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とある警察署の一室。藍色の髪の青年がある紙に視線を落としながらため息をついた。


『またダメだった……』


ペリドットの瞳が落胆の色に染まる。その瞳に映るのは『適性なし』の文字。


「ウタハくん。残念だったね」

「コハクさん……」


落ち込む肩に優しく手が置かれる。

ウタハは悔しそうに顔を上げた。




スイレンとカグラが能力者対策の部署に異動してから10年。当時は高校生だったウタハも今や26歳の立派な青年となり、捜査官としてコハクの下で働いている。


「適性なしって何なんですかね。内容がわからないから対処もできない」

「う〜ん。公安は特殊な部署だからね。セキトさんに聞いても個々の結果はわからないって言われたし」

「もう3回も落ちてるんだから、いい加減諦めたらいいのに〜」


明るい黄色の髪と瞳の青年があっけらかんと言ってくる。それをコハクが嗜めた。


「シュカくん。ダメだよ。人が頑張ってるのにそんな風に言っちゃ」

「だって適性なしなら望みないじゃないですか。ウタハは重要な戦力なんですから、ずっとうちにいたらいいんですよ」

「うん。いや、そりゃウタハくんがいてくれるのは俺も助かるけど」


貶したいのか褒めたいのかわからないシュカの発言にコハクは戸惑う。ウタハも微妙な顔だ。

そうして2人が言葉に詰まっているとホムラが部屋に戻ってきた。


「コハクさん。今度の休暇の申請なんですけど」

「あ!ハネムーンのお休みだね!すぐハンコ押すよ!」


微妙な空気を変えられるとコハクは勢いよくデスクに行ってハンコを出す。その様子にホムラが不思議な顔をしていると、シュカが不満そうに話しかけてきた。


「ホムラさんもやっと結婚ですか。スイレンさん、待たせすぎじゃありません?」


2年前。法律が変わり同性婚が認められた。そのためウタハの周りでは保護者世代の結婚ラッシュが続いているのだが、ホムラもやっとその波に乗れたようだ。


「スイレンも忙しかったからな。世間の関心を分散させるためとはいえ、能力者の公表とかぶせられたらアイツは仕事に集中するしかなくなる」


同性婚の法律化と同時期に、国から能力者についての周知が図られた。年々能力者が増え不可思議な事件が度々起きていたため、国として公にその存在を認めざるをえなかったからだ。

現在は能力者と認められれば国に登録されるが、必要がなければ周りに知られるようなことはない。その登録や対応に追われて、公表から1年ほどスイレンは忙殺される日々を過ごしていたのだ。

ちなみにトカゲのチームのように能力を使って国に貢献している者は能力者のアピールとして利用されている。つまりトカゲがしようとしていたことが今になって国によってなされているということで、なかなかに皮肉な結果となっていた。


