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ヨルのことを相談するため、キリはトカゲの元へ来ていた。ウタハはヨル達が帰った後、今日は非番なのだからと早々に寮へ帰されている。
「これ以上は明日にしよう。お前も本来は非番なんだからね。もう家に帰りなさい」
ある程度の話がまとまったところでトカゲはキリも家に帰す。そのまま自分のデスクでフーッと息を吐いて天を仰いだ。
「キリ君はデートだったんじゃないのかい?こっちに来てたようだけど」
「……セキトさん」
セキトがタイミングを見計らったかのように現れる。おそらく全ての事情を把握しているのだろう。公安を体現したかのような情報収集力にトカゲが心の中で白旗を上げる。
「苦労してそうだね。一つこの義父に相談してみないかい?」
「まったく。相談せずとも結論は出ているんでしょう?……お任せしてもいいですか?」
「もちろん。可愛い孫のためだ。張り切って行ってくるよ」
はっはと笑いながらセキトは部屋を出ていく。トカゲはため息をついてズルズルと椅子の上を滑り落ちていった。
少しずつ日が傾き出した頃。ウタハは寮のリビングで横になり脱力していた。
『キリには、俺は必要ないのかな。確かに公安所属のアイツからしたら、俺は覚悟も技術もまったく足りてないのかもしんねぇけど…』
最後の突き放すような態度が頭を離れない。さらに項垂れていると誰かがやってきた。
「はいはい。誰ですか」
「やあ!ウタハ君!久しぶりだね!」
「……セキト?」
扉を開けるとセキトが立っていた。いつもの勢いでズカズカとリビングに入ってくる。
「ちょ、どうしたんだよ!」
「ん?何、久しぶりにゆっくり話でもしようかと思って。お茶の用意などはいらないよ。全て持ってきた」
そう言いながらセキトはパックの紅茶とお菓子をテーブルの上に並べていくと、有無を言わさずウタハを席につかせた。
「さて、まわりくどいのは私の性に合わない。キリ君と何があったんだい?」
本当に唐突な質問に、ウタハはグシャッとクッキーの袋を握りつぶしてしまう。幸いまだ開けてなかったので中身が飛び散ることはなかった。
「な、何を……」
「いやなに、今日は君達がデートをしてるという嬉しい情報を仕入れてワクワクしていたのだよ。なのにその後は不穏な事件の続報しかなく、しかも2人は別々に帰ったというじゃないか。祖父として心配にならないわけないだろう」
『コイツ、自分の持つ情報網をフル活用しやがったな』
セキトは公安に入るために生まれてきたような人間だ。彼にロックオンされたら朝食のメニューから毛髪の本数まで、本人すらわからないことでも丸裸にされてしまうだろう。
「ちなみに君が公安に受からない理由も知ってるぞ」
「はっ⁉︎」
話がどんどん飛んでいくのでウタハの頭は混乱しっぱなしだ。しかも公安を落ちた理由に関してはコハクからセキトもわからないと聞かされていたのに。
「お前にもわからないんじゃなかったのかよ⁉︎」
「それは言っても良いものか判断に悩んでいたからだよ。でも今回のことで決心がついた」
気負うこともなくサラッと言ってくるセキトにウタハは二の足を踏んでしまう。だが、セキトは決して無駄な話はしないと知っているので心を決めた。
「……教えてくれ」
真っ直ぐ曇りのない瞳に見つめられ、セキトは満足そうな表情をした。
「君は本当に真っ直ぐに育ってくれたね。私は誇らしいよ。さて、なら教えよう。君が公安に受からない理由を……」
ゴクリ。とウタハが唾を飲み込む音が響く。その緊張を破るようにセキトが口を開いた。
「素直すぎるからだ」
「……は?」
予想外の答えにウタハから間抜けな音が漏れる。
「え?過去のことが原因とかじゃなく?」
「なんだ。そう考えてたのか。違うぞ。君は汚れ仕事に全く向いてないからだ。逆に今の班はとても合ってると私は思う」
『……なんだよ。そんな理由かよ……』
過去のトラウマで暴走するリスクでも何でもなく、ただ駆け引きに向かないというだけ。そのあっけない幕切れにウタハは笑いが込み上げてくる。
「ふふ……はは……ははははは………そっか。ようはバカ正直だからってことか」
「誠実だと言うことだよ。いいことじゃないか」
優しい眼差しをセキトに向けられ、肩の力が抜けたウタハはふとキリのことが気になった。
「なら、キリは?アイツだって性格ねじくれてるわけじゃねぇだろ」
どちらかといえば優しくて繊細なほうだ。騙し騙されに向いてるとは思えない。
「別に性格に難があれば向いてるというわけでもないぞ。さりげなく私に失礼なことを言ってきたな。まあ、キリ君の場合は切り替えが上手いんだろう」
「切り替え?」
「割り切り、と言ったほうがいいかな。仕事と私情をしっかり分けられる。それに頭が切れて観察力洞察力もあるから浮気でもしようもんならすぐバレるぞ。気をつけたまえ」
「……了解」
浮気なんてする気もないが、怒らせたら怖そうだなとウタハは恋人として気を引き締めた。
「まあ性質の問題だ。良い悪いじゃない。それに君のような裏表のない子がそばにいれば、キリ君も息がしやすくなるんじゃないかな」
『俺ばっか寄りかかってるんだと思ってた。……そうじゃねぇのかな。俺はキリにとって必要なのかな』
先ほど知った公安を落ちた理由も含めて、ウタハは自分がまだ過去にがんじがらめになっていたことに気づいた。
そして、気づけば人は変われる。
「俺、もっと自由でいいのかな」
「もちろん。私はカグラやキリ君の救出に無理やりついて行った君が好きだよ」
どこまで情報を握られているのか。トカゲに言われた言葉を再び聞かされて、ウタハは降参する。
「キリに会いに行ってくる。きちんと話をするよ」
「なら送ってあげよう。私ももう今日は仕事が終わって帰るところだからね」
準備の良すぎるセキトにウタハは降参どころかやや恐怖を感じだした。
「……セキトにわかんねぇことはねぇのかよ」
「そんなことはないぞ。アギの考えてることがわからないなんてしょっちゅうだ」
目の前の人物と結婚できる傑物の名前が出てきてウタハは面食らう。そして今日一番の大笑いをした。
「結局アギさんが最強かぁ。……セキトは
アギさんのどこが好きなんだ?」
「なんだ?そんなの決まってるだろう」
セキトの口角がニヤリと上がる。自分のパートナーを誇らしげに語るために。
「私の思い通りにならないところだ」
セキトに送ってもらい、意を決してウタハは実家の扉を叩く。この時間ならまだカグラとトカゲは帰ってないだろうと、キリが出てくるのを待っていると静かにドアが開いた。
「なんだよ」
泣いていたのだろうか。目が少し赤くなっている。
昨夜や今朝の可愛らしい姿との違いにウタハは悲しみが込み上げてきて、思わずキリを抱きしめていた。
「おい!いきなり何すんだよ!離せよ!」
「離さない!」
必死の迫力にキリの動きが止まる。少しの間そのままでいた後、さすがに人目につくからと2人は家に入った。




