29.勝負服
「あ! おーい! ゆっきー、コッチコッチ!!」
改札を出ると聞き慣れた声がして、そこには小夏ちゃんが大きく手を振る姿があった。
駆け寄ると両手を上げて待ち構えていた小夏ちゃんとハイタッチを交わした。
「いえーい!」
「お待たせー! あれ? 菜摘ちゃんは?」
「多分次の電車だから……あ! 来た来た! なっちゃーん!」
菜摘ちゃんの姿が改札の奥に見えて、小夏ちゃんはさっきと同じように大きく手を振った。
小夏ちゃんはあの電話の翌日から、俺たちの呼び方の距離感がより近くなった。俺と菜摘ちゃんがあだ名になり、トラたち男子たちも名前呼びに変わっていた。
「んじゃ、3人揃ったことだし、行こっか」
恥ずかしそうに応える菜摘ちゃんともハイタッチを交わした後、小夏ちゃんはバッグを肩に掛けながら前を歩き始めた。
後ろを付いていくと、2人の服装が目に入った。
小夏ちゃんは薄水色のスニーカーにショートデニム、白いレースのトップス。いかにも小夏ちゃんらしくて、よく似合っていた。菜摘ちゃんはベージュのパンプスに、アイボリーのオフショルダーワンピース。大人しくて上品な雰囲気にぴったりだ。
それに対して俺の格好はというと、白地に柄に入った半袖Tシャツに紺のショートパンツにスニーカーを履き、髪も首の後ろで束ねるだけ。色気も可愛さの欠片もない格好で、少し恥ずかしい気持ちになった。
だけどそれも仕方のないことだろう、可愛い格好や色気のある格好なんて、したいと思った事もなかったのだから。
◇◆◇
「さてさて、今日は何を買おっかな~」
考え事をしているうちに目的のお店に着いたようだ。
お店に入ると、2人はそれぞれお目当ての服があるのか早々に店の奥へと消えていった。……さて、俺はどうしたものか。特にこれといって欲しい服があるわけでもないしなあ……。
そんなことを思いながら暫く店内をぶらつき、時折2人の服選びに混ざったりしながら時間を潰していた。そんな時にふと目に入った服があって、手に取って眺めていた。
「なっちゃんはそういうの好きなんだ?」
声に振り返ると、売り場から戻ってきた小夏ちゃんは、紙袋を揺らして言った。
なんとなく見て回っていただけだと返すと、小夏ちゃんは俺の格好を上から下まで見定めて言った。
「ねえ。虎之介くんとのデートの時、どんな服着てる?」
デート、……デート!? ……そういえば、トラとデートとかしたことない。というか、毎日一緒だからデートが必要だと思ったことがないし、そもそもトラを意識しだしたのだって結構最近の話だから考えたこともなかった。
「あー、そういえばデートとかしてないかも」
「えー、ダメだよー。毎日一緒だからってー。たまにはデートに出かけないと」
しかしデートか……トラとデート、2人きりで、どこかへ遊びに行く……か。
……あれ? ちょっとうずうずしてきてる自分がいる。もしかして、トラとデートしたい気分が高まってきてる?
そんなことを意識しだすと、余計にトラとどこかに出かけたくなる。そうだ、トラをデートに誘ってみよう。トラをデートに誘うなんて簡単だ、いつものような調子でどこか遊びにいこうぜ、というだけでいいんだから。
「デートか……」
「ところで……その”デート”に着ていく服はある?」
「え、この格好じゃダメ?」
「ダーメ! せっかくのデートなんだから、ちゃんとおめかししないと!!」
「デートですか?」
今度は後ろから菜摘ちゃんの声がした。小夏ちゃんと同じように買い物を終えているようだ。
「なっちゃん。今からゆっきーの服をコーディネートします! 一発で虎之介くんをメロメロにするような格好にね!」
「そういうことなら是非協力させてください! 悠木ちゃんは素材が良いからどんな服でも似合いそうで、楽しめそうです」
「ふっふっふ。 というわけで覚悟しろゆっきー! 大丈夫大丈夫! きっと虎之介くんも惚れ直すから!」
小夏ちゃんの一言で、どきっとした。
そ、そうか、もっと可愛い格好をしていれば、トラももっと好きになってくれるかもしれないし、俺だってそのほうが嬉しいに決まってる。
落ち着いて考えてみれば当たり前のことだ。男は好きな女の子が可愛い格好をしてればそれだけで嬉しいし、想いにだって影響する。女としても、好きな人に喜んで見てもらえれば、それが嬉しい。
だから女の子は彼氏ができたら変わるのだろう。もっと好きになってもらうために、もっと自分を見てもらうために。
「わ、分かった。小夏ちゃん、菜摘ちゃん、可愛くなれるようにお願い!」
少し大げさに、2人に両手を合わせて拝むようにお願いした。
「任せてください。悠木さんによく似合う服を見つけますから」
「虎之介くんが喜びそうなの探すから、どーんと任せて!」
こうして暫くの間、2人に着せ替え人形のように扱われるのだった。
◇◆◇
「う~ん。なっちゃん、確かにゆっきーの黒髪には清楚な服装が似合うと思うけど、それだけだと虎之介くんには物足りないと思うんだよねぇ……」
「そうですか? 白のギャザースカートがとっても似合ってると思うんですけど」
「そこはすごく良いと私も思う。でも何か……そうだ!! ゆっきー! どうせなら肩も出しちゃおうよ! これ着てみて!!」
差し出された服を更衣室で着るだけの俺。
初めのころは色々と反論もしていたけど、2人の勢いに呑まれてしまって口出しできなくなってしまっていた。
