第3話『トロッコは村を繋ぐ』
「……重い。……腰、砕けそう……」
麦束を背負った初老の男が、うめくように道を歩いていた。
土でぬかるんだ山道は、人も馬も滑って苦しむ。唯が村に来てからいくつかの改革は進んだものの、「物流」は依然として深刻な問題だった。
「こんなに運搬がキツいなんて……あ、そうだ……!」
唯の脳裏に、あるヲタクの顔がよぎる。物販で汗だくになりながら語っていた、鉄道ユニフォームを着た男。
「唯ちゃん、トロッコはいいぞ。小さい車輪が、世界を回すんだ」
「俺、トロッコ博物館に就職したよ。今は子ども向けに“簡易軌道”の模型も作ってる!」
(あの人の話……今こそ、使える!)
◇
それからの唯は早かった。木を切り出し、村の職人たちに“軌道”の仕組みを説明する。
「ただの道じゃないの。“車輪”って、摩擦を下げて、重たいものを軽く運ぶの!」
竹や木を組んで、まずは一本のレールを作成。それを並べ、まっすぐな道を造る。
「でも、これだけだと“ただの板”なんだよね……」
唯は考えた。地面との摩擦を最小限にし、車輪がスムーズに転がる構造――
「滑車! そうだ、滑車を応用しよう!」
記憶にある物理の知識。てこの原理。斜面の角度。動滑車。高校時代のプリントが、頭の中で繋がっていく。
そしてついに、小さな台車がレールの上を“コロコロ”と走った。
「動いたああああ!」
村人たちは目を丸くする。
「これ……牛で引っ張ったら、麦が一気に運べるのでは?」
「人力でも、坂を下るときなら速そうじゃぞ!」
村の空気が一気に変わる。手押し車から始まり、やがて牛用のワゴンが完成。
麦や水だけでなく、石材や土器も運べるようになった。
◇
そして――トロッコが村の“名物”になったのは、その数日後だった。
「乗ってもいい?」「ねえ、押してー!」
子どもたちがトロッコの台車に乗り込み、坂道を“ひゅーっ”と滑り降りる。
唯は笑顔でそれを見つめた。
(あの鉄道オタク、きっと喜んでくれるな……)
彼が教えてくれた“簡易軌道”は、いまこの異世界で、生活の一部になっていた。
唯はふと、村と隣村を結ぶ細道を見つめる。
「ここにもレール、伸ばしてみようかな」
それは、まだ小さな挑戦。でも、確かに“村を繋ぐ”一歩だった。
列車のように、静かに、確かに――この村は走り始めている。