なろうクルーザー殺人事件
謎の招待状が探偵事務所に届く。
「差出人が分からない豪華クルーザーの旅? なんじゃこりゃ?」
探偵事務所の所長である主人公は、不審な招待状を訝しげに思いつつも、「豪華海鮮料理食べ放題」の触れ込みに釣られ、参加することを決意する。
その旅には、「助手の方も参加OK」の一文を読んだ日雇いのバイトにも押し切られ、二人で参加することになった。
───登場人物。
◆主人公:20年以上の探偵歴を持つ、浮気調査のスペシャリスト。
◆助手:主人公の探偵事務所で働く日雇いのバイト。助手という立場であれば豪華クルーザーの旅行に参加できるので、無理やりその立場を手に入れてついてきた。
あくまでネタとして取り上げています。
「全然笑えない」「不愉快に思う」という方はすぐにブラウザバックをお願いします。
謎の招待を受け、今宵は豪華クルーザーにきていた。
波の音も割と静かで、新月なこともあって船の灯り以外は真っ暗だ。デッキに出て空を見上げればきっと満天の星空が見えるのだろう。
だけど私たちは今、自由に身動きを取ることが叶わない。
どうしてこんなことになったのか。そんなことばかりを考えてしまう。
差出人不明な招待状は気になったが、越前ガニや伊勢海老、蝦夷馬糞海胆の食べ放題には抗えなかったのだ。
しかしながら、タダより高いものはない。
「先生、大変なことになりましたよね」
「いやいや、助手の君も当事者なのに他人事のような態度は困るよ?」
船内で殺人事件が発生してしまい、容疑者全員がダイニングサロンへと集められている。
何故かガイドさんから名指しで事件解決を求められているけれど、私は探偵と言っても仕事の99%は浮気調査ばかり。こんな物騒なことに関わったことは一度もない。
「しかし、死体を見たせいか気分が良くないですね」
「そういう助手に全てを任せて、私はビールでも飲んでいたいけど?」
殺害されたのは、晩 垢雲斗という方で、どうも過剰なセクハラ発言が度々問題になっていた人らしい。
彼の客室にいったスタッフが真っ赤な文字を見たのが第一発見となり、通報されている。
是非、探偵の先生と助手には現場を見て欲しいと請われて見に行ったが、血が苦手な私はずっと目を瞑っていた。立ち込めていた血の匂いだけでも背筋が凍ったし、酒でも飲んで早く忘れたい。
少し歯の根が合わなくなっていたところ、ガイドさんがこちらへ近づいてきた。
「先生、容疑者の方々を紹介しても良いですか?」
内心ではビクビクしているので、全然宜しくないのだけれど、一度拒否しようとしたときに犯人と疑われてしまった。だから疑惑を払拭するためにも逃げる訳にはいかない。
ガイドさんに連れられてダーツコーナーへと移動する。
三人の男女がまるで殺人事件など無かったかのように談笑し、ダーツを楽しんでいた。
容疑者で最初に紹介されたのは、エターナ・ルンルンという男。
金髪碧眼の長身ロン毛で、どことなくナルシストな雰囲気を感じてしまう。
彼は白い歯を覗かせつつ、手を差し出してきた。
「はじめまして。私がストーリーを始めるのを躊躇わない、エターナ・ルンルンだ」
「彼の連載は両手両足の指を全部使っても足りません。でも、いずれも完結しておらず、未完の帝王とも呼ばれていますよ」
ガイドさんの紹介に気を良くしたのか、やや鼻息を荒くして瞳も爛々とし始めたエターナ。
「ワハハ! 私が帝王だ!」
仕事を終わらせないことで有名だ。
それで良いのだろうか。一つ質問をしてみた。
「で、お仕事はいつ完結するんですか?」
「ハハハ! 私は終わらせないことも躊躇わない! 短編など不要! それら全てエピソード1でミカン放置だ!」
「うわー……」
「うわー……」
私と助手の声は見事にハモった。
続いてガイドさんが連れてきたのは「どこのナーロッパ畑で採れましたか?」と言わんばかりの金髪縦ロール&真っ赤なドレスのお嬢様。
夢か異世界かと、錯覚を起こしてしまいそうだ。
隣に並んだガイドさんが手を差し向け微笑む。
「こちらは伊見 華撫理子さんです。ループ転生しているのか錯覚するほど繰り返されるのでご注意ください」
