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次の日。仕事に復帰したキリを待っていたのは自分のことを心配する仲間達だった。
「キリ!心配したのよ!ケガは大丈夫なの⁉︎」
派手な雰囲気の美人が抱きついてくる。トカゲのチームの逮捕時にコハクに捕まった女性だ。
「ハリア。そんなに心配しなくて大丈夫だって。怪我すんのなんていつものことだし」
男との会話を聞いていたのは店内で待機していたウタハとフチ、指揮をとっていたトカゲだけだったので、他の捜査官達には殴られたことしか伝わっていない。
「でも殴られるなんて情報になかったから怖かっただろ。ハリアが情報を取り損ねたんじゃないか?」
「何よ。あんただって同じ情報取ってきたじゃない」
ウツギの抗議に、ハリアはキリを抱きしめたまま反論する。ウツギとハリアは能力が同じせいなのかやたらと衝突することが多かった。
「それに関しては2人とも無罪だと思うよ」
ワイワイと騒がしいチームメイトの元にトカゲがやってきた。すぐにキリがハリアの腕から抜け出して駆け寄って行く。
「トカゲ。ごめんな。休みもらって」
「何言ってるんだい。仕事で怪我したんだから労災だよ。もっと休んでも良かったんだよ」
「いや。仕事してたほうが気が楽だから」
「そうかい?ならいいけど、無理をしてはいけないよ」
「うん。ありがとう」
上司兼親との会話が終わったのを見計らって、ウツギが先ほどのトカゲの発言について聞いてきた。
「俺達が無罪って?」
「ウツギとハリアは間違いなく薬を買った時の記憶を全部とってきている。でも、その記憶はおそらく何者かに改竄されている」
「トカゲみたいな能力者がいるっていうこと?」
ハリアの問いに答えたのはトカゲと共にやってきたダダだった。
「まだ断定はできないがな。今カグラにも調べてもらっている。売人や流通に加担してたヤツらは全部捕まえられたからな。トカゲと一緒に能力者による仕掛けがないかを見てもらう。同時に記憶の整合性がとれてるかの捜査もセキトさん達に協力してもらってるよ」
「というわけでしばらくは結果待ちになるが、能力者の関与がわかったらすぐ動いてもらうことになるからね。みんな頼むよ」
説明を終えるとトカゲは急いで捕まえた者達を調べに戻っていく。手持ち無沙汰になってしまったキリにウツギが話しかけてきた。
「ヒマになっちまったな。キリ、どうする?」
「訓練場でも行こうかな。相手してくれるヤツが捕まるかわかんねぇけど」
「うちは武闘派はお前とトカゲくらいだもんな。組み手の相手はしてやれないけど、何か手伝おうか?」
「いいよ。適当にする。それよりウツギこそ最近全然休めてねぇだろ。半休とってムジナとゆっくりしたらいいじゃねぇか」
「……弟分が変な気つかうな」
ニヤニヤするキリを小突いて、照れながらウツギはムジナのほうへ歩いていく。それをやれやれといった感じで見送って、キリは訓練場へと向かった。
訓練場へ向けて廊下を歩いているキリは、途中で意外な人物に出会った。
「セイ?」
「キリ!久しぶりだな」
「ああ。なんで公安に?」
「研究でイシに聞きたいことがあったんだけど、こっちに来てるって聞いたから」
イシは自分の元にいた人達を救っていたことが認められ執行猶予がついた。判決が出た後は国の研究機関に所属して捜査にも協力している。
『目を使うのにイシも駆り出されたのか?なら、まだまだ時間がかかるかもな』
「お前も忙しそうだな。こないだシュカに会ったらぼやいてた」
「この一年は我慢させちゃうかもな。でも昨日の夜は一緒に過ごせたから喜んでたよ」
「ふ〜ん……昨日の今日でそんなに動いて大丈夫か?久々なら激しかったんじゃねぇの?」
ニヤニヤするキリにセイが真っ赤になって慌てる。
