15
家族でゆっくり過ごしたあと、ウタハはキリの部屋に来ていた。
「あんま変わってねぇんだな。うわ!この漫画まだ置いてんのかよ!懐かしい〜」
「たまに読みたくなんだよな。そういやノノセのヤツ、結婚決まりそうだってさ」
「ホントか⁉︎やっとか〜。付き合って長かったもんな」
「結婚式で昔撮ったダンス動画流してやろうぜ。たしかデータはまだあったはず」
パソコンを取りに行こうとして、キリの手が棚の上にあった箱にあたる。
「あっ…」
しまったと思った時にはもう遅く。ピンクの箱の中身が床にぶちまけられていた。
「大丈夫か?……へっ?」
中身を拾おうとしてウタハの動きが止まる。
色とりどりの小さな包みはお菓子が床一面に落ちているようで一瞬可愛らしく見えるが、実際はとてつもなくアダルトな空間だった。
「これ……」
「ウ、ウツギが!冗談で渡してきたんだ!カグラから俺たちのこと聞き出したらしくて!」
慌てて包みを集めるキリ。真っ赤になって拾っている物が物なだけに、ウタハは妙な気分になってきた。
「……ウタハ?」
気づくとウタハはキリの手を掴んでいた。
熱に浮かされた黄緑の瞳がキリを見つめている。
「……ど、どうした?手、離せよ」
手を握ったまま、ただ見つめてくるウタハにキリは居た堪れなくなっていく。
だが、ウタハはウタハで葛藤していた。
『したい……とは、さすがに言えねぇよな。したいけど。まだ心の準備がって言ってたし。したいけど。初デートだってまだだし。したいけど』
自覚してからだけでも7年片想いしていたため、ウタハの恋心はだいぶ拗らせている。積もりに積もった欲望が心の中で渦巻いていた。
『それに……』
「あのさ。キリ。すぐじゃなくていいし、気持ちがかたまるまで待つつもりだけどさ……俺はお前のこと抱きたいって思ってるんだ」
「!……あ、ああ。…わかってる」
「ただ、お前はこないだ怖い思いしただろ。だからちょっとでもイヤだとか怖いとか思ったら、すぐ言って欲しいんだ。お前を傷つけてまでやりたいとは思わない」
真剣な眼差しがそこにはあった。
それを見て、ウタハが懸命に自分の恋人になろうとしているのだとキリは感じた。
「……大丈夫だ。お前となら、怖くないと思う。……キスも気持ちよかったし」
最後の言葉はまっすぐ目を見ては言えなくて、キリは少し視線を外して顔を赤らめている。それはウタハの欲を大いに刺激した。
「……なら、キスだけならしてもいいか?そんな顔されたら我慢できない」
熱のこもった瞳で、息を求めるようにウタハの顔が近づいてくる。でもある程度までくるとキリの返事無しではできないと動きを止めてしまう。
そのじれったさにキリは恥ずかしさと欲がないまぜになっていく。
「……いい……」
恥ずかしさのために囁くような声でキリがオッケーを出す。その姿がウタハの何かを呼び覚ましたようで、雰囲気に黒いものが混じっていった。
「え?何?もう一回言って?」
「……してもいい……」
「何を?はっきり言ってくれないとできないぜ」
完全に楽しんでしまっているウタハ。しかしその態度をすぐ後悔することになる。
「……だから、キ……」
「き?」
「……もういい!明日は朝から出かけたいし、お前は部屋に行ってとっとと寝ろ!ほら!早く出てけ!」
己の欲に忠実になりすぎたせいで、ウタハはせっかくのチャンスを逃してしまった。後悔してももう遅く、部屋を追い出されて扉を閉められしまう。
カグラ達に聞こえてはと扉越しにキリに呼びかけることもできず、ウタハはとぼとぼと自分の部屋へ向かうしかなかった。
翌朝。不機嫌なキリとそれにオロオロするウタハという図にカグラ達が不思議そうな顔をしている。そのまま2人は心配そうに出勤していった。
「……あの……」
「なんだ?」
絶対零度の冷気を飛ばされてウタハが震え上がる。だがこのままではデートが無しになってしまうと、勇気を振り絞って土下座をした。
「昨夜は誠に申し訳ございませんでした」
ウタハが怖くて顔をあげられずにいると、頭上からクスクス笑う声が聞こえてくる。
「?」
おそるおそる顔をあげてみるとキリがおかしそうに笑っていた。
「今時、土下座って……」
だんだんと声が大きくなっていき、最後はお腹を抱えて笑いだした。
「はぁ〜。面白かった。わかったよ。許してやるよ。デートできなくなるのもイヤだからな」
ウタハの顔がぱぁっと明るくなる。喜びでキリに抱きつこうとするが、思いっきり顔を手で押されて阻止された。
「調子にのんな。また昨日みたいなことしたら、次は許さないからな」
カグラのように頬を膨らませてむくれるキリ。でもそれはウタハには逆効果だったようだ。
『……むくれてる顔も可愛い』
この男、完全に拗らせている。
これからデートだということもあり、ウタハのテンションはおかしな方向へ向かっていた。
「きょ、今日はどこか行きたいところはあるか?」
それなりにデートプランは立ててきたウタハだが、キリの希望も聞かねばとはやる気持ちを必死に抑える。
「ああ。動物園に行きたいんだ」
「動物園?」
「ルナのおすすめの所なんだよ。動物の扱いが凄くいいから行ってみろって」
「……ルナの……」
微妙な顔をするウタハにキリがしまったという反応をした。
「その……ちゃんと断ったからな。告白のこと。お前とのこと喜んでくれた」
「そ、そうか」
きちんとけじめをつけてくれたことがわかり、ウタハがホッとしている。
「でも友達付き合いは続けるからな。っても、家に呼ぶとかくらいだけど。カグラ達も喜ぶし」
「う……ああ。それはな。お前とルナを信じるよ」
不安そうにしながらもキリの世界を縛りたくないウタハは全力で我慢している。それをちょっと可愛いと思いながら、キリはもう一つの懸念について言及してきた。
「お前のほうは?」
「俺?」
「……フチのこと」
また膨れっ面になりながら聞いてくるキリにウタハがキュンとする。
「ちゃんと話したよ。思いっきりキレられて泣かれたけど。なぜかシュカが宥めてくれた」
そのままウタハはピタッと言葉を止めて納得いかないといった表情に変わった。
「どうした?」
「いや。話をしたあと、フチとシュカの2人で呑みに行ったみたいなんだけど……次の日、フチがものすごいスッキリした顔で出勤してきたんだ。もうふっきれたから気にするなって言われてさ。何話したんだろ?」
「……シュカだからな。知らない方がいいかもしんねぇぜ」
なんとも言えない空気が2人の間に流れる。しばらくしてキリがハッと気づいた。
「いや!こんなことで時間潰してる場合じゃないだろ!出かけるぞ!」
あわやシュカの世界に取り込まれるところだったと、2人は慌てて用意をして出かけるのだった。




