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覚悟を決めて数日後。キリは髪を切りに来ていた。
『ウタハの一言に勝手に舞い上がって勝手に落ち込んで。こんな弱いからいつまでもウジウジしてるんだ。だから、覚悟を決めねぇと』
さっぱりと髪を切り、帰ったらウタハに連絡して会いに行こうと家に入ると、職場にいるはずのカグラがいた。
「あれ?なんで?」
「おかえり。今日は仕事が落ち着いてたから帰らせてもらったんだよ。やっぱりウタハの顔が見に行きたくて」
謹慎になってから、カグラはウタハのほうから会いたいと言わないのでずっと会わずにいた。だが、やっぱり心配になってきたようである。
「連絡したら来てもいいって言うし。ちょっと行ってくるね。ケーキも買ってきたから」
テーブルの上にはカグラのお気に入りの店の箱が置かれている。だが、2人で食べるにしては妙に箱が大きかった。
「……どれにするか決めきれなくて」
キリの視線に気づいてカグラがシュンとする。それに苦笑しているとスマホの着信音が鳴り響いた。
「はい。スイレンくん?えっ!急患⁉︎わかった。すぐ行くよ」
通話を終えるとカグラは慌てて家を出て行こうとする。だがテーブルの上の箱を見て動きが止まった。
「……俺がウタハのとこに持ってこうか?」
「いい⁉︎お願いするね!じゃあ、いってきます!」
バタバタと出て行くカグラをキリは笑顔で見送る。忙しいのは心配ではあるが、出会った頃のずっと家にいたカグラに比べて今は生き生きと仕事をしているのがキリには嬉しい。
だが、テーブルの上にある問題を思いだして緊張が高まってきた。
『どうせ行くって決めてたんだ。逃げられなくなって好都合じゃねぇか』
パンっと顔を叩いて気合いを入れると、キリはウタハにメッセージを送って返事も待たずに家を飛び出した。
その日。謹慎生活もあと数日というウタハは部屋で腐っていた。
『謹慎って辛いんだな。仕事してりゃ紛らわせられる気持ちも、何もできないからグルグル考えて沼にハマってく』
したことに対する反省をするのが謹慎なのだが。もちろん暴走したことについても考えているが、ウタハを悩ませているのはキリの発言だった。
『もうルナと付き合い出したのかな。アイツ見るからに優しそうだし、キリのこと大事にすんだろな。そのうち結婚報告とかされんのかな………』
そこまで想像すると「あー」と首を絞められたような奇声を発してウタハは床に沈んでいく。
するとスマホにメッセージの届いた音がした。
『カグラ?……全然顔出せてなかったもんな。心配してるよな。ちゃんと今回のこと話そう』
ズキリと。カグラに謹慎について話すことに罪悪感を感じながらもウタハは了解の返事を送る。その時、スマホに表示されたニュースに何気なく目を止めてしまった。
『この犯人、判決でたんだ』
それはある殺人事件の裁判結果だった。他班への応援で逮捕に協力していたため、ウタハは結果が気になってニュースのページを開いた。
『幼少期の……事件……』
そこには判決に際して、犯人が幼少期に被害に遭った事件が影響していると詳細が書かれていた。
『その心の傷が……犯人の人格に……』
ザワザワと騒ぐ心が記事を読み進める。途中キリからの連絡が来たことにも気づかずウタハは文字を追い続けた。
ピンポーン
最後まで読み終わったというようにインターフォンが鳴る。カグラが来たのかと慌てて扉を開けに向かうウタハの顔は青ざめていた。
扉の向こうから現れたウタハの顔色に悪さにキリは驚いた。
「どうした⁉︎体調でも悪いのか⁉︎」
「?何のことだ?っつーか、あれ、カグラが来るんじゃ」
「連絡しただろ。仕事が入ったから俺が行くって」
「そうなのか。とりあえず上がれよ」
どうやらウタハは自分がどんな顔をしてるのか気づいていないようである。ケーキの箱をいったん冷蔵庫に入れるとお茶を用意しようとするので、キリは慌てて座らせた。
