20
ウタハとキリの初めてが見事空振りに終わった翌日。ヨルの家を訪問する作戦をたてるため、トカゲとキリが14班を訪れていた。
「私はゼンさんのところに寄るから、キリは先に14班に行ってくれ」
「了解」
指示に従ってキリが1人で廊下を進んでいると、シュカが向こうからやってきた。
「キリ!久しぶり!」
「ああ。久しぶりだな。どっか行くのか?今から14班に行くつもりなんだけど」
「それがコハクさんが約束を1時間勘違いしててさぁ。みんな部屋にいないから呼びに行くとこ。コハクさんは4班。ウタハは備品室。ホムラさんとフチは訓練場」
コハクらしいと言えばらしいが、キリはもー!と怒りながらみんなを呼びに行くシュカが少し哀れになってくる。
「訓練場なら場所がわかるから、ホムラ達は呼んできてやろうか?」
「ホント⁉︎助かる〜!じゃあ僕はコハクさんとウタハを呼んでくるね!」
そう言って勢いよく走り出そうとしたシュカだが、ふと立ち止まりキリのほうを振り返った。
「あのさ。キリは大事な友達だから言っとくけどさ」
「?なんだよ、急に」
「フチと2人きりにならないようにね」
「……へ?」
それだけ伝えるとよくわかっていないキリを置いてシュカは再び走り出す。
判然としない気持ちを抱えて、キリは訓練場へと向かった。
訓練場が見えてきたところでキリはある結論に達した。
『フチからしたら俺は好きな人を奪った憎い恋敵だもんな。ウタハのためにふっきれたって言いつつも、俺と2人になるのはイヤかもしんねぇよな』
少し気が引けながらキリが訓練場の扉を開ける。すると、なぜかフチだけがいた。
「あれ?キリさん。来るのは1時間後じゃなかったですか?」
「あ、ああ。コハクが時間を勘違いしてたから呼びに来たんだ」
まさかの2人きりにキリは顔を引き攣らせながら要件を伝える。
「えっと…ホムラは?一緒だって聞いたんだけど」
「ホムラさんはさっき14班に戻りましたよ。すれ違っちゃったんですね」
ニコニコと愛らしい笑みを浮かべて近寄ってくるフチにキリは構えてしまう。だがその瞳はキラキラとしていて、少しうっとりしているようにすら見えた。
「ど、どうした?」
「いえ。キリさんにお会いできて嬉しいなぁって」
「そ、そうか?こないだも会っただろう」
「でもすぐ別々の車に乗ってしまいましたから。僕、キリさんと…」
目の前まで濃いピンクの瞳が迫ってきた時、急にキリの体が宙に浮いた。
「……へ?」
「キリ!隙だらけだぞ!しばらく会わねぇうちに弱くなったんじゃねぇか?」
いつの間に入ってきたのか。すぐ近くにキトラがいて、キリの体を糸で宙に浮かせている。
「キトラ⁉︎なん…」
「こんの不埒者がぁ!キリさんに何しとるんじゃあ!」
フチが目にも止まらぬ速さで蹴りを繰り出し、キトラに一撃を加える。
糸で防御したとはいえかなりの衝撃を受けたキトラがキリを拘束している糸を緩めたのを見て、無理やり糸を引きちぎりキリを救出した。
「キリさん!ご無事ですか⁉︎」
お姫様だっこをされたキリは自分に起きたことを理解できず唖然としている。
「ああ。こんなに怯えて。もう大丈夫ですよ。あの不届き者は僕がやっつけますから」
王子様よろしくキリを優しく床におろすと、フチはキトラに向き直り構えの姿勢をとった。
「なんかよくわかんねぇけどお前強いな!よ〜し、こっちも本気だすぜ」
「どこのどなたか存じ上げませんが、キリさんに手を出しておいてタダで済むと思わないでくださいね」
「はっ⁉︎おい!2人とも、ちょっと待……」
「何やってんの?」
一触即発の空気の中、絶対零度の声が響く。
全員が扉の方を見ると、世にも恐ろしい形相のコハクが仁王立ちしていた。
