27.南川虎之介 5
「――はぁ」
ベッドに横になると、大きなため息が漏れた。
目を瞑ればまぶたに浮かぶのは恐怖で引きつった悠木の顔。悠木が腕を怪我したのは僕のせいだ。僕がシュウやウッシーとふざけ合わずに、急いで戻ってきていればあんな事なんかさせなかったのに――。
水着姿の悠木は余りにも魅力的に映って、それは僕だけじゃなく、周りの全ての男にもそう見えて当然だった。それなのに僕たちは浮かれてしまって、そんな悠木を、女子だけにして着替えに行ってしまった。まるで「大丈夫だろ」と思い込んで、危ない場所に一人で立たせたみたいに。
後悔の念で顔を手で覆って、また1つため息を吐く。
助けた時の悠木の笑顔が忘れられない。
だけどそれは、本当なら悠木を守れなかった僕に対し、文句のひとつがあっても不思議じゃない。そうでなくても、悠木の心も傷ついていたはずなのに、僕に見せてくれたものだ。
その笑顔に、僕は胸を締め付けられる。不甲斐ない自分には、その笑顔を受け取る資格がないと思えて仕方がなかった。
帰りに手を繋いでくれなかったことも、玄関内でハグさせてくれなかったことも、悠木の心が傷ついていたことの証だと思う。――ただ、悠木のことだ、拒絶されて落ち込んだ僕を見て、僕の膝枕や、風呂上がりにあらためて感謝してハグをしてくれたことも、そんな僕を見て気をつかってくれたんだろう。
僕はもっと成長しなくちゃいけない。悠木が安心して背中を預けられるように、もっと大人にならなければならない。
そしてもう二度と、悠木を悲しませないと心に誓った。
ベッドに横になったまま、握った拳を高く突き上げた。
◇◆◇
翌朝、いつもの時間に目が覚め、身支度してからキッチンを覗くと、2つの弁当を目の前に、顎に手をやって悩む悠木の姿があった。
「おはよう悠木。何を悩んでるの?」
何気ないいつもの挨拶のつもりで声をかけると、悠木は弾かれたように弁当箱の蓋をし、包み始めた。
「――お、おはようトラ! 悩んでたんじゃなくて……ほら、今日の弁当の出来栄えに感動してただけだ」
そんな風には見えなかった、多分別のことを考えていたんだろう。だとしても――
「悠木の作る弁当はいつも一番おいしいよ。クラスのみんなに自慢したいくらいにはね」
「ば、ばっか! トラお前、そりゃ褒めすぎだ!」
悠木は顔を真っ赤にして言った。
別に、あながち嘘や大げさってわけでもないんだけどね。悠木が作るご飯や弁当を食べられる僕は幸せ者だと思う。
「そ、そんなことより、朝ごはんできてるから並べてくれ」
「わかった」
応えて炊飯器を開けてご飯を茶碗によそい、朝ごはんの準備を進めた。
◇◆◇
家を出る時、いつものように手を差し出した。
僕にとって、手が置かれるまでの時間がとてつもなく長い時間と感じた。さらに、昨日拒絶されたのになぜ手を出したんだ、と後悔していた。
だけど結果的に、いつもより時間が空いたのちに、悠木の手のひらが置かれた。
時間にしてみれば一瞬かもしくは数秒か。判断ができなかったけど、とにかく悠木と手を繋げたことが素直に嬉しかった。仮に悠木が気をつかってくれたのだとしても、拒絶されるよりは全然良いと思えた。
ただ、手を繋ごうと思った時、脳裏に昨日拒絶されたことを思い出して、恋人繋ぎではなく普通に手を繋ぐに留めた。
悠木の方を見てみると、頬をわずかに赤らめて俯いていた。
それは恥じらいか緊張か、僕と同じように高揚感からくるものであれば嬉しいんだけど、流石にそれは高望みしすぎだと思った。
「な、……なあ」
通学途中に、振り絞るように悠木が声をあげた。
