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リファがルナに接触してから数日。

何も知らないウタハは護衛の時にヨルと2人きりになる時間ができた。


「今夜は食べたい物はありますか?セキトさんが買い出しに行ってくれるらしいので」

「そうだなぁ。カレーとかいいかなぁ」

「では何種類かスパイスも買ってきてもらいますね」

「……ガチのやつだったか」


ガチ?とヨルは不思議そうな顔をしている。裕福な家で育ったからか凝り性なのか、ヨルの作るものは家庭料理の域を超えていた。


「でも毎日だと大変だろ。たまにはレトルトとかでもいいんだぜ」

「いえ。みなさんに美味しいと食べていただけるのは嬉しいので」


本当に嬉しいのだろう。ヨルは幸せそうに笑っている。だが、次の瞬間その笑顔に影がさした。


「……こんなに幸せでいいんでしょうか?」


まるで幸せなことが悪いことのようにヨルは俯いて呟く。


「……私は、両親と兄を殺してしまったのに……私の作った薬でどれだけの人が傷ついたかもわからないのに……」


呟く声は悲痛な色をしていた。人を殺しておきながら裁かれることもなく、更に犯罪に協力し続ける日々。それはヨルの心を深い深い闇へと堕としていった。


「でも、それはララ達を守るために……」

「そうじゃないんです」


自分を責めるヨルを慰めたくてウタハが発した言葉は、強い否定で返される。


「……今でも思い出すんです。家に向かう車に乗っている時……最初はハナやララへの仕打ちに怒りが湧いていたのに、次第に父に言われた言葉がどんどん大きくなっていったんです……。バケモノと………。ずっと家のため家族のためと努力してきたのに、耐えてきたのに……誰も私を家族とは思っていなかった……バケモノと蔑み、利用することしか考えていなかった……それに気づいた時、抑えようのない憎しみが湧いてきたんです……」


拳を握りいまだに収まらない怒りに必死に耐えるヨルの姿に、ウタハは悲しみを感じた。


「その後のことはよく覚えていないんです。気づくと血まみれの父達が倒れていて、私も全身が血に染まっていて。……だから、ハナやララ達のためじゃない……私は自分の憎しみのために家族を殺したんです……そんな人間が幸せを感じる権利などないでしょう?」


目の前にある幸せに縋りつきたいのに、手を伸ばせない。ウタハはその姿に覚えがあった。


「……ハナにはその話は?」

「しました。……何も言わず、ただ静かに抱きしめてくれて……」

「なら、それが全てだ」


はっきりと、強い意志を持って放たれたウタハの言葉にヨルは顔を上げる。


「それと……これは俺の考えだけど……」


ウタハは自身の能力と過去を包み隠さず話した。犯人への憎しみが消えないことや助かったことを後悔する気持ちも。


「俺だって、あの時助けてもらえなかったら俺を監禁してたヤツを殺してたかもしれない。今だって目の前にソイツが現れたら何をするかわからない。……でも、うまく言えねぇけど、その憎しみを否定するのは違うと思うんだ」


あの日の、全ての苦しみを受け止めてくれたキリの姿がウタハの目に浮かぶ。一緒に生きたいと言ってくれた温かさが言葉を作ってくれる。


「お前のしてしまったことは償わないといけないんだろうけど。でも、お前が殺したいほど追い詰められていたことは、どうにもならない憎しみを抱えてたことは、認めていいんだ。それをなかったことにしたら、どこにも行けなくなった憎しみがまた悲劇を生むことになる」


