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7.ルシアン殿下の十七歳の誕生日

 翌朝、朝食をとっていると、来客が告げられた。

 わたくしの父だった。

 昨日手紙を出していたので、わたくしを迎えに来たのだろう。


 ルシアン殿下とわたくしで応接室で父を迎えた。

 応接室の皮張りのソファは皮が所々剥げていて、座り心地も悪かった。


「リュシアを迎えに来ました。ルシアン殿下はリュシアとの結婚を望んでいなかったと聞きましたので」

「お父様、その件に関しては、わたくしからお話をさせてください」

「リュシア姉様、ぼくからも話します」


 わたくしとルシアン殿下の態度に、ある程度は状況を理解している様子の父は落ち着いていた。

 まず、わたくしが説明する。


「ルシアン殿下がわたくしと結婚しなければよかったと仰ったのには理由がありました。王宮にいなければわたくしに危険が及ばないだろうと思っておられたからです」

「ぼくは、まだ十六歳で成人するまで二年も時間があります。成人すれば王太子に選ばれる権利が得られるのですが、ぼくにはそれがありません。ぼくが王太子になって、この国を建て直してからリュシア姉様と結婚したかったのです」


 わたくしとルシアン殿下の説明に、父は表情を引き締めていた。背筋を伸ばし、ルシアン殿下と対峙する。


「ルシアン殿下は、この国の国王陛下となられて、この国を建て直す覚悟がおありですか?」

「あります。ぼく以外それはできないものだと思っています」

「ギヨーム殿下とデュラン殿下は簡単には王太子の座を譲らないと思いますよ」

「分かっています。そのためにも、今からギヨーム兄上とデュラン兄上の悪事の証拠を掴んでいるところなのです」


 ルシアン殿下が結婚した翌日も慌ただしく離宮を出て、わたくしと触れ合う時間を持てなかったのは、ギヨーム殿下とデュラン殿下の悪事の下調べに忙しかったのだろう。


 この国では国王が倒れない限りは、全員の王子が成人するまでは王太子は選ばれない。王太子となる権利はギヨーム殿下にもデュラン殿下にもルシアン殿下にも、平等に与えられている。

 王太子が選ばれるルシアン殿下の成人の場で、ギヨーム殿下とデュラン殿下が王太子に相応しくないという証拠を突きつけて、ルシアン殿下は王太子として選ばれて、傀儡となっている国王陛下に退位を勧めるおつもりだった。


「ルシアン殿下がギヨーム殿下とデュラン殿下の企みで冷遇されているというのは噂では聞いていました。実際に目にしてよく分かりました。ルシアン殿下、わたしに協力させていただけませんか?」

「協力していただけますか、ルミエール公爵」

「もちろんです。ルシアン殿下はわたしの愛娘、リュシアの夫であり、この国を救える唯一の希望です」

「よろしくお願いします、ルミエール公爵」


 父とルシアン殿下の話もまとまったようだった。

 昨日までは離縁を考えていたのに、今はルシアン殿下のそばにいて支えることしか考えていないわたくしは現金なのかもしれないが、ルシアン殿下がわたくしを愛していると言ってくれたこと、初めて出会ったときから慕ってくれていたと言ってくれたことは、わたくしの頑なになっていた心を溶かした。


 元々、わたくしはルシアン殿下を信じたかったのだ。

 ルシアン殿下をかわいく大切だと思っているし、二人で温かい家庭を築きたいと思っていた。

 ギヨーム殿下とデュラン殿下の思惑で、思わぬ早いうちに結婚してしまったが、わたくしの気持ちは変わりなかった。


「それでは、わたしはギヨーム殿下とデュラン殿下に反意を持つ貴族たちを取りまとめましょう」

「ぼくはギヨーム兄上とデュラン兄上の悪事の証拠を集めます」

「決行まではまだ時間があります。どうか、無理をなさらずに」

「ルミエール公爵も、くれぐれも兄上たちに気取られぬようにお気を付けください」


 父とルシアン殿下との間で密やかに話し合いが行われて、その日から水面下でギヨーム殿下とデュラン殿下を追い落とす策略が進められるようになった。

 わたくしは、それを見守るだけしかできないことに、歯がゆさを感じていたが、ルシアン殿下を心配させることがないように派手な行動は慎んでいた。


 冬になって、ルシアン殿下の十七歳の誕生日が来た。

 その日はわたくしもルシアン殿下と共に誕生日のお茶会と晩餐会に出席することになっていた。


「絶対にぼくのそばを離れないでください。ぼくは近衛兵よりも強いですし、王子ですから、リュシア姉様をお守りできます」

「はい、ルシアン殿下」


 かなり高い位置にあるルシアン殿下の肘に手を添えてエスコートして会場の王宮の大広間に向かう間、ルシアン殿下は何度もわたくしに言い聞かせた。わたくしもそれだけルシアン殿下が心配しているのだろうと思って、ルシアン殿下の言葉に従うように気を付けた。


 会場では国王陛下が一番奥の席に座っていたが、その頬は痩せこけて、目は落ちくぼんで生気がないのが一目で分かる。国王陛下の両隣に座っているのが露出度の高い胸元の大きく開いたドレスを着ている女性を侍らせたギヨーム殿下と、美しい少年を侍らせたデュラン殿下だった。

 お二人とも結婚しているはずなのだが、王子妃殿下の姿はない。ギヨーム殿下は王子妃殿下を女遊びを咎めるので邪魔と思っていて、愛妾と変わりない宮殿に閉じ込めているのだという。デュラン殿下は王子妃殿下が美しくないと不満で、横には立たせないのだと聞いている。

