11.敵の敵は味方作戦
わたくしの誕生日のお茶会が盛大に開催されなかったことで、わたくしとルシアン殿下の不仲説は有力になってきているようだ。
毎日のようにデュラン殿下からお茶会のお誘いがあった。
デュラン殿下のお茶会は、自分の好みの美少年美少女を侍らせて、美術品を見せびらかすのが目的で、とても健全とは言い難いものだったので、わたくしは参加したいとは思っていなかった。
デュラン殿下のお茶会にお断りの手紙を書いていると、わたくしの護衛となったアラン・ヴァルモン殿が離宮の入り口で揉めている声が聞こえてきた。窓から覗いてみると、離宮の入り口に誰か来ている。
侍女を行かせて様子を見させてくると、侍女が青ざめた顔で戻ってくる。
「ギヨーム殿下でございます」
「ギヨーム殿下がこの離宮までやってきたのですか!?」
ギヨーム殿下はルシアン殿下の兄君で、先触れもなくおいでになるのはいささか失礼だとは思うのだが、来てしまったからには対応せねばならないだろう。さすがにルシアン殿下の兄君である第一王子を顔も合わせずに追い返すことはわたくしには不可能だった。
兄であるマティアスお兄様の同級生で、妻子もいるということでルシアン殿下も信頼しているアラン殿に同席してもらって、ギヨーム殿下を離宮の庭の椅子に招待する。
室内に入れては危険だと感じたので、外で対応しようと決めたのだ。
ギヨーム殿下はわたくしの体をじろじろと眺め、いやらしい目つきを向けてくる。
「胸は小ぶりで体も小さいが、それだけ具合がいいのかもしれない……いや、リュシア嬢、今日も大変美しくあられるな」
とても下世話なことを言われてしまった気がする。ぞっとしつつ、アラン殿に視線を向けて助けを求めながら、わたくしはギヨーム殿下にまずは挨拶をする。
「いらっしゃいませ。急においでになって何かございましたか、ギヨーム殿下?」
「ルシアンは子どもでリュシア嬢を満足させていないようなので、おれが大人の楽しみを教えて差し上げようかと思って」
結婚の開放の法案が成立するまでは安全だと思っていたが、そうでもないようだ。ギヨーム殿下はわたくしが了承すれば手を出しても構わないのではないかと思っている。
それだけルシアン殿下が粘って結婚の開放の法案の成立を遅らせていたのが、ギヨーム殿下には待ちきれなくなったのかもしれない。
「ギヨーム殿下の仰る意味が分かりません。用がないのでしたら、わたくしはしなければいけないことがありますので、失礼します」
「まぁ、待て。こんな寂れた離宮で裕福な公爵令嬢だったリュシア嬢が暮らすのは、苦労が多いのではないか? おれならば、リュシア嬢にいい思いをさせてやれる。リュシア嬢のために国の予算を割くことも考えなくもない」
国の予算を割く?
わたくしのために?
ギヨーム殿下は第一王子ではあるが、王太子でも国王陛下でもない。そんなことを決める権利などないはずなのに、当然のようにそんなことが口から出てくるのだから、この国は腐敗しきっている。
太って脂ぎったギヨーム殿下の芋虫のような指がわたくしの手に触れそうになって、わたくしは素早く手を引いた。ティーカップが倒れてお茶が庭のテーブルの上に零れる。
「大人しくしていれば、いい思いをさせてやるのに」
「結構です。お帰りください」
「リュシア嬢、あぁ、芳しいその髪の香り」
立ち上がったギヨーム殿下が体を寄せてきた瞬間、止める声が入った。
「おやめください、ギヨーム殿下」
「お前は近衛兵か? 兵士程度が生意気な!」
助けてくれようとするアラン殿に、ギヨーム殿下が手を振り上げる。その拳が降り下ろされるより先に、明るい声が響いた。
「わたしとはお茶をしてくれないのに、ギヨーム兄上とはお茶をするのですか?」
その声の主はデュラン殿下だった。
わたくしの髪をひと房手に取って嗅ごうとしていたギヨーム殿下が、忌々しそうに舌打ちをしてわたくしから離れる。
「ギヨーム兄上、抜け駆けはよくないですよ。リュシア嬢はわたしのお茶会に来てくれる約束だったのです」
「そ、それは……」
お断りの手紙を書いている途中だったが、わたくしは急に閃いたことがあった。