「う、うるさいな!シュカは優しいから大丈夫だ!」
「はは。そうか。幸せそうで羨ましいよ」
「……お前こそ。仕事ばっかじゃなくてプライベートも大事にしろよ」
「あ〜。そうだな。まあ今は仕事のほうが楽しいから、そのうちな」
散々人をからかっておいて、自分に矛先が向くとキリは逃げるように去ってしまう。「まったく」と呆れながらもセイは心配そうにその後ろ姿を眺めていた。
『……みんな、想って想われて幸せになってんだな。……俺の想いあえる相手って誰なんだろ……』
ウタハとルナの顔が頭をよぎる。また思考の沼にハマりそうで、キリはブンブンと頭を振ると訓練場へ向けて駆け出した。
薬に関する捜査はなかなか進展を見せず、キリは他の事件の手伝いをしながら日々を過ごしていた。そんなある日、カグラからスマホに連絡が入った。
『今日ルナ君が診察に来るよ。キリがお世話になったお礼がしたいから夕飯に誘おうと思うけど、いい?』
結局ルナとはあの日以来会っていない。気まずさはあるけれど、いつまでも待たせるのも悪いだろうとひとまず夕飯の件はオッケーした。
『ルナだって勇気を出して気持ちを伝えてくれたんだもんな。ちゃんと向き合わないと失礼だ』
まだ付き合うかどうかの結論は出しきれていない。と言うより、覚悟が決めきれていないというのが本音だった。
それでも。あの日以来何も言ってこないウタハに、キリはこの恋は諦めた方がいいと自分に言い聞かせるようになっていた。
夕飯にトカゲは同席できなかったが、3人で楽しく話してあっという間に時間が過ぎていった。あまり遅くまでは迷惑になるからといつも適当なところで帰るルナは、その日も食事が済んでしばらくしたら帰り支度を始めた。
「途中まで送ってく。ついでに買いたいもんもあるし」
買い物は言い訳なのだが、ルナと改めて話をするためにキリは一緒に家を出た。
「カグラさんは優しいね。診察の時も無理してたらすぐ怒られるんだ。本当に一人一人に親身になってくれる」
「変わり者だけどな。最近はだいぶおさまったけど、昔はすぐ甘いもん食べまくってウタハに怒られてた」
ウタハの名前を出してしまったことで、キリの心がズキンと痛む。ルナはそれに気がついた。
「キリはウタハさんが好きなのかな?」
キリの肩がビクッと震える。俯いて言葉に詰まってしまった姿に、ルナは自分の発言が当たっていることを確信した。
「そうじゃないかなとは、思ってたんだ。だからキリがウタハさんへの気持ちを諦めない限りは、私の気持ちを伝える気はなかった。ごめんね。キリを苦しませてしまったね」
「謝らなくていい!ルナの気持ちが俺を救ってくれたのは本当なんだ。だから……なのに……俺は……」
顔をあげたキリの瞳には涙が滲んでいる。諦めきれない恋と、与えられる愛に応えたい葛藤が苦しみとなって溢れていた。
「ルナのことは好きなんだ。恋愛感情じゃなかったけど、多分付き合えば恋人として好きになれると思う。なのに……ウタハのことが頭から消えない……アイツには好きなヤツがいるかもしれないのに……」
「……それは本人に聞いたの?」
優しく聞いてくるルナにキリはゆるゆると首を振った。
「なら、きちんと確かめないと。言葉にしないですれ違うのは悲劇でしかない」
「……でも……」
「私の想いに応えたいと思ってくれるなら、キリも自分の気持ちから逃げないで欲しい。結果、私がふられたとしてもキリが幸せなら満足だよ」
甘えてしまっている。キリはそう感じた。
ルナの深い愛に甘えて、キリは楽な方へ傷つかない方へ逃げていたのだ。
「……わかった。ウタハに気持ちを伝える」
「うん。それでいい。私の好きな真っ直ぐな瞳に戻ったね」
朗らかに笑うルナに、この人を好きになれたらどれだけ幸せだろうとキリは思った。でも人の気持ちはそう簡単にはいかないから。
キリは覚悟を決めた。