憎むな。許せ。復讐など考えるな。いつでも綺麗な心で正しく生きろ。それが理想だろう。

だが、人は理想通りには生きられない。怒りも憎しみも悲しみも、抱えた上でどう生きていくかを考えないといけないのだ。


「……そう、キリが俺に言ってくれた。俺の全てを愛してくれた。だから、俺は自由になれた」


穏やかに笑うウタハにヨルは心が軽くなる気がした。自分の傷を語ってでもヨルを救おうとしてくれた思いに感謝が湧いてくる。


「……ありがとうございます」

「礼を言われるようなことしてねぇよ。……て言うかさ」


ウタハは少し気恥ずかしそうにして言葉が止まる。ヨルが何だろうと不思議がっていると、思いの丈を一気に言い切られた。


「その敬語どうにかならねぇ⁉︎名前だって呼び捨てでいいし!」

「えっ⁉︎………えっ⁉︎」


思いもよらない提案にヨルはただ戸惑うばかりだ。


「せっかく歳も近くて能力も似ててさ!仲良くなれっかな〜って思ってこっちはタメ口に変えてみたのに、お前全然お堅いまんまなんだもん!」

「お、お堅い?」

「まずは呼び捨てからいってみようぜ!ほら!ウタハって呼んでみろよ!」

「ウ、ウタハ……?」

「そう!じゃあ、次はタメ口の練習だ。今夜何食いてぇ?って言ってみろ」

「こ、今夜、何、食い……て……?」

「あ〜。やっぱお坊ちゃんにこの口調はまだ無理だったか。まあいいや。徐々に慣れてこうぜ!」

「は、はい……」

「返事は、ああ!」

「あ、ああ」

「よし!上出来!」


ニカっと笑うウタハにヨルは驚きが消えてクスクスと笑ってしまう。


「……嬉しいで……な。学校では家や能力のことを気にして親しい友人はいなかったから。ハナ以外で親しい人ができたのは初めて……だ」

「そうなのか?……仲良くなったついでに聞いていいか?お前とハナってどういう関係?」


食事会の時にされた質問が別の意味をもって再び聞かれる。今度はヨルは嬉しそうに答えた。


「好きだと、言ってもらったよ。私も気持ちを伝えた」

「そっか〜。やっぱりそうだったか〜」


なぜかウタハのほうが嬉しそうにするのを見て、ヨルは少し悲しげな表情に変わった。


「でも、私でいいのか……ずっと悩んでるんだ」

「え?なんでだ?お似合いだと思うけど?」

「私はハナに触れてあげられないから……」


言葉通りではなく、おそらく肉体関係のことだろう。ハナにあった悲劇を思い出してウタハも悲しい顔になる。


「それは……でも……あんなことがあったんだ……ハナのことを考えたら……」

「違うんだ。ハナは触れてほしいと言ってくれた。一度、してみようとしたんだ……でも私が……あの時の兄の姿を思い出して、ハナに触ることすらできなかった……自分が酷く醜悪な者のように思えてしまって……」


あの出来事で傷ついたのはハナだけではなかった。ヨルの心にも癒えない傷を残したのだ。


「喜びを与えてあげられない私でいいのだろうか。ハナには、他に相応しい相手がいるのでは…」

「ハナがお前を選んだんだろ!なら、疑うな!」


怒るように言われてヨルは面食らう。でもその真剣な態度はウタハの気持ちを十分に伝えた。


「……ハナも同じことを言ってくれた。それと、触れることはできなくてもたくさんの言葉をくれるのが嬉しいと。だからできるだけ感謝や好きだと言う気持ちは伝えるようにしているんだ」

「そっか!それいいな!言葉にするのは大事だもんな!」


『でも本当にそれでいいの?』


急にウタハの頭にシュカの声が響いた。何事かと驚く頭に更に声は続く。


『したくないならそれでもいいけど、もし望んでるんなら………もっと自由に考えたらいいんじゃないかな?たとえば……』


「……は?」

「?どうしたんだ?」


頭に響いた声の最後の言葉にウタハは思考が止まる。心配そうにしているヨルに、どう話せばいいかわからない。


「……ヨル」

「はい?」

「その……俺の友達にとんでもなく常識とかそういったものが通じないヤツがいるんだけど……でもその分、言うことが的を得てることもあって……」

「?そうなのか?」

「……ソイツが言いそうだなぁってことを今思いついたんだけど……いや、ほんとに1つの意見として参考にだけ聞いてくれたらいいんだけど……」


「……え?」


続いた言葉にヨルは首まで真っ赤に染まった。




その夜。ララを寝かせたあと、ヨルはウタハとのことをハナに話していた。


「そうですか。ウタハさんは優しい方ですね。ヨル様に良い友人ができて嬉しいです」

「そのうちハナにも敬語をやめろと言うんだろうな。……お前も私に敬語をやめてもいいんだぞ」


少し甘えるように拗ねるように言ってくるヨルが珍しくて、ハナは主を可愛く感じた。


「そうですね。じゃあ、今日は敬語をやめてみましょうか。……ヨル」


思ったよりすんなり呼び捨てで呼んできたハナに、ヨルはなぜか心臓がドキドキしてくる。


「……その……ウタハにお前とのことをもう一つ相談したんだ……触れられないことを」


まさかそんなことまで話すとはと、ヨルのウタハへの心の開きっぷりにハナは驚いた。


「それで……その……一つ提案をされて……いや、お前が嫌なら、気が進まないなら、やりたいと思わないならいいんだが……」

「どうしたの?珍しくそんなに言い淀んで」


律儀に敬語を使わないハナにヨルは更に心臓の鼓動が早くなる。


「……私が抱かれるのでは駄目だろうか?」


驚きで目を見開くハナの前で、ヨルは恥ずかしさで少し涙目にまでなっている。


「……いいの?」


そっと頬に手を添えられてヨルがビクッと震える。だが、コクリと頷いた。


「本当は、お前と体でも繋がりたいんだ。でも私からは触れられないから。……お前で私を埋め尽くして欲しい」


思いもしなかった願いに、それでもハナの心に広がったのは喜びだった。


「ずっと……あなたに愛をあげたかった。ララ様からだけでなく、私からも。それができるならこんなに嬉しいことはない」


優しく唇を重ねて、宝物のように布団へとヨルを押し倒す。その体をハナは優しく抱きしめた。


「ハナ!その……今は……」

「わかってる。住まわせてもらってる身でさすがにあなたに手を出したりはしない」

「……ここを出る時は私は罪を償いに行かないといけないかもしれない。……終わるまで待っててくれるか?」

「もちろん。いつまででも待つよ」


もう一度優しくキスをしてハナが微笑む。

今までとは違う、包み込んでくるような雰囲気にヨルは早くなった鼓動がおさまらない。


「……敬語禁止は2人きりの時だけにしようかな」

「おや?どうして?」

「……ハナがカッコ良すぎて心臓がもたない」


クスリと笑うとハナはヨルの頬や額に啄むようにキスを繰り返す。恥ずかしさに少しずつ喜びを交えて、ヨルはそれを受け入れた。

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