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16.ギヨーム殿下の無体

 その日、わたくしは初夏の庭に出て散歩をしていた。

 庭には高い生け垣があって、他の庭とは区切られている。

 この中がわたくしにとっては安全地域だった。


 ルシアン殿下の安心のためにも、わたくしはできる限り離宮から出てはならない。離宮を出ればギヨーム殿下とデュラン殿下がわたくしを狙っていると分かっているからだ。


 最近、デュラン殿下からは変わりなく贈り物と誘いの手紙が来るのだが、ギヨーム殿下はぱったりとわたくしに贈り物も誘いの手紙も寄越さなくなっていた。ギヨーム殿下が何か企んでいる気配はするのだが、それが何か分からない。

 デュラン殿下との対立を煽るようなことはしていたので、二人の仲に亀裂が入っていることは確かだった。


 ギヨーム殿下は何を考えているのか。


 不気味に思いながら庭を歩いていると、生け垣の外から悲鳴が聞こえてきた。


「いやっ!? 放してください!」

「大声を上げても誰も助けになど来ない。大人しく言うことを聞くのだ!」

「きゃー! 助けて! やめてください!」


 絹を裂くような女性の悲鳴が聞こえる。

 わたくしはそばに控えていたアラン殿に視線を向けた。

 アラン殿は頷き、素早くそちらの方に走っていく。


「おやめください、ギヨーム殿下!」

「近衛兵の分際で誰に口を聞いているか分かっているのか! 控えよ!」

「ギヨーム殿下、ご自分のされていることがお分かりですか?」

「分かっているに決まっているだろう! おい! この邪魔な奴を殺せ!」


 ギヨーム殿下の冷酷な声が響いて、ギヨーム殿下と共にいた兵士が剣を抜いたのが分かる。

 アラン殿が殺されてしまう。

 アラン殿はわたくしの兄のマティアスの同級生で、妻子がいて、いい夫、いい父である。

 ギヨーム殿下の気まぐれで殺されていいような人物ではなかった。


「おやめください!」


 思わず庭から走り出て止めに入ったわたくしに、ギヨーム殿下がにやりと笑った。

 ギヨーム殿下が乱暴を働こうとしていた女性は、手を放されて立ち上がって逃げ出している。


「やっと出てきてもらえたか、リュシア嬢」

「ギヨーム殿下?」

「どれだけお誘いしても、リュシア嬢のつれなかったこと。それも、あのルシアンのせいだったのだな!」


 アラン殿に助けを求めようとしても、アラン殿はギヨーム殿下のお供の兵士に押さえ付けられている。


「さぁ、来るのだ!」

「放してください!」

「大人しくしていれば、至上の快楽を教えてやる」

「嫌です! やめてください!」

「抗うならば、死んだ方がマシな目に遭わせてやる!」


 ぎらぎらと血走ったギヨーム殿下の目はもう正気とは思えなかった。

 引きずられて近くのガゼボに引きずり込まれたわたくしは、ガゼボのベンチの上に押し倒される。芋虫のような気持ち悪い指が、わたくしの首筋を這い、ドレスを脱がせて来ようとする。


「いや! やめて!」

「議会の会場で、ルシアンはお前を愛する妻と言っていた。愛する妻が他の男に穢されて、それでもルシアンは平気でいられるのかな?」


 これは結婚の開放の法案を否決させたルシアン殿下への報復であり、結婚の開放の法案が可決されなくて王子妃であるわたくしに手を出す正当な理由がなくなったことに対して、強硬手段に出た結果なのだろう。

 わたくしの非力な腕ではギヨーム殿下に適うはずがない。


「わたくしになにをしても、ルシアン殿下の愛は変わりません!」

「そうかな? そう言って壊れてきた愛をこれまでいくつも見て来たぞ?」

「それは、ギヨーム殿下が壊したのではないですか!」


 気丈に言い返すわたくしに、ギヨーム殿下はスカートの裾から手を入れてわたくしの膝を掴んだ。そのまま太ももまでギヨーム殿下の手が這い上がろうとした瞬間、どごっと鈍い音が響いた。


