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2.南川虎之介 1


「実は俺な、身体は女の子だけど、中身は北条おじさんなんだ」


 ――突然現れた黒髪の美少女は、やっぱり突然にそんな事を言い放った。


 僕には彼女が言ってる意味が理解出来なかった。

 おじさん? この女の子が? どういう意味?


 何も理解出来ず頭の中でワードだけがグルグルと回っていると、目の前の美少女”北条悠木”が困ったような顔をして続けた。


「こんな事いきなり言われても分からないよな。順番に話すから、――そうだな、ソファーにでも掛けて聞いてくれ。ほら、行こう」


 困惑しっぱなしの僕は、リビングのソファーまで悠木さんに腕を引いてもらい腰掛けた。

 そして、更に困惑した。

 今、僕の腕を掴んだ悠木さんの手は、間違いなくおじさんの手じゃなかった、僕よりも細い少女の手と指だ。明らかにおじさんの女装……じゃない。いや、そもそも身長が縮んでいるからそれもありえない。つまり、悠木さんとおじさんは別人だ。

 ――え、じゃあどういう事!?


「えーっとな、実は10日前の朝に――」


 悠木さんは僕に優しく、分かりやすいように10日前からの出来事を順を追って説明してくれた。

 要するに、10日前の朝起きたら女の子になっていて、そのまま病院へ行き、色々あってTS症だと判断された。そして今日まで15歳の女の子として社会復帰するための準備をしてきて、やっと帰ってこれた……らしい。


「にわかには信じられないかも知れないけど本当の事だ。証明書もある。だけどこれは2人だけの秘密だぞ、本当は家族か子供くらいにしか教えちゃいけない事なんだからな」


 悠木さんはそう言って、荷物から証明書を取り出し、僕に見せようとした。

 僕はそれを見たくなかった。この話も冗談であって欲しかった。

 その証明書を見てしまったら、おじさんと悠木さんが同一人物である事が確定してしまう。


「トラ、しっかり見てくれ。これで俺が北条おじさんだと分かってくれるだろ」


 悠木さんがおじさんのような口調で、それなのに綺麗な声で、僕を慈しむような目で見て言ってくる。


「……うん」


 僕にとっておじさんは、お父さんのような存在だ。それに悠木さんの声や姿で言われたら、抗う事なんて出来ない。

 諦めて、テーブルの上に置かれたTS証明書を視界に入れ、見てしまった。

 それを見た瞬間、僕の感情は大きく揺さぶられ、視界がぼやけた。なぜなら、そこにははっきりとおじさんと悠木さんが同一人物である事が証明されていたからだ。


 ――僕の初恋は10分程度で砕け散ってしまった。


◇◆◇


 僕がおじさんと初めて出会ったのは余りハッキリとは覚えてないけど、たしか幼稚園かそのくらいの時に家族でこっちに引っ越してきた時、隣に住む若いお兄さんだった。父や母と余り変わらない年で、特に父とは親しげに話していたのは覚えている。そのおかげで僕の遊び相手をしてくれる事も多かったらしい。


 小学校に上がった頃、父が事故に遭って亡くなった。

 正直、父の事はもう余り覚えていない。ただ、父を亡くして玄関先で泣いていた僕を、おじさんが困惑しながらもずっと泣き止むまで相手してくれたそうだ。

 その日を堺に、僕はおじさんの家に遊びに行く事が増えた。


 いつの頃からか、僕は母とおじさんが結婚するんだと思っていた。それが僕にとっては一番の幸せで、きっと母もおじさんもそれが一番のはずだと思い込んでいた。僕を迎えに来た母とおじさんが仲良さそうに喋っているのを見るのが楽しみだった。


 中学3年の冬、母から再婚の話を聞いた。おじさんではなく、全く知らない人だ。凄くショックを受けて、その場で母に「おじさんと結婚しないの!?」と言って困らせた。おじさんにも誰かと結婚しないのかと聞いてみたけど、結婚するつもりはないよ、と事も無げに言われただけだった。