「そんな顔色で何してんだよ!気分悪いとかないか?」
「何言ってんだよ。別に何も……」
言いかけてウタハの言葉が止まる。キリがスマホを出してきてカメラモードでウタハの顔を見せたからだ。
「なんだ、これ。ひでぇ顔だな」
「何他人事みたいに言ってんだよ!こっちは心配してんのに!」
「……でも俺のことを選ばないくせに」
聞き取れないほどの小さな声で言われて、キリが「え?」と聞き返す。だがウタハは「選ばれない」というキーワードにひっかかって思考の沼へと落ちていった。
「……なあ。何で俺は公安に受かんねぇんだ?」
「は?なんで今そんなこと」
「俺が5年間監禁された被害者だからか?」
キリの顔がこわばる。ウタハが過去の話をしてきたのはこれが初めてだったからだ。
「そうだよな。こないだもお前を助けるどころか、過去の自分に重ねて犯人を殺そうとしたんだもんな。こんな人間、公安になんていさせられない」
「そんなこと……」
「だってそうだろう!」
大声で怒鳴るウタハにキリがビクッと怯える。普通ならそれで怒りをおさめるはずなのに、ウタハの勢いは止まらなかった。
「ずっと……ずっと心のどこかで考えてた。外に出て、普通に過ごす人達を見るようになって、なんで俺だけがあんな目に遭ったんだろうって」
捲したてるウタハにキリは動けない。恐怖ではなく、悲しみが全身に伝わってくるからだ。
「コハクが命懸けで救ってくれたのに…カグラが外に出してくれたのに…だからこんなこと考えたらいけないのに……でも消えないんだ!外になんて出なきゃ良かった!何も知りたくなかった!こんな思いするくらいなら助かりたくなんか…」
ギュッと、苦しくなるくらい抱きしめられる。キリがウタハに抱きついていた。男を殺そうとするのを止めた時のように。
「ごめん。俺、何も言ってやれない……」
謝りながらも、決して離さないとでもいうようにキリはウタハを抱きしめる。
「だって。だってそうだろう。お前は何も悪くないのに、まだこんなに苦しんでる。そんなの……どうしていいかわかんない……」
泣いているのだろう。絞り出すような声に涙が混じっているのをウタハは聞いた。
「でも俺はお前と生きたい。くだらないことで笑って、うまくいかないことがあったら一緒に苦しんで……一緒に泣きたい」
抱きしめてくる体は温かくて。ウタハは怒りが溶けていくのを感じた。
「……いいのかよ。一生俺の横で苦しむことになるかもしんねぇぞ」
「いい。お前が1人泣くよりずっといい」
ずっと。ずっと言えなかったことだった。必死に助けてくれた人達には。助かったことへの後悔も。外に出たことでの苦しみも。
言えば悲しませる。彼らの心を踏み躙ることになる。だからいい子でいて、幸せなことだけ考えて、今度は自分が助ける側の立派な人間になって。
それが過去の傷を覗かせる行為でも、新たな傷を作る行為でも、そうしないといけないんだと思ってた。
「お前はずっとそうだな。俺の過去を知っても素直に自分の気持ちをぶつけてくる」
ウタハがキリを好きになったのは、出会ってすぐのことだった。自分の過去を知ってるくせに、不機嫌に喧嘩をふっかけてくる人間なんて初めてだったからだ。
「お前は俺を被害者扱いしない。いい子にもしない。それが心地よかったんだ……」
コハクやカグラ達に感謝も愛ももちろんある。助けてもらって良かったという思いも。
でもそれでも苦しさを感じることは消せなかった。そんな時にキリがいてくれた。
「……たぶん俺はもうお前を離せない。逃げるなら今しかねぇぞ」
「逃げねぇよ。もう散々逃げたんだ。いい加減捕まえろ」
少し体を離してお互いの顔を見つめ合う。いつもの、友人で兄弟のあの距離感を、今日は一歩詰めていいと淡い紫が伝えている。
「ずっとこの唇に触れるのを想像してた」
「はは。変態」
「うっせぇ。黙ってろ」
その言葉通り、キリの口を塞ぐためにウタハは唇を重ねた。