 ギヨーム殿下の体が傾いて、わたくしの上に倒れてこようとする。

 両腕で体を庇うようにして衝撃に備えて目を閉じたわたくしだが、ギヨーム殿下の体はわたくしの上に倒れ込んでこなかった。


 恐る恐る目を開けると、ルシアン殿下がギヨーム殿下をわたくしの上から蹴り落としているのが見えた。


「ルシアン! どうしてお前がここに!」

「ギヨーム兄上に乱暴されそうになっていた女性とアランが、リュシア姉様が危険だと知らせに来てくれたのですよ」

「おのれ! 法案だけでなく、おれのやることを邪魔しおって!」


 ギヨーム殿下に乱暴されそうになっていた女性は、アラン殿と共に逃げおおせて、アラン殿は自分だけではこの事態は収拾できないとルシアン殿下を呼びに行ったのだ。

 蹴られてよろけながらギヨーム殿下がガゼボから出て、お供の兵士に合図を送る。素早く上着を脱いでわたくしに被せたルシアン殿下は、ガゼボから出て腰の剣を抜いた。


「誰に剣を向けているのか分かっているのか?」

「それはぼくの台詞です! 誰に剣を向けているのか、分かっているのですか?」


 虚勢を張るギヨーム殿下と、凛とした声を響かせたルシアン殿下。

 どちらが正義か、考えるまでもなく分かる。

 お供の兵士たちは、剣を抜いたものの、ルシアン殿下の姿に圧倒されている。


「ぼくの腕は近衛兵を超えますよ? 命が惜しくないのならば、かかってきなさい!」

「うるさい! お前ら、早くこいつをしとめてしまえ!」


 ギヨーム殿下が指示をするが、兵士たちは動けずにいる。人数は兵士たちの方が多いが、ルシアン殿下のように体格がいいものはおらず、剣を構えたルシアン殿下にかかっていける勇気のあるものもいないようだった。


「二度とぼくの妻に近寄らないでください!」

「ルシアン! おのれ!」


 自分で剣を抜いて飛び掛かってきたギヨーム殿下を、ルシアン殿下は軽々と吹っ飛ばし、ギヨーム殿下は剣を飛ばされ、蹴り上げられて宙を舞った。

 地面に崩れ落ちたギヨーム殿下をお供の兵士たちが回収して逃げていく。


「このことは報告させていただきます。ギヨーム兄上が望んでいたような法案は可決されませんでしたからね! ひとの妻に手を出すのは、罪なのだということをお忘れなく!」


 回収されていくギヨーム殿下に言い捨てて、ルシアン殿下が素早くわたくしの元に戻ってきた。剣をおさめて、ガゼボのベンチに倒れているわたくしに歩み寄り、ルシアン殿下が泣きそうな顔になっている。


「リュシア姉様……ご無事ですか?」

「ルシアン殿下……」


 震えてうまく話せないわたくしに、ルシアン殿下は静かな声で問いかけた。


「リュシア姉様、触れることを許してもらえますか?」

「は、はい」

「リュシア姉様を安全な場所に運びたいのです」


 頷くわたくしに、ルシアン殿下はわたくしの体を軽々と抱き上げて、離宮の中に入って行った。

 部屋まで運ばれて、わたくしは初めて自分のドレスが破けていることに気付く。そんなことに気をかけていられないほど必死だった。

 ドレスの袖は破け、裾も裂けている。


「まずは着替えてください。その後でお話を聞かせてください」

「はい、ルシアン殿下」


 紳士なルシアン殿下が部屋から出てから、わたくしはギヨーム殿下の気配を消すかのように、体をシャワーで流し、新しいドレスに着替えた。

 部屋を出てお茶室に行くと、ルシアン殿下が堪えきれないように立ち上がったが、わたくしの方に歩いてきて、足を止める。

 ガゼボで助けてくれたときにも、触れていいかと確かめるように問いかけてくれた。

 怖いことがあったばかりなので、わたくしが触れられるのが恐ろしいと思っているかもしれないと配慮してくださっているのだろう。


 わたくしはそんなルシアン殿下の腕に手を伸ばす。ルシアン殿下がその手を取ってくれて、わたくしはしっかりとルシアン殿下の胸に抱き締められる。


「リュシア姉様!」

「信じてください、ルシアン殿下。首筋と足に触られましたが、それ以外は何も……」

「信じています。例えリュシア姉様になにがあろうと、ぼくの愛は変わりません」

「ルシアン殿下」


 しっかりとルシアン殿下に抱き着くと、ルシアン殿下も抱き締め返してくれる。

 ギヨーム殿下は結婚の開放の法案でわたくしを堂々と手に入れることができなくなって、実力行使に出た。

 それをルシアン殿下が止めてくれた。


 かなり荒っぽい方法だったが、ルシアン殿下がそれだけギヨーム殿下に怒りを覚えていたのも理解できる。


「ギヨーム兄上を、断罪します」


 ルシアン殿下が覚悟を決めた声を出した。

 それがわたくしのためだと分かって、わたくしはルシアン殿下に深く頷いて見せた。

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