 思い返せばなんの事はない、僕が勝手に2人のイメージを膨らませ、大人の社交辞令の会話を仲が良さそう、と勘違いしていただけだったのだ。


 そんな母が再婚相手に選んだ男性は、とても優しく、真面目そうに見えた。

 だけど僕は、やっぱり受け入れられなかった。

 本来であれば3月末にその男性の家に一緒に住む事となる予定だったけど、高校が近い、という理由でおじさんの家で住まわせてもらう。という普通に考えれば無理難題を母にお願いし、最初は反対した母も、最後には「北条さんが良いと言ったらね」と折れてくれた。……多分、断られると思っていたと思う。

 再婚相手の男性も、「竜子さんが言うなら」と許してくれた。”竜子”とは母の名前だ。

 翌日、決死の覚悟でおじさんにお願いした。母や再婚相手には言えないような事も言って、なんとか許可を貰おうとした。

 ――おじさんは悩んだ挙げ句、”3年間”という期限を付けて許可してくれたのだ。


 そして1週間前、我が家族は母は再婚相手の家へ、僕は隣のおじさんの家へと別れた。


◇◆◇


 おじさんの家に合鍵で入ったはいいが、荷物を勝手に解いて置くわけにもいかず、ソファーに寝転んでおじさんの帰りを待った。

 結局おじさんは帰ってこず、風呂に入り、コンビニで小遣いから食事を買って済ませた。

 そんな事が1週間も続けば、不安になるのが普通だ。というか3日目あたりから不安でしょうがなかった。もしかしておじさんは僕を受け入れるのが嫌でひっそりと引っ越したんじゃ?などと悪い事ばかり想像した。


 そんな不安だけの日々で1週間経つ頃に、玄関のドアノブを開ける音がした。

 TVを付ける事もせず、うずくまって唯時が過ぎるのを待っていた僕の耳は、その音を聞き逃さなかった。


 おじさんが帰ってきた!!とまるで主人の帰りを待っていた犬ののように飛び起き、玄関の扉を開け、おかえりと言うと、そこには想像もしていない光景があった。

 おじさんはそこにおらず、目の前には黒髪の美少女がいて、なんと僕はその美少女に一目惚れをした。心を鷲掴みされ、人生15年目にして初めての恋をした。


 胸の高鳴りを抑えられず、彼女の顔を見ると顔が紅潮した。

 これほどの美少女は見た事が無いと言い切れるほどに美しく、儚く、魅力的だった。


 その美少女は美しい仕草で、丁寧に自己紹介をした。名前は”北条 悠木”、おじさんの遠い親戚という事らしい。

 どうやら海外へ出張したおじさんの代わりにこの家に住む事になったそうだ。って、本当に良いのだろうか。若い男と女が一緒に住むなんて、親は不安になると思うけど。それに僕だっていつまで理性が持つか分からない。他の女の人ならともかく、悠木さんとなれば話は別だ。


 彼女と話をしていると、時々言葉遣いが変わっていた。もしかして、無理して丁寧な言葉遣いをしているのだろうか、だとしたら、僕は気にしないからいつもどおりの話し方で良いんだけど。普段通りの彼女の姿が見たい。


 年も同じくらいだし、高校も同じだったら嬉しいんだけど。

 よし! 悠木さんに好きになって貰えるように頑張るぞ!


◇◆◇


「トラ? おーい? 聞こえないのか? んー、完全に固まってるなこりゃ」


 ――ハッ!?

 声を掛けられ、僕は意識を取り戻した。

 なんだ今のは……おじさんに会ってから今までの事が思い出された。まるで走馬灯みたいに。

 でもなんだろ、とても良い夢を見ていたよう気がする、ねえ、悠木さん。


「なんでしたっけ、悠木さん」


「――まだちょっと様子が変か? いいかよく聞けトラ、俺の名前は北条悠木、身体が女の子になった元おじさん、だ。そしてこれがTS証明書、分かったか?」


 ――ああ、そうだった……。今目の前にいる、この世界で一番に綺麗な美少女の中身がおじさんなんだ……。

 信じたくないけど、このTS証明書が全てを物語っている。僕はこれを受け止めなければいけない。初恋は終わった、前に進もう。


「うん、やっと理解出来たよ。おじさんなんだね。……おかえり、おじさん」


 僕はこれから、初恋の姿をしたおじさんと3年間一緒に過ごさなければならないなんて。

 地獄か。


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