12.アメジストのネックレス
その日から、ギヨーム殿下とデュラン殿下から贈り物が届くようになった。
ギヨーム殿下からは、見たくもないような露出の多いドレスや下着、デュラン殿下からは宝石や指輪やネックレスなどの宝飾品が届いた。
どちらにも、「わたくしの望んでいるものはそれではありません」という手紙と共に贈り物は返しておいた。
父から手紙が届く。
父は結婚の開放の法案を無効にすべく、署名運動を始めたようだった。
この国は王国ではあるが、議会があって、そこで立法や国の大事な事柄は話し合われて決められる。今の議会はギヨーム殿下とデュラン殿下の権力に怯えていたり、買収されている議員ばかりなので、ギヨーム殿下とデュラン殿下の発言力がものすごく強くなっていた。
「ギヨーム兄上とデュラン兄上に従う議員のほとんどは、兄上たちに逆らうのを怖がっているものたちです。その恐怖を取り除ければ、無茶苦茶な法案が成立することはなくなるのですが」
最近では、ギヨーム殿下だけでなく、デュラン殿下まで新しい法案を考えているという。
「デュラン兄上は、国際法をこの国では無効として、奴隷制をこの国で認めさせる法案を考えているのです」
「そんな……」
デュラン殿下もギヨーム殿下に劣らず、無茶苦茶なことを考えている。
ギヨーム殿下とデュラン殿下を止めなければいけないことはわたくしにも分かっていた。
「ルシアン殿下も議会には参加しているのですよね?」
「はい。王族の末席として参加しています。ぼくよりもルミエール公爵の方が発言権は強いような気がしますが」
「いいえ、そんなことはありません。ルシアン殿下は成人すれば王太子になる権利を得るお方。その存在感を示すときが来たのかもしれません」
わたくしの言葉に、ルシアン殿下は驚いたように赤みがかった紫の目を見開いていた。
それに構わずにわたくしは続ける。
「どうか、ルシアン殿下、結婚の開放の法案と奴隷制を認めさせる法案に反対する演説をしてください」
ルシアン殿下が成人するまでに残りの期間は一年を切っている。ルシアン殿下が成人すれば、国王陛下が三人の王子の中で誰が王太子に相応しいかを決めることになる。その前に、ルシアン殿下は自分の存在を議会にもアピールしておかなければいけなかった。
「ぼくが、反対の演説を……」
「そうです。ルシアン殿下はまだ成人されていませんが、間違いなく王位継承権を持った王子です。王子が真剣に法案に反対して、演説をすれば、ギヨーム殿下とデュラン殿下を恐れている貴族たちを勇気付けて、法案を廃止することができるかもしれません」
「ぼくに、そんなことができるでしょうか?」
「できます。ルシアン殿下の優しさと正義感、真面目さを議員たちに示すことができれば、議員たちを味方につけることができます!」
励ますつもりで断言すると、ルシアン殿下は深く頷き、声を上げた。
「演説の原稿を書いてみます。リュシア姉様、演説の内容を確認してくれますか?」
「わたくしでよろしければ」
気合を入れてルシアン殿下は次の議会までに演説の原稿を書くつもりだった。
その間に、わたくしはしておきたいことがあった。
わたくしは、デュラン殿下に手紙を書いていた。
本当はデュラン殿下に頼りたくはないのだが、それ以外に方法が思い付かなかったのだ。
デュラン殿下はわたくしの手紙に喜んで応じてくれた。
デュラン殿下に頼んだことは、亡き王妃殿下の遺品を譲ってもらうこと。
王妃殿下の遺品は国王陛下の元にあるのかもしれないが、宝飾品には目がないデュラン殿下が、宝石類やアクセサリーは自分のものにしている気がしたのだ。
わたくしは届けられた大きなアメジストのネックレスがペンダント式になっているのに気付いた。開いてみると、奥に国王陛下と王妃殿下の小さな写真が入っている。アメジストの裏側を見ると、こちらにも写真が入っていた。
「アラン殿、ついてきてください」
「リュシア殿下? ルシアン殿下に伝えなくていいのですか?」
「ルシアン殿下は今、演説の原稿を書いています。国王陛下のことでお心を乱したくないのです。わたくしはわたくしの今できることをします」