「しかもアイツはこだわるからな。プロポーズもやり直して、親にも挨拶に行ってと、結婚まで随分と遠い道のりだったよ」


そう言うわりにはホムラは嬉しそうである。


「スイレンさんっぽいですね。コハクさんは即役所に届けに行ったのに」

「キトラは待ってても無駄だからね。無理やり書類書かせて勝手に持ってったよ。ネモさんとユフさんにもそうしろって言われたし」


ホムラの書類にハンコを押しながら、コハクは目だけが笑っていない。地雷を踏んだと今度はシュカが話題を変えた。


「でもさすがに南国にハネムーンは無理でしたね」

「ああ。そこまで長く休みは取れないからな。明日役所に行ったら近場に1泊だけしてくる。俺がいない2日間はシエンさんの所でしっかり鍛えてもらうんだぞ」

「はい!しっかりレベルアップして帰ってきます!」


腕付きの捜査官もここ10年でかなり増えた。そのためコハクのチームは一つの班として独立し、さらにシエンは別の署に新設された腕付きのチームのリーダーをしている。

シュカは銃を扱うほうに才能があったため、たまにシエンのところに行って訓練してもらっているのだ。


『なんか、俺だけだな。前に進めてないのは』


周りの会話にウタハはもう一度手元の紙に視線を落とす。何度見ても結果は変わらないのだが、『適性なし』の文字から目が離せなかった。


「ウタハくん。最近実家に帰ってないでしょ。カグラが寂しがってたよ。次の非番くらい顔を見せてみたら?」


ウタハの落ち込みっぷりを心配してコハクが帰省を勧めてきた。


「……そうですね。たまには顔を出さないといけませんね」


そう答えつつも、ウタハはなぜか更に浮かない顔になっていた。




その夜。寮でもまだ気持ちが沈んだままのウタハにシュカが鬱陶しそうにしている。


「あ〜。もう。めんどくさいなぁ。これだから万年片想い野郎は」


ベシッと頭を叩かれてウタハはリビングの床に沈んでいく。


「とっとと告白したらいいじゃんか。実家に帰るのもウジウジするくらいなら」

「うっせぇなぁ。できたらしてるわ。どう考えたって兄弟としか見てくれてない相手に告白なんてしたら、それこそ家に帰れなくなるだろうが」

「結局帰れてないんだから一緒じゃん」


もっともな言葉にウタハは更に床に沈む。

ウタハは高校を卒業後、警察学校に入りそのままコハクのチームに配属された。対してキリは高校を出てすぐにトカゲのチームに入り、今や公安のベテラン捜査官として活躍している。

キリは能力者保護や公安の特殊捜査官という立場から一人暮らしの許可が下りず、ウタハは警察学校に入ってからずっと寮暮らしである。高校卒業まで家でも学校でもずっと一緒だったキリと離れ、ウタハが気づいたのは近くにいるとわからなかった恋心だった。


「まあ君がキリとくっついて寮を出て行かれたら僕が困るからいいけどね。セイが卒業するまではここにいてよ」

「俺はお前の小間使いか何かか?」

「家事はちゃんと分担してるでしょ。今更ルームメイトが変わるなんてめんどくさいじゃん。あと1年はヘタレの片想い君で頑張ってよ」


シュカはこっちに出てくるなりセイに恋人になるように迫り、今は大学院で勉強しているセイの卒業を待って結婚する予定だ。


「さあ。夜更かしは仕事と美容の大敵。僕はもう寝るからね」


言いたいことだけ言って寝室へと向かう自由っぷりに、『俺もこれだけ好きに生きれたら楽なのにな』とウタハは疲れたため息をついた。




数日後。重い足取りでウタハは実家の扉を叩いていた。


「おかえり!」


すぐに扉を開けて飛び出してきたカグラに抱きつかれる。すっかり背を追い越してしまった保護者を上から見ながら、まだ子供扱いされる恥ずかしさと嬉しさにウタハは苦笑した。