なんだろうかと悠木を見るとこちらに向けていた顔をそっぽ向いた。
「な、なんでもない」
言うと同時に繋いだ手に力が籠もったのを感じた。
もしかしてトイレかと思ったけど、それなら今まではちゃんと伝えてくれていたし、多分違うだろう。となると……う~ん、分からない。
……ただ、今の行動も含めて、今日の悠木はとても可愛く思えて――もっと強く手を繋ぎたいと思った。
繋いだ手を離すと、悠木は驚いたように僕を見た。
「悠木……手、繋ぎ直してもいい?」
悠木は僕が何を言っているのか理解できずに、きょとんとして、ただ頷いた。
もう一度手のひらを差し出し、悠木が手を重ねると、今度こそ僕は指の間に指を絡ませ、恋人繋ぎをした。
「!?」
悠木が言葉にならない声をあげ、直後、悠木からも指を絡ませてきた。
もしかしたら拒絶されるかもしれないと思っていた僕は、その反応が嬉しかった。
「悠木、ありがとう」
それだけ伝えると、悠木は顔がそっぽ向いた。
◇◆◇
昼の休憩時間、海に行ったメンバー6人でおしゃべりをしていた。
昨日の事件には誰も触れず、それ以外の海での話題で盛り上がっていた。
おしゃべりしている最中、悠木はずっと僕のすぐそばで、肩と肩が触れ合う位置というより、さらにその内側、肩が重なり合うような位置に立っていた。これではまるで、僕たちは恋人同士ですよ、と内外にアピールしているようだ。
すでにクラス公認で恋人同士ではあったのだけど、ここまで露骨じゃなかった。
悠木の肩に手を回そうかと考えたりもしたけれど、シュウたちの面前でそこまでする勇気が出なかった。
今度は夏休みにでも、このメンバーで遊びに行こうという流れになって休憩時間は終わりを告げた。
その後の休憩時間に声をかけようと思ったけど、悠木は猪原さんに連れられて席を外してしまっていた。
◇◆◇
僕は食器を洗い終えて、皿を拭こうと手を伸ばし、指が止まった。
視線の先の悠木はソファーに座り、テレビも付けず、ぼんやりしていた。
僕の中に、悠木と次のステップへと進みたい欲求が生まれていた。でも、ここから先は僕の気持ちじゃない。悠木の心に大きな段差がある。
手を繋ぐとか、抱き締めるとか、そういうのとは全然違う。キスやそこから先にある行為は、赤ん坊を相手にするのとは違い“保護者の延長”じゃ済まない。
僕は気にしない――というか、今となっては気にならない。悠木のことを考えるだけで胸が熱くなって、もどかしさでのたうち回りたくなる。
おじさんだった悠木も、今の悠木も、関係性を引っくるめて、全部まとめて大切なんだ。
心から好きだ。だから簡単に諦めるつもりはない。
問題は悠木だ。悠木が僕を、どこまで“恋愛”として見られるのか。自分を男だと思っている間は、恋愛対象として男を選ぶことはないだろう。
あの日の言葉が、頭の中で何度も繰り返される。
「……他に好きな子ができるまで、だ」
つまり、あの時の僕は恋愛対象として見られなくて――それでも悠木の優しさで、付き合うことができた。
だけどもし、もしもだけど、悠木が女の子になって時間が経ったことで、恋愛対象も男に変わっていったのだとしたら……。
あやふやなままで気持ちを勢いに任せてしまいたいけど、悠木の気持ちも大事にしたい。だからなによりまずは、悠木の心がどうなっているのか確かめたいと思った。完全に男のままなのか、それとも少しは――。
皿を拭き終えた僕は、息を整えてソファーに近づいた。
悠木の隣に座る。まるで告白でもするかのような緊張感が襲い、僕は唾を飲み込んで、やっと名前を呼んだ。
「……悠木」