先程から「悪役令嬢転生か?」と思っていたら、先にガイドさんから釘を刺されてしまった。
伊見は重そうなドリルをふわぁさと肩から払いつつ、ファー付きの扇子で口元を隠し、目を細める。
「わたくし、このところの最近、被害を被ってしまって頭痛が痛いのよ」
「うわー……」
どこから突っ込めば良いか分からず、助手と一緒に絶句してしまった。
伊見は扇子を閉じながら、少し辺りを見渡し、カウンターチェアーを見つけては安堵の表情をしている。顔は微かに紅みがかっているし、お酒に酔っているのかも知れない。
「ふぅ、立ったまま立ち話するのも疲労で疲れるわね。そこの椅子に着席して座ってもよろしくて?」
船内は少し揺れるし、このまま彼女の口からアリバイではなくレインボーでも撒かれては大変だ。私は助手と顔を見合わせ、二人して静かに頷きあった。
「どうぞどうぞ」
「何回でも座って下さい」
私たちの態度の急変に何か思う所でもあったのか、伊見は小首を傾げている。
「そう? 別にそんな何回もは要らないわ」
「手鏡が必要ですか?」
助手の善意は「わたくし所持して持ってますわ」とすげなく断られていた。
一方、露骨な手櫛や鼻歌を始めたギャル風女性。
またもや金髪。内心で金色三連星と名付け、その髪を見やるがこれまた派手だ。
ラメスプレーをふんだんに使い、キラキラを通り越してギラギラの域に達している。髪型も昇天ペガサスMIX盛りだし、インパクトは天空を突き抜け、羞恥心は宇宙に放り出したに違いないと思える風貌である。
ガイドさんが彼女と目を合わせるのを避けながら紹介をしてくれた。
「続いてはマシンガントークが特徴的なクトー・テン・梨美さんです。一体いつ息継ぎをしているのか分からない人ですよ」
梨美と目が合ってしまった。彼女は獲物を見つけたという感じで口角がつり上がっていく。
「やっほーはじめましてあーしはクトー・テン・梨美って言うんだけどクーちゃんと呼んでくれると嬉しくて貴方のこともあーし知りたいし良かったらLINE交換したいと思ってて隣の人も何だったら三人でもあーしは全然イケちゃう感じでどっちかっていうと両方お持ち帰りしたいなと思ってるけど今夜どうかな?」
「うわー……」
確実に目が滑るであろう彼女の発言に、声を返してしまった助手。
でも反応してくれたおかげで、彼女のターゲットは助手にロックオンされたようだ。
こういう相手には相槌すら打ってはならない。経験談だ。浮気調査の依頼ケースでも、数時間愚痴に付き合わされる羽目になるから要注意。
私は助手を生贄にし、その場を無言で立ち去った。
「どこに行くんです? 先生?」
ガイドさんに肩を掴まれ、ダイニングコーナーへとドナドナされてしまう。
大正か昭和初期のような出で立ちの中肉中背、黒髪七三で眼鏡をかけた男が大口を開け、伊勢海老を食っている。
ガイドさんが声をかけたら男はこちらへ振り返った。
「ご紹介します。こちらは完結 梅太郎さんです。ルンルンさんと違って、小さな仕事を大量に終わらせてトップページを埋めてしまうんですよ」
暫く租借を続けていた梅太郎が、飲み込み終わったようで口を開く。
「拙者、梅太郎と申す。このような拘束は早く終わらせたし。そう切に望まん」
聞けばこの似非古風な男は、2~3エピソードでも簡単に終わらせてしまうそうで、連載なのに600文字で完結させるスピード感とのこと。
私も伊勢海老を頬張りながら梅太郎へ問う。
「そんなことをしたら長年かけて数百エピソード書き上げて、ブーストへ一縷の希望を託した作者さんが可哀想では?」
「ふむ。寧ろそのような輩を積極的に狙って退場させるべく十数作品纏めて完結させることもあろうぞ」
「うわー……」
数年かけて完結させトップに載るも、秒で流される作者のことを思うと涙が出る。
そこにガイドさんが新たな容疑者を連れてきた。
西部劇を勘違いした露出の高いウエスタンルック。
へそ出しに留まらず、ホットパンツも際どいところを攻めていて、脇からは横乳が零れんばかり。見惚れて伊勢海老を飲み込んでしまい、むせた。
