第6話『戦と武、どちらを選ぶ?』
「隣の村が……山賊に襲われたって?」
報せを聞いた村人たちは青ざめた顔で集会所に集まり、声を潜めた。そんな中で、春日唯だけは立ち上がったまま、真っ直ぐに前を向いていた。
「大丈夫。いま必要なのは、“恐れること”じゃなくて、“備えること”だよ」
その言葉は、彼女の中に残されたファンの記憶の積み重ねから出たものだった。握手会のとき、格闘技オタのファンに教わった話。「格闘技は自分を守る術。軍事は、他人と連携して守る術。混同しちゃダメだよ」──それを唯は、忘れていなかった。
「“武”ってのは、力を見せつけることじゃない。“戦わないで済ませる知恵”のことだよ」
その日の午後、村の広場には簡易的な道場ができあがった。唯が教えるのは素手の構え方、棒の持ち方、間合いの取り方、そして「声を出して気持ちをひとつにする」基本姿勢だ。
「ひとりじゃなくて、みんなで守る。それが“軍”の基本」
唯は手近な木の板を加工し、盾もどきの道具をつくった。そして丸く集まった村人たちに、ファンとの思い出を語る。
「ローマ軍って知ってる? 昔の国の兵隊さんたちが、盾を前と頭に構えて“カメ”みたいに動いたんだって。“亀甲陣”っていうの。ひとりじゃ弱くても、並べば強くなれるの」
最初は笑っていた村人たちも、実際に“盾もどき”を並べて歩いてみると、その堅さに驚く。「これ、強いかも……?」と目を見張った。
翌日から、唯のもとで“守りの練習”が本格化した。棒を使った連携動作。声を揃えての掛け声。地面に引いた線での陣形確認。どれも彼女がステージでリハーサルを重ねてきた経験と、格闘技ファンとの記憶がベースだった。
「動きは小さくてもいい。“心をひとつにする”のがいちばん大事」
まるでライブのフォーメーション練習のように、唯は村人たちに繰り返し教える。
そして数日後、ついにその“備え”が試される日が来た。
夜明け前、偵察に出ていた若者が叫ぶ。「怪しい奴らが、森の外れに……!」
村の男たちは盾と棒を手に、広場に集まった。唯の指示で「前列、構えて! 後列、突き動作!」。練習通りの陣形ができあがり、静かに“備える”構えを取る。
だが、山賊と思しき数人は、そんな“異様に整った防御隊形”を見て足を止めた。そして……無言で引き返していった。
戦闘は起きなかった。だが、その日の朝、村には“勝った”空気が流れていた。
「ね? “備え”があれば、“恐れ”なくてすむ」
唯のその一言に、村人たちは深く頷いた。
あくる日、広場には子どもたちが木の棒で“ミニ陣形ごっこ”をして遊ぶ姿があった。老人たちは防具らしきものを編み出そうと藁を編み、女たちは「応急手当」の勉強を始めた。村全体が、“戦わない強さ”を学び始めていた。
「次は、もう少し軽い盾を作ろうかな……」
唯は空を見上げながら、そっとつぶやいた。
忘れない記憶。ファンとの一言が、今も彼女の手を動かし続けている。