アラン殿を護衛に連れて、わたくしが向かったのは国王陛下の部屋だった。
国王陛下はギヨーム殿下とデュラン殿下に追いやられて、王宮の端の小さな庭のある離宮に暮らしていた。警備もずさんで、ギヨーム殿下とデュラン殿下が国王陛下に早く死んでほしいとでも言わんばかりの様子に、ため息をつきつつ、庭のベンチに座っている国王陛下の前に出た。
国王陛下の落ちくぼんだ赤みがかった紫の目は、何も映していないようだった。
「国王陛下、ご挨拶させていただきます。ルシアン殿下の妻で、ルミエール公爵家の娘、リュシアです」
完璧なマナーで一礼しても、国王陛下はぴくりとも動かない。
その国王陛下の前に、わたくしはデュラン殿下からもらったアメジストのネックレスを差し出した。最初は反応がなかったが、わたくしがペンダント式になっている場所を開けると、国王陛下の指先が僅かに動いた。
「アマーリエ……」
かすれた声で国王陛下の喉から出たもの。それは、王妃殿下の名前だった。
「王妃殿下が分かりますか?」
「アマーリエ……どうしてわたしを置いて死んでしまったのだ」
国王陛下の震える指が、ネックレスに触れた。ネックレスを握る国王陛下に、わたくしは国王陛下と王妃殿下の小さな写真が入っている向かい側のアメジストの裏に入っている写真を見せた。
「この方が誰か分かりますか?」
「この子は……」
白黒写真だったが、はっきりと分かる艶やかな黒い髪に深い色の目の赤ん坊は、ルシアン殿下に違いなかった。
「わたくしの父、ルミエール公爵は王族で、王妃殿下とはいとこ同士でした。王妃殿下が亡くなるときに言った言葉を覚えていますか?」
「アマーリエが、言った言葉?」
「『この子を愛して』と」
王妃殿下はルシアン殿下を残して自分が死んでしまうことが不安だったのだろう。国王陛下にくれぐれもルシアン殿下のことを頼んで死んでいったという。
「ルシアン……あの子はどこに……わたしは……」
「国王陛下、このネックレスをお渡しします。ルシアン殿下が成人なさるまでに、しっかりと王妃殿下の言った言葉を思い出してください」
それ以上は伝えることもなく、わたくしは国王陛下の庭から去った。
離宮に戻ると、ルシアン殿下が待っていてくれた。
「リュシア姉様、どこに行っていたのですか?」
「国王陛下にお会いしていました」
「父上は抜け殻になってしまわれた……リュシア姉様のことも分からなかったでしょう?」
「はい。ですが、お伝えしたいことは伝えてきました」
わたくしにできるのはここまでだ。
これ以上は何もできない。
国王陛下がルシアン殿下の成人のときに、誰を王太子に選ぶのかはまだ分からない。
それより先にギヨーム殿下とデュラン殿下の断罪ができていれば、ルシアン殿下以外王太子になる人物はいなくなるのだが。
「リュシア姉様、演説の原稿ができました。見てくださいますか?」
「見せてください」
ルシアン殿下から演説の原稿を受け取って、わたくしは流麗な文字で書かれたそれを読む。
結婚の開放が法案として成立すれば、これまでの結婚の形、家族の形が壊れ、家庭で守られて育つべき子どもの養育もままならなくなる。なにより、不倫を推奨するようなこんな不道徳な法案が可決されるべきではない。
ルシアン殿下の気持ちがこもった原稿だったが、まだ訴えかけるには足りないことがある。
「妻をギヨーム殿下に寝取られた貴族の夫と、望まぬ行為を強いられた貴族の妻の気持ちを入れてみてはどうでしょうか?」
「それは貴族たちの心に訴えかけますね」
「議会までにはまだ日にちがあります。しっかりと演説の内容を練って最高のものにしましょう」
「リュシア姉様、心強いです」
この演説でルシアン殿下が議員たちに存在感を示せれば、ルシアン殿下の発言力も大きくなる。そうなれば王太子になるのはルシアン殿下かもしれないと、ルシアン殿下派がふえるのではないだろうか。
まだルシアン殿下にはできることがある。
わたくしはそれを最大限支えるつもりだった。
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