第4話『魔除けのライブ』
夜の森は、静かすぎた。
遠くでフクロウが鳴く。狼の遠吠えのようにも聞こえた。村人たちは焚き火のそばで身を寄せ合い、言葉少なに肩を震わせていた。
「このところ、魔物が近づいてきてる……」
「また誰か、襲われるんじゃないか……」
不安が村を包む。そんな空気を、唯は黙って見つめていた。だが、やがてぽつりと口を開く。
「……ライブ、やります」
「ライブ? って、何だ?」
村長が不思議そうに眉をひそめる。唯は力強く頷いた。
「“みんなの心をひとつにする祭り”です。怖いなら、声を出せばいい。震えるなら、踊ればいい。私が歌うから、一緒に叫んでください!」
◇
ライブの準備は、村全体を巻き込んで始まった。
火を使った演出のため、夜の広場には松明がぐるりと立てられた。衣装は村の織物をアレンジし、手作りのリボンや羽根飾りを散りばめる。
「この祭り、火の精霊に捧げる儀式に見えるように演出してほしいの」
唯は演出家のように、舞台を構成していく。
火の粉が舞い、太鼓が鳴り響き、彼女が舞い降りると、そこはまるで異界と繋がる神域のようだった。
「皆さん! 声をください! 不安を追い払う“声援”を!」
唯が叫ぶと、村人たちが見様見真似で叫び返す。
「ゆいーーーっ!!」「やれーっ!」
それはまるで、“コール&レスポンス”そのものだった。
「これが……“信仰”になっていくんだね……」
遠くの山に雷光が走る。だが誰も逃げない。
唯の歌が、太鼓と重なって夜空に響く。村人たちは歌に手拍子を合わせ、恐れを忘れて跳ねる。
焚き火が、まるで結界のように光を放っていた。
◇
翌朝。祭りの余韻が残る村で、唯は小さな袋を子どもたちに渡していた。
「これ、“お守り”。中には、火打ち石と干し肉、簡単な包帯と、畳んだ麻布が入ってるの」
「これだけで、ひと晩くらいならしのげるから」
彼女はそれを“遠征キット”と呼んだ。ミリタリーヲタの物販で何度も語られた、“サバイバル装備”の記憶を辿って作った。
「唯ちゃん、兵士が生き残るのって、武器よりも準備だよ。携帯食、水、簡易テント。これだけあれば、生きられるんだ」
(あのとき話してくれたこと、忘れてないから)
簡易テントは、ロープと、獣脂を塗った布を工夫して、簡易の“油布テント”を作った。ベタつくけれど、雨をしのぐには十分だった。
干し肉は、火と煙で処理する方法を村に伝えたばかりだった。
それらは“兵装”ではない。だけど、村人たちを“生かす力”だった。
◇
「魔物は……また来るかもしれません。でも、私たちには、歌がある」
唯はライブ後、広場に集まった村人たちの前で、静かに言った。
「声を合わせて。不安なときは、誰かの名前を呼んで。歌ってください。……それが、この村の“魔除け”になります」
そして彼女は、軽やかに笑った。
「次のライブ、もう準備してますからっ♪」
その笑顔は、夜を照らす灯火よりも明るく、
魔物よりも強く、
何より、村人たちに“生きたい”と願わせる光だった。