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キリの部屋まで行き、2人は黙ったまま向かい合っている。昨夜の浮かれた雰囲気が嘘のようだった。


「……で、何なんだよ。いきなり来て。次はダンマリか?」


痺れを切らしたキリのほうから話しかけてきた。だが、勢いに任せて抱きついてしまったウタハは何と言っていいかわからない。


「いや。あの……キリのこと好きだなぁと思って」


もはやウタハの行動は支離滅裂だ。振り回されるキリは我慢の限界がきた。


「いい加減にしろよ!からかいに来たんなら帰れ!俺は忙しいんだ!」

「なんだよ!様子が変だったから心配してきたのに!忙しいって泣くのに忙しいのかよ!」


まだ赤い目元が恐怖に歪む。ウタハはその表情に見覚えがあった。


『あれ?どこで見たんだっけ?』


記憶の海からその表情を見つけ出そうとするが、キリはそれを待ってくれない。


「お前には関係ないだろ!とにかく今は一緒にいたくないんだ!帰れ!」


『このまま僕といたらウタハは不幸になる』


ずっと昔の、カグラが語った本音を思い出す。

自分の犯した罪に巻き込みたくない。それは優しい人が抱えていた恐怖。


「……帰らない」


怯えて震える、愛しい人の頬に触れる。必死に堪えていた涙が薄紫の瞳から流れてきた。


「……やめろよ。お前まで汚れる……俺は汚いから……」


手を胸の前で組んで、ウタハに触れないように小さく震える体。でも頬に触れた手は払いのけられなくて、そのいじらしさがウタハは悲しくなった。


「お前が汚れてるなら……」


頬に添えた手をあごに滑らせて、ウタハは顔を近づける。一瞬戸惑ったキリだが、大人しく口付けを受け入れた。


「……これで俺も同じだ」


ほんの僅かの、軽く触れるだけのキスだった。それでもキリの全てを受け入れようとするウタハの気持ちに、キリは涙が止まらない。


「お前が、目の前のララに集中して根回しなんかに頭が回らないのは構わなかった。普通の捜査官としてそれも大切なことだから。他のやつがフォローしてやればいい。……でもララやヨルが犯罪に関わってると知って悲しんだのを見た時………」


そこで言葉が止まる。その沈黙はキリの苦悩だった。言葉にするのが辛くて、知られたくなくて、それでも受け止めて欲しくて。

息を整えるとキリは言葉を続けた。


「俺はあの時、ララ達のことなんて考えてなかった。事件の手がかりが掴めて喜んですらいた。そこに悲しむ人がいるかもとか、辛い理由があるんじゃないだろうかとか、そんなことが考えられない人間なんだ、俺は。……だって犯罪者だから」


能力者達で騒ぎを起こしていた時、トカゲはキリには人を傷つけるようなことはさせなかったらしい。ウタハがトカゲ本人から聞いた話だ。

それでも自分の意思で世間の混乱に加担してしまったことは、ずっとキリの中で傷となって残り続ける。自分を心のない悪人だと責め続ける。


「キリ、俺は違うと思う」


そっと涙を拭って、ウタハはまっすぐにキリを見つめる。今度は自分が救う番だと、キリが抱える傷を1つも見逃さないように。


「セキトさんに言われたんだ。俺が公安に受からないのは、駆け引きに全然向いてないからだって。笑っちゃうだろ。過去のこととか何にも関係なかった」


ははっと笑うウタハにキリも少しだけ雰囲気が和らいだ。


「ついでに聞いたら、お前が公安に向いてるのは切り替えが上手いからだってさ。きちんと仕事と自分を分けて考えられる。……お前は学校でも真面目だったからな。仕事のために何をすべきかずっと考え続けてるんだろ」


目の前の淡い紫は、いつでもすべきことを見つめ続けていた。時々ウタハが自分の方を向いて欲しくて嫉妬してしまうほどに。


「お前が本当は優しいことも繊細なことも寂しがりなことも、俺は全部知ってるよ。だから仕事に囚われすぎて自分の気持ちがほったらかしになってたら………俺が教えてやる。足らないところはフォローしあえばいいんだろ」


フワリと笑うウタハに、キリはついに声をあげて泣いてしまった。自分よりも小さな体を抱きしめて、ウタハはただただその涙を受け止めた。




キリの涙が止まり、やっと気持ちが落ち着いたところでウタハは体を離す。


「……俺でいいのかよ」


あれほどまでに気持ちを伝えたのにまだ信じられないようで、キリは不安そうに聞いてくる。


「なんだよ。捕まえろって言ったのはそっちだろ」

「……そうだけど」


嬉しいはずなのに口を尖らせて不服な顔をしてしまうキリが可愛い。ウタハは少しずつ理性が失われていくのを感じた。


「あ〜。でも、待つっていう約束は守れないかも」

「?」


不思議そうに首を傾げるキリにウタハが顔を近づける。


「その、キリが欲しくて我慢できない」


やっと意味を理解してキリの顔が真っ赤に染まるが、戸惑いながらもコクリと頷いた。


「……いいのか?」


聞いておきながらウタハは思いっきり驚いている。


「……お前に全部受け止めてほしい」


キリは恥ずかしくて小声になっているが、その言葉はしっかりウタハの耳に届いた。

ウタハは歯止めが効かなくなってキリを床に押し倒す。


「ごめん。暴走したら思いっきり殴って止めろよ」


そう言うとウタハは噛み付くようにキリの唇に吸いついた。余裕のない態度に、それでもキリが喜びを感じかけた時。


「キリー。帰ってるの?ウタハも来てる?」


カグラの声が響いた。どうやら仕事から帰ってきたらしい。ウタハの靴があるのを見てキリの部屋にいるのかと足音が近づいてくる。


「………とーーー!」


よくわからない奇声をあげて、キリが上にいるウタハを突き飛ばす。ウタハはしたたかに体をベッドに打ちつけた。


「ごごごごめん!思わず…」

「いや、殴れって言ったのは俺だから。大丈夫だ」


強打した背中をさすりながらウタハはキリの隣に座る。すると、ちょうどカグラが部屋の前まで来て扉を叩いた。


「ウタハ?来てるの?キリ、開けていい?」

「あ、ああ!いいぞ!」


扉を開けたカグラはなぜか息を切らしている2人に不思議そうな顔をする。


「何?喧嘩でもしてたの?」

「いや!捜査について話し合ってたらヒートアップしただけだ!」

「そうなの?ほどほどにしてよ。ウタハ、ご飯食べてく?」

「あ、ああ!そうだな!食ってくよ」


キリの苦しい言い訳にも疑問を持たず、「じゃあ用意できたら呼ぶね」とカグラは去っていく。2人はフーッと息を吐いた。


「……家でやんのはやめようぜ」

「そうだな。やっぱホテル行ったほうがいいか」


ウタハの提案に脱力したままキリが頷いて、そのまま2人はお互いに寄りかかって静かに時を過ごした。

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