「キリくんがなかなか来ないから見にきてみれば。キトラは俺のいるところにはとにかく来たくないのかなぁ」
「いや、その、キリが訓練場に向かうのが見えたから、どうしたのかって寄っただけで…」
「それでこんな戯れをする必要はあったのかなぁ。俺と顔を合わせるより若い子と遊んでるほうが楽しいからかなぁ」
「だから!なんでお前はすぐそういう…」
「誰かさんが全然家に帰ってこないからじゃないですかね」
反論が悉く封じられ、最後の一言で完全にキトラが沈黙する。その情けないパートナーを引っ張ってコハクは14班へと向かって行った。
「……あれは何だったんでしょうか?」
「そうか。お前知らなかったのか。あれがキトラだ。コハクのパートナーの」
「えっ⁉︎あれが⁉︎」
喧嘩の相手のまさかの素性にフチが驚く。そして申し訳なさそうな顔をした。
「コハクさん、キトラさんと仕事ででも会えるって喜んでたんです。なのに申し訳ないことをしてしまいました」
先ほどまでの剣幕はどこへやら。シュンと落ち込むフチに、キリは慌ててフォローにまわる。
「いや。お前のせいじゃねぇよ!キトラの普段の行ないが悪いからだ!それにコハクだって本気で怒ってるんじゃねぇって。ちょっと拗ねたいだけだろ」
拗ねたい気持ちはキリにもわかるので、その言葉には説得力があった。それはフチにも伝わったようで、落ち込んだ雰囲気が少し和らいだ。
「ふふ。そうですね。……思った通りキリさんは可愛らしい人ですね」
ズイッとフチが急に距離を縮めてくる。たじろぐキリの手をガシッと掴んできた。
「やっぱりあなたは僕の好みのタイプにぴったりです」
「……は?」
グッと熱のこもった瞳で見つめられて、キリがたじろぐ。
「え?お前、ウタハが好きなんじゃ」
もっともな疑問を投げかけるキリにフチはキョトンとする。そして手を離して大声で笑い出した。
「え〜。そんな大昔のこと言わないでくださいよ。恥ずかしい」
『いや。大昔って。2週間前だぞ』
何がそんなにおかしいのかわからないキリを気にせずフチは話を続ける。
「まあ、僕が本当の自分に気付いたキッカケですもんね。いい思い出です」
「……本当の自分?」
「はい。実は僕、抱かれるより抱きたいタイプだったみたいです」
予想外のカミングアウトに身の危険を感じて、キリは更にフチから距離を取った。
「僕自身もこの見た目に惑わされていたようですね。シュカさんと話してやっと自由になれました。僕は誰かに身を任せて愛されるよりも、可愛らしくて愛でがいのある人を骨の髄まで快楽で埋めてあげることを望んでたんです」
取った距離をまた詰められる。どう見ても愛らしい小動物のような青年が、肉食獣の欲望を剥き出しにして迫ってきた。
「ウタハさんは僕を変えてくれた恩人ではありますが、愛を注ぐ相手ではありませんでした。その点キリさんは気が強くて仕事も完璧なのに傷つきやすくて守りたくなる弱さがあって、まさに僕の理想そのままなんです!」
「う……あ……その……」
「あっ。もちろんウタハさんとの仲を邪魔しようとは思ってないので安心してください!でももしウタハさんと別れるようなことがあれば、僕と付き合うことも考えてみてくださいね。たっぷり可愛がってあげますよ!」
とても爽やかな笑顔でとんでもないことを言ってくる。ついに怯えまで滲ませだしたキリのアゴのラインをスッと指でなぞると、フチは満足そうに手を離した。
「さあ。みなさん待ってるはずです。急いで戻りましょう」
ちゃっかりキリの手を握って訓練場を出るフチ。もはやどうしていいかわからないキリは大人しく従うしかなかった。




