理と今後の対策について話し合っていた。
「セキトさんに連絡したから、公安が全力でルナくんに関する情報を集めてくれてるよ」
「こちらもルナ君の記憶を見せてもらおう。でももう少し気持ちが落ち着いてからだな。今は話をするのも辛そうだから」
コハクの言葉を受けたトカゲの提案に全員が暗い顔になる。だが、それでは何も解決しないとコハクが話を先に進めた。
「考えないといけないのは、なぜルナくんが狙われたのか。無差別なら他にも被害者がいるのか。まずこの点だ」
「他にそれらしい事件があれば公安が見逃すはずはない。なら、ルナ君を明確に狙ったと考えられるが……」
「俺が狙われたって可能性は?」
トカゲに続けて発言したキリにみんなの視線が集中する。
「どう考えても確実に俺を誘い出そうとしてるだろ。しかも糸まで出せなくしてる。ルナに確認しないとわかんねぇけど、多分あの時飲んだお茶に薬を入れられてたんだ」
「キリを……だとすると考えられるのは……」
「狙われてるのはヨルの家に行った人間」
はっきりと言い切ったのはウタハだ。まるで全てを知っているかのように的確にダイナ達の考えを言い当てていく。
「もしくはララの誘拐を阻止した人間だな。意趣返しのつもりか?随分と陰険なことだ」
「ララの誘拐の時は周りに大勢人がいたからな。もしかしたらヨルを脅してたヤツもいたのか?……もう一度あの時のことを調べてみるか」
自分達が狙われているかもしれないのに、ウタハとキリは冷静に推理を展開していく。コハクは「セキトさんに追加で調べてもらうように連絡してくる」と部屋を出て行った。
「しかし2人が狙われてるとなると、他にもルナ君のような被害者が出るかもしれないな。でも知り合い全員に警護はつけられないし……」
悩むトカゲに「しばらく知り合いと連絡取れない状態にするか」「どうせ仕事が忙しくてあんま連絡とってねぇしな」とウタハ達は軽い感じだ。
「それよりルナだよ。また狙われるかもしんねぇし、守ってやんねぇと」
「客商売だしな。できれば仕事も休ませてぇけど、さすがに無理か」
狙われている自分達のことなど気にもせず、息ぴったりにルナの心配をするウタハ達に周りが唖然としているとコハクが戻ってきた。
「なら誰か護衛をつけようか」
「!ぜひ僕にやらせてください!」
意気揚々とフチが名乗りを上げる。大告白劇を聞いていたコハクは少し困った顔で笑った。
「まあフチくんの力なら護衛にはピッタリだけど、ルナくんの意思を確認してからかな」
「もちろんです!ルナさんの気持ちが第一ですから!」
フンッと鼻息荒く言い切る姿にコハクは優しく微笑んだ。
「職場への行き帰りで尾行される可能性はあるけど、住む場所は別に探したほうがいいかもね」
「なら、寮を使わせてもらうのはどうでしょう?家具が一式揃ってますし、警官だらけのところなら少しは安全でしょう」
ホムラの提案にシュカがポンと手を叩く。
「なら、僕の家を使います?ウタハの部屋が空いてるし、フチと2人体制なら護衛もしやすいでしょ」
あれよあれよとルナの護衛計画は進み、あとは本人の意思確認を待つのみとなった。
スイレンのおかげで落ち着きを取り戻したルナの許可がでたので、トカゲは今回の件に至るまでの記憶を見せてもらっていた。
「……驚いたな。自分の顔の記憶すら消してないのか」
事前に聞いたルナの話でおそらく記憶の改竄は行われていないだろうと予想されたが、リファと名乗る人物の容姿までトカゲは知ることができた。
「これなら似顔絵だけでなく、現れた場所の防犯カメラから映像がとれるかもしれないな。すぐに手配しよう」
慌ただしく指示を出したあと、トカゲはルナの肩に手を置きまっすぐに瞳を見つめた。
「ルナ君。辛かっただろうにありがとう。これで捜査はかなり進展するよ」
「いえ……私の心の弱さが招いたことなので」
リファに会ってからのことをルナは包み隠さずトカゲに話した。キリ達の仲の良い姿を見て悲しくなり、そこにつけこまれたこと。何回か会ううちに軽い洗脳のような状態になり、何の薬かも知らずにキリに飲ませたこと。
ただ、どこで糸が仕掛けられたのかはルナ自身にもわからなかった。
「……キリのことを愛してくれてありがとう。今回の件が片付いたら、また家においで。君は私達家族の大切な友人だからね」
優しい言葉にルナの目からはまた涙が出そうになる。少し困ったように笑うトカゲの表情は柔らかだ。
「君にも良い相手が現れたら嬉しいんだけど。……失恋したばかりの人に言うことではないね。すまない。勝手な親心だとでも思ってくれ」
温かな思いに包まれて、ルナの心に浮かんだのはフチだった。いくらなんでも心変わりが早過ぎるだろうとフルフルと頭を振って思考を追い出す。
そんなルナの様子にトカゲが不思議そうな顔をしていた。
その夜。キリの部屋でウタハは壊れ物に触れるように恋人を抱きしめていた。
「なんだよ。急に」
「……今回のことはお前だって怖い思いしただろ」
途中でルナが正気に戻ったおかげで助かったが、薬を飲まされ襲われたのだ。売人とのことを思い出して心に傷を負っていてもおかしくなかった。
「怖くなかったって言えば嘘になるけど、今は怒りの方が強ぇよ。……ルナの心を土足で踏み荒らされたことが許せねぇ」
泣き叫び自身を嫌悪する姿が忘れられない。しかも間一髪で止められたが、下手すれば命を落としていたかもしれないのだ。
背に回された手に力が込められるのをウタハは感じた。
「……俺も許せねぇよ。ルナのことをそんなに知ってるわけじゃねぇけど、アイツが心からお前のことを大切に思ってたのはわかる。そんなヤツがあんな利用のされ方したんだ。犯人には絶対報いを受けさせてやる」
捜査官としては到底許容されない感情だろう。それでも2人は卑劣な行いに報復の感情を抑えきれなかった。
「……今回はダメだな。俺達だけだと怒りに振り回される。できるだけ周りに頼らないと。お前も1人で突っ走るなよ」
さすがに場数が違う。キリは自分の弱点もどうすればいいかもしっかり理解していた。
「それにルナのことはフチに任せたら案外上手くいくかもしんねぇしな」
「それさ。いまだにお前に聞いた話が信じらんねぇんだけど。いや、フチならやりそうだなってのは納得できるんだけど、ルナのほうも脈ありってのが」
「そうか?ルナは結構脆いとこあるからな。フチみたいなヤツに守るって言われたら、たまらなく嬉しくなるタイプだと思うぜ」
なぜか嬉しそうに笑うキリ。その意見にウタハはどうしてもしっくりこずに首を傾げた。