「ウタハ、全然帰ってこないんだもん。心配してたんだよ」


ブーと頬を膨らますクセは変わらないが、トカゲとの生活のおかげか30代後半くらいには見た目が成長したカグラが文句を言ってくる。


「ごめんて。仕事が忙しくて」

「キトラ君みたいなこと言ってるとコハク君に吊るされるよ。ほら。入って入って。お昼用意してあるんだから」


カグラに背中を押されリビングに入ると、意外にもトカゲもキリもいた。


「……公安はヒマなのか?」


昼間ならカグラしかいないだろうと思って来たのに。まさかの勢揃いにウタハは逃げ腰になってしまう。


「失礼だなぁ。可愛い息子の顔が見たくて無理やり出勤時間を遅らせたのに」

「チームリーダーがそんな理由で不在にすんなよ」

「大丈夫。普段はちゃんと仕事してるから。でももうタイムアップだね。私は仕事に行くよ。昼食はウタハの好きな物をたくさん用意したからね」

「……ありがとう」


息子の素直な感謝に気を良くしてトカゲは仕事へ向かう。出る時にしっかりカグラの頬にキスをしていくところに、相変わらずだなとウタハは諦めを感じた。


「で、なんでお前までいんだよ」

「俺はもともと非番。貴重な休みを予定も入れずに待っててやったんだから、感謝しろよ」


『いや。むしろ予定を入れてて欲しかったよ』


久々のキリとの対面にウタハはうまく視線を合わせられない。


「ちなみに僕は今日は在宅にしてもらったよ。3日分の書類仕事を1時間で終わらせたから、今日はウタハといっぱい遊べるね」

「それ。送りつけられたスイレンが悲鳴を上げてるんじゃねぇか」


呆れ果てるキリの視線がカグラに向かったことで、ようやくウタハはキリを見れた。


『……やっぱり可愛い』


薄紫色の髪と瞳が色素の薄い肌と相まって花のようである。昔と違いトゲのとれた優しい雰囲気が更にそれを印象付けた。

子供の頃は可愛いなんて感じたことなかったのに、好きだと気づいてからウタハはキリが可愛く見えて仕方ない。


「さあ。冷めないうちにご飯食べちゃおう」


そんなウタハの気持ちなどつゆ知らず、カグラは子供達を急かしてテーブルにつかせた。


「コハク君がいつも褒めてるよ。ウタハがいてくれて助かるって」

「チームがいいからだよ。俺自身はまだまだだ。足りてない所がいっぱいあるし、それに……」


公安に入れなかったことが頭をよぎる。察したカグラが困った表情になった。


「今年もダメだった?」

「ああ。やっぱり適性なしだって」

「特殊な部署だからね。優秀なこととは別に必要な条件があるんだよ」

「っていうか、なんでそんなに公安に入りたいんだよ。カグラはもういないんだし別に今のままでいいだろ?」


キリが不思議そうに口を挟んできたせいで、ウタハはグッと言葉に詰まった。


『言えない……お前と同じ所に行って守ってやりたいからだなんて、絶対言えない』


本当はウタハも捜査官にさえなれればカグラのいない公安は希望する気もなかった。だが捜査官に復帰したキリが度々怪我をして帰ってくるのを見て、そばで守りたいと思ってしまったのだ。

だから捜査官として実力のついてきた3年目から、毎年異動の希望を出している。


「別に……いいだろ。憧れなんだよ」

「そんないいもんでも無いけどな。裏工作ばっかで扱う事件もえげつないのが多いし。解決したからってそれを喜んでる人が見れるわけじゃねえしな」


自分の軽い理由に比べて、息の詰まる現場でずっと闘い続けているキリの言葉の重みにウタハは返す言葉もない。

ウタハだって危険な仕事ではあるし辛い事件も担当するが、被害者や遺族に感謝されることもあるし報われたと思う機会もある。キリからしたら贅沢な願いなのかもしれなかった。


「キリはちゃんとトカゲと話してる?無理に公安にいる必要はないんだし、キリこそコハク君の所に異動したりもできるからね」

「大丈夫だよ。なんだかんだ言ってチームのみんなは好きだし、仕事自体は向いてるって思うからな。7年目ともなりゃすっかり図太くなったぜ」


ははっと笑う頬にはうっすらあざが見える。体もきっと傷だらけなのだろう。そんな姿で笑うキリにウタハは胸が苦しくなった。


「無理しちゃダメだよ。2人とも僕の大事な子供なんだからね」


2人とも危険と隣り合わせの仕事についたためにカグラはいつも心配ばかりしている。

不安そうに顔を曇らせる姿に、2人は「大丈夫だって」と必死になって落ち着かせた。




結局夕飯まで食べて夜になってからウタハは実家を出た。コンビニに行くと言うキリと途中まで並んで歩んでいる。


「お前、もうちょっとまめに帰ってこいよ。カグラがいっつも心配してる。宥める俺の身にもなれ」

「わかってるよ。悪かったって」


苦情を受け流しながら街灯の下を通った時、薄紫の髪に灯りがあたりキラキラ光って星屑のようだった。


「どうした?」


ぽかんと自分を見てくるウタハにキリが首を傾げる。


「あ、いや、えっと、お前、髪伸びたなって。切らねぇの?」


輝く色に目を奪われたなんて言えず、軽くなら結べそうなくらい髪が伸びたことに話を逸らすウタハ。するとキリが一瞬怒ったような表情をした。


「別に。忙しいから切りそびれてただけだ。そのうち切るよ」


表情の変化は本当に一瞬だったので、ウタハが見間違いかと思っているうちに2人はコンビニの前についてしまった。


「じゃあな。月一は絶対顔出せよ」

「だからわかってるって。じゃあ帰るからな」


本当は「あんま怪我すんなよ」とか「気をつけて帰れよ」とか言いたかったのに、優しい言葉は少しも口から出てくることはなくて。

寮への道を1人歩きながら、ウタハは深いため息をついた。

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