今のところ、ギヨーム殿下とデュラン殿下は、好むものが違うので、争わずに互いに別のものを愛して、国王陛下を操るという立場を半々に振り分けている。
その均衡が崩れたらどうなるのだろう。
ギヨーム殿下の興味はわたくしの性的な部分にある。
デュラン殿下の興味はわたくしの美的な部分にある。
違う部分が好きだと言っても、わたくしはわたくし。一人しかいない。
「デュラン殿下のお茶会にお誘いいただいたのに、ギヨーム殿下が急に来てしまって……」
「ほら、ギヨーム兄上、リュシア嬢はわたしのところに来てくれるはずだったのですよ」
「何を言う! リュシア嬢はおれを選ぶに決まっている!」
仲たがいを始めたギヨーム殿下とデュラン殿下に、この作戦は使えるのではないかと思い始めていた。
ギヨーム殿下の前ではデュラン殿下に気があるそぶりを見せて、デュラン殿下の前ではギヨーム殿下に気があるそぶりを見せる。
そうすれば、元々一枚岩ではないギヨーム殿下とデュラン殿下の均衡が崩れるのではないだろうか。
「わたくし、真実の愛を信じています」
ちらちらとギヨーム殿下とデュラン殿下を見ながら、わたくしは突拍子もないことを口にしてみる。
「真実の愛?」
「それはどういうものですか?」
ギヨーム殿下もデュラン殿下も食いついてきた。
「わたくしのことを真に愛してくださる方ならば、わたくしのために何でもしてくださると思うのです」
「何を望んでいるのかな、リュシア嬢?」
「いえ、わたしこそがその望み、叶えましょう」
競い合うギヨーム殿下とデュラン殿下に、わたくしは悩ましくため息をついてみせた。
「全てを口にしなければ分からないというのも、真実の愛ではないと思います。何も言わなくてもわたくしの思いを分かってくださる方こそ、真にわたくしを愛してくださる方に違いないでしょう」
こう言っておけば、ギヨーム殿下もデュラン殿下も、わたくしが喜ぶことを考えるだろう。そうして競わせて、ギヨーム殿下の力も、デュラン殿下の力も削いでいければいい。わたくしはそう思っていた。
「必ずリュシア嬢の願いを叶えよう」
「これは愛の試練なのですね。乗り越えてみせましょう」
それぞれに勝手にわたくしが望むものを想像して動き出したギヨーム殿下とデュラン殿下に、わたくしは悩まし気な視線を向けながら、内心ではほっと胸を撫で下ろす。これでギヨーム殿下もデュラン殿下も追い払うことができた。
「アラン殿、怪我はありませんか?」
「わたしは平気です。リュシア殿下は?」
「わたくしも平気です」
あの芋虫のような指で摘ままれた髪は気持ち悪かったが、わたくしはなんとか窮地を乗り越えたようだった。
離宮に戻って、わたくしは大きくため息をついたのだった。
ギヨーム殿下とデュラン殿下が離宮に来たという報せを聞いて、ルシアン殿下が急いで戻ってきてくれた。
庭のテーブルの零れたお茶と倒れたカップがそのままになっていたので、ルシアン殿下は真っ青な顔でわたくしに駆け寄って、わたくしを逞しい腕で抱き締めてくれた。
「リュシア姉様、ご無事ですか?」
「はい、わたくしは無事です……無事ですが、こ、怖かった、です」
必死の覚悟で悪女を演じていたが、わたくしの神経はぎりぎりだった。
アラン殿がルシアン殿下に今日のできごとを伝える。
「ギヨーム殿下が先触れもなくやってきて、リュシア殿下を手籠めにしようとするようなことを言っていました。それにデュラン殿下が加わって、リュシア殿下を取り合ったのです」
「リュシア姉様は何もされていないのだね?」
「リュシア殿下は、機転を利かせて、ギヨーム殿下とデュラン殿下が競って争うように仕向けていました」
今になって震えて来て話すことができないわたくしの代わりに話してくれたアラン殿にルシアン殿下は深く頷き、わたくしを抱き締めたまま長い蜂蜜色の髪を撫でてくださった。
「リュシア姉様が聡明な方でよかったです……。リュシア姉様に何かあればぼくは生きていられません」
「ルシアン殿下」
ルシアン殿下に抱き締められていても、わたくしはしばらく震えが止まらなかった。
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