着替え終わってカーテンを開け、言われるがままにポーズを取る。
「あ! 良いよ! ゆっきーすごく良い!! 黒髪がすごく映えてる!」
「涼しげで少し大人っぽい、それにすごく似合ってます! 素敵です!」
「そ、そう?」
オフショルダーの白地に黒ボーダーニットに白のギャザースカートという組み合わせ。正直自分では良くわからないが、ここまで褒められると可愛く思えてきた。
あらためて更衣室内の鏡で自分の姿を見直すと、そこに映った自分の姿が、とても可愛く見えた。
肩を出す服というのは初めてで、自分が着てるというのに思ったよりちょっとえっちで、恥ずかしい気がする。
「これ、本当に可愛い? 似合ってる?」
”似合ってる”という言葉が欲しくて聞いてみた。2人にその言葉が貰えたら、トラに見せても恥ずかしくないと思えたから。
「素敵ですから、自信持ってください!」
「似合ってるってば、なんなら、虎之介くんの代わりにデートしてあげようか?」
2人に自信をもらった。
「ありがとう2人とも、自信ついた。でもデートはトラとしたいから、ごめんね小夏ちゃん」
「ありゃ~、フラれちゃったか~、残念~」
「ふふっ」
「じゃあこれ買ってくるから待ってて」
そう言って更衣室のカーテンを閉めようとすると、小夏ちゃんの手によって止められた。
「ゆっきー。まだ1着決めただけで終わりじゃないよ?」
「……え?」
「ほら、まだこんなに着てもらいたい服がありますよ」
「……まじで?」
「マジも本気。せっかくの夏休みなんだし、5着くらい欲しいよね~」
「そうですね、それくらいあれば着回しできそうですし」
というわけで、ここからまた暫くの間、着せ替え人形となる俺だった。
◇◆◇
「ただいま~」
本当に5着分の服を買って、遅い食事を3人で楽しんでから駅で解散した。くたくたになった俺は、夕方ごろになってやっと帰ってきた。
「おかえり、随分遅かったね。楽しかった?」
トラがリビングから顔を出した。
「ああ、楽しかった。……ちょっと疲れたけどな」
若い女の子の勢いに呑まれた、とは言いにくい。今の自分はその若い女の子なのだから。
「ちょっと待ってろ、飯の準備してやるから」
「あ、米は炊いといたよ」
「さんきゅー」
トラにそれだけ言って、自分の部屋で紙袋を下ろして食事の準備に取り掛かる。
「何か手伝うよ」
エプロンを着けて調理器具を準備しているとトラがキッチンにやってきた。
「んじゃ、玉ねぎとニンジンの皮むきでもやってもらおうかな」
今日の晩ご飯は野菜炒め。野菜と肉を切ってフライパンで炒めるだけの簡単料理だ。
包丁は自分で使うから手かピーラーを使う野菜をお願いした。
晩ご飯を一緒に食べた後、いつものようにソファーに並んで座る。肩が触れ合い、なんとなしに体重を預け合う姿勢。俺はこの、お互いの体温を感じられる距離が一番落ち着く時間となっていた。
……さて。
今日の買い物で決めたことがある。それはトラをデートに誘うことだ。
最初は小夏ちゃんに乗せられた形だけど、今では本心からトラとデートをしたいと思う。それに折角2人にデート用の服も決めてもらったんだ。これでデートに行かなきゃ勿体ない。
覚悟を決めなくては――。
「な、なあトラ」
「なに? 膝枕?」
「い、いや、そーじゃなくて! なんというか……ほら、もうすぐ夏休みだろ?」
「うん、そうだね」
「だからさ、夏休みになったら……さ……。 ……その……どこかあ、あそ……遊びに……行かない、か?」
言い切った! 言い切ったぞコノヤロー!
……まあ、こんなにゆっくりでも、最後までちゃんと聞いててくれたトラのおかげなんだけど。
「それって……もしかしてデ――」
「ああそうだデートだよデートッ!! まだ1回もしたことないだろ!? だから!!」
恥ずかしさで、食い気味に捲し立てる。当然トラの顔なんて見れないから背けたまま。
「……」
恥ずかしさでトラの顔を窺うことが出来ずに、ただ返事を待っていた。だけど、いつものトラならすぐに返事をくれそうなものなのに、やけに無言の時間が長く感じた。
だけど、あまりの時間の長さに、急激に不安になっていく。
――まさか、そんなはずは。でも――
そんな不安な胸中を知ってか知らずか、トラは呟いた。
「……嘘みたいだ」
一言、ぽつりと。
そんな、返事でもないたった一言でも、今の俺には嬉しかった。そして、思わずトラの顔を見てしまった。
そのトラの表情は、すごく、すごく嬉しそうだった。
「悠木からデートに誘ってくれるなんて、嘘みたいだ。もちろん、一緒に遊び……デートに行こう!」
そういうと、トラは大きく両手を広げて、俺に抱きついてきたかと思うと、すぐに体を離して、両肩を掴んだ。
「それで! いつ?」
「まだそこまでは……決めてない」
「じゃあ今から決めよう!」
ハイテンションなトラと、それを見て少し冷静になれた俺は、2人で話し合って、デートの日程と行き先を決めたのだった。
それともう一つ決めたことがある。初デートだからということで、デートらしく外で待ち合わせをして会おうということになった。家から一緒に出かけたのではデート感が薄くなるということで、俺が提案した。最初は抵抗していたトラだったけど、なんとか押し切って決めたのだ。
ふふ、早く夏休みにならないかな。――あの服を着て、トラの前に立つのが楽しみだ。