 不遇の王子妃殿下二人のこともわたくしは気になっていた。


「ルシアンが十七歳だなんてめでたい。葡萄酒で乾杯しよう」

「ギヨーム兄上、ルシアンはお子様なので、葡萄酒は飲めないのですよ」

「そうだったか。それでは、ルシアンには葡萄ジュースを」


 ルシアン殿下が主役だというのに、げらげらと下品に笑いながらグラスを持ちあげるギヨーム殿下と、わざわざ「お子様」という単語を使ってルシアン殿下を貶めようとするデュラン殿下。

 どちらも吐き気がするほど気持ち悪くて、わたくしは挨拶をするのも嫌だった。


「父上、ギヨーム兄上、デュラン兄上、本日はぼくの誕生日を祝ってくださってありがとうございます」

「かわいい弟の誕生日がめでたくないわけないだろう」

「ルシアン……小さいころは女の子と間違えるくらいに愛らしかったのに、すっかりと大きくなってしまって。それに比べてリュシア嬢の美しいこと。小柄で蜂蜜色の髪と目が、甘い香りを放っていそうですね」


 ギヨーム殿下の言葉には棘が混じっている気がするし、デュラン殿下の目はわたくしをじろじろと見てくるし、不快感しかない。国王陛下は何も喋らず、この光景が落ちくぼんだ光のない目に映っているのかすら分からない。


「国王陛下、ギヨーム殿下、デュラン殿下、わたくしの夫であるルシアン殿下のお誕生日のお祝いに参加してくださってありがとうございます」

「ルシアンの隣に座る必要などない。どうせお子様のそいつでは満足させられていないだろう。おれが至上の快楽を教えてやろう」

「ギヨーム兄上、ずるいですよ。リュシア嬢はわたしがコレクションに加えようとずっと狙っていたのですからね」


 一応挨拶はしなければいけないと思って口を開いたが、ギヨーム殿下とデュラン殿下の口から出る言葉にわたくしはぞっとしてしまった。お二人はわたくしをそのように思っていたのか。

 ルシアン殿下がわたくしを離宮に隠そうとするのも理解できた。


「ギヨーム兄上、冗談が過ぎますよ。デュラン兄上、リュシア姉様はもうぼくの妻なのです。相応の呼び名を弁えてください」


 鋭くルシアン殿下が言えば、ギヨーム殿下とデュラン殿下の視線が厳しくなる。それを無視して、ルシアン殿下はわたくしを守るようにわたくしの隣に座った。


 お茶会もギヨーム殿下とデュラン殿下が大きな顔をしていたが、晩餐会ではもっと酷かった。ギヨーム殿下は晩餐会に参加した若い令嬢を無理やりに庭に連れ出そうとするし、デュラン殿下は連れてきていた美しい少年を膝の上で愛でようとしている。

 膝の上に抱き上げられた少年は真っ青な顔をしていたが、抗えないようでデュラン殿下に髪を撫でられて身を固くしていた。


 ルシアン殿下は凛とした態度で、ギヨーム殿下の無体を止めて、デュラン殿下の無礼をたしなめていた。

 それでもギヨーム殿下はなかなか止めらなかったし、デュラン殿下も膝の上の少年を降ろさなかったのだが、貴族たちはそれに関して必死で目を反らし、自分に火の粉が飛んでこないように逃げている印象だった。


 お茶会と晩餐会が終わって、わたくしは離宮に戻ってルシアン殿下と改めてお茶を飲んでいた。眠る前のお茶は、乳母が安眠を促すものを入れてくれている。

 ルシアン殿下もこのお茶が気に入ったようだった。


「今日はリュシア姉様に酷い場面を見せてしまいました」

「王家に嫁ぐときに、これくらいは覚悟していました」

「リュシア姉様の毅然とした態度、以前と変わりなく、凛々しかったです」


 わたくしにとっては、ギヨーム殿下を止め、デュラン殿下をたしなめるルシアン殿下の方が凛々しく映っていたのだが、ルシアン殿下にとってわたくしはそのように見えていたようだ。


「小さなころに兄上たちに苛められていたので、こんなに体が大きくなったのに、まだ兄上たちを前にすると怯んでしまうことがあります。今日はリュシア姉様が横にいてくれたので、格好いいところを見せなければと思って頑張れました」

「ルシアン殿下はお一人でも、ギヨーム殿下から令嬢を救っていたではないですか」

「あのときは必死だったのです。彼女には婚約者がいて、結婚間近と聞いていました。助けを求められて、ぼくはリュシア姉様の顔が浮かんだのです」

「わたくしの顔が?」

「はい。リュシア姉様はぼくと結婚してすぐです。そんな愛しい方がギヨーム兄上の毒牙にかかったら、ぼくは生きていられないと思いました」


 あのとき、わたくしはルシアン殿下に助けられた令嬢に嫉妬してしまった。

 醜くも浅ましい感情を抱いたわたくしに対して、ルシアン殿下が思っていたのは、わたくしのことだった。結婚間近の令嬢にわたくしの姿を重ねて、勇気を奮い立たせてギヨーム殿下と対峙していた。


「わたくしは浅ましい……ルシアン殿下に守られる令嬢に嫉妬してしまいました」


 正直に言えば、ルシアン殿下がわたくしの手を取ってくださる。


「嫉妬してくださるくらい、ぼくのことを想っていてくれたのですね」

「ルシアン殿下……」


 ルシアン殿下のことは出会ったときからかわいく大切だと思っていた。これが恋心なのかは分からなかったが、わたくしはルシアン殿下を想っていたようだ。


「お慕いしています、ルシアン殿下」

「ぼくも愛しています、リュシア姉様」


 手を取り合い、わたくしはルシアン殿下に気持ちを告げ、ルシアン殿下もそれを受け入れてくれた。


読んでいただきありがとうございました。

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