「先生、大丈夫ですか? 大丈夫ですね? そういうことにして下さい。という訳でこちらはエラ・ジャンルさんです」
「ハーイ! ミーがエラだよ。ヨロシクネ!」
亜麻色のショートボブで、何故か船内なのにカウボーイハットを被っているどこか胡散臭い女の子。
「あんた絶対日本人だよな? なんで身元を偽っているんだ?」
「ミーだけが悪いように言うケレド、ユーたちも同類でショ? ミステリー探偵じゃ無いヨ? マイナージャンル狙いネ!」
ミステリーでは無いと言われると何も言い返せず、肩を落とし、自然と眉尻も下がっていく。
だが、梨美の猛追を振り切った助手が、応援に駆けつけてくれた。
「先生! 自信持ってくださいよ! 浮気や不倫だって立派なミステリーです!」
励ましの言葉に、少し凛々しい表情を作る。
僅かに笑みを浮かべ、優しく助手に返す。
「まことか?」
「うっわ! 先生あさはか! 言葉遣いだけの付け焼き刃でミステリー感は出せませんよ!」
即座に切り返しが飛んできて、私の心はズタズタに切り裂かれてしまった。
空気を読まないガイドさんが更に追加の容疑者を連れて来て、ニコニコしている。
「ハイハイ、そういうのいいですから。時間が押しているのでさっさと紹介させて下さい」
何を気にしているのか分からないが、ガイドさんの口は「も」「じ」「す」「う」と、何度も繰り返している。
視線や声の圧が強い。早く推理に入らないと次の被害者が私に成りそうな恐怖を感じる。
そうして怒濤の勢いで紹介された追加三人。
やたらくどい喋り方が気になる、ニニニ・ガガガ・ヲヲヲ・デデデ。名前も喋りも妙に長い。
言うことがコロコロと変わる、表記 湯怜王。同じ事を指すのか常に神経を払わなければならず、相手をするのも疲れた。
最後に字組 須真歩という女性も変わった喋り方で、話の途中で都度都度リズムが断ち切られる。彼女なりの美学があるようだが、正直伝わりづらい。
一通り紹介が終わったかと思ったら、ガイドさんが顔を至近距離に近づけ回答を迫ってくる。
「さぁ、先生。容疑者は揃いましたよ。謎は解けましたよね?」
「む、無理ですよ。何も分かりません。警察の調査を待ちましょう」
ガイドさんの肩に手をかけて諭そうとしたら、逆に腕を掴まれてしまう。
尋常ではない握力で腕が潰されそうだ。
「痛いですガイドさん! もっと優しく握ってください!」
「あら? 先生のは細すぎて気付きませんでした」
短くて小さいだなんて酷い。そんなことを言われたら大抵の男性は萎縮してしまう。
「いいえ、先生。私はそんなこと口にしてませんけど?」
「口のときはもっと優しく」
ガイドさんの瞳は深淵を覗くかのように暗く沈み、表情も消えていた。
「すぐに言い当てますから!」
咄嗟に出まかせを言ってしまったが、ガイドさんの瞳に光が戻り、ようやく腕も解放される。
その後、全員から事件当時の動向を伺うも、誰も犯行時刻のアリバイが無い。正直お手上げだ。
途方に暮れる私の顔を覗き込んでくる助手。
「先生、分からないんですか?」
「うるさいな、いつもの浮気調査とは違うのだよ」
助手は不思議そうに眉を寄せた。
「え? この中で不倫している人を先生が予想できないんですか?」
「馬鹿を言うな助手。不倫している人ならば分かるぞ。梅太郎さん以外は全員だ」
そもそもこんなラグジュアリーな旅に来ている連中だ。ブラック寄りのグレーしかいない。数度話を交わせば大体クロと分かる。
だが、梅太郎はダメだ。自分のことを拙者なんて呼ぶ奴は絶対に童貞だと思う。
「先生、それって偏見じゃないですか?」
「私の心の中を読むな! それに私はこれで20年も飯を食っている。自信はあるぞ」
「へー、そういや被害者の垢雲斗さんは、他の全員にしつこく不倫ネタで絡んでたらしいですね。嘘八百だったのを信じていた人も一人だけいたそうな」
助手の発言により、独身且つ不倫はシロと思われる人へ全員の視線が集中したのだった。
あくまで、あるあるネタとして取り上げたので、笑えなかったらスルーして下さいませ。
※梅太郎の古風喋りが微妙に正しくないのは意図的です。