第1話『舞台は、異世界へ』
歓声が、ステージを揺らす。
「次がラスト曲だよーっ!」
17歳のアイドル・**春日唯**は、今日も笑顔でステージの中央に立っていた。グループ《メモリーピース》のセンターであり、ファンとの距離が近いことで知られる“神対応女王”。
特に物販では異様な記憶力を発揮し、オタクたちを震撼させていた。
「この前、格闘技の話したよね? あれYouTubeで見たよ! あの投げ技、カッコよかった~!」
「ミリオタくん、戦車の構造の話また教えて! ぜんぶメモってあるから!」
唯は、ヲタクの語ったマニアックな話を一度聞けば忘れない。ファンを喜ばせたい一心で、空き時間に動画を見て、記事を読み、知識をどんどん自分の中に蓄えていた。
彼女にとって、ファンの話はただの雑談じゃなかった。“熱”を持って語られた言葉は、心に刻み込まれる宝物だった。
だがそのライブ中、事件は起きた。
「キャーッ!」
照明機材のワイヤーが切れ、光の塔が崩れ落ちる。逃げる間もなく、彼女の視界は白く弾けた。
◇
気がつくと、森の中。頭上には青い空、足元には土と草の香り。
「うそ……これ……異世界?」
呆然としていると、少女の悲鳴が耳を貫いた。
「たすけてぇえっ!!」
悲鳴の先にいたのは、狼に追われる少女。
(待って。これは……!)
足が勝手に動く。狼に正面から向かいながら、唯の脳裏にはあるファンとの会話が蘇る。
「唯ちゃん、相手が動物ならね、鼻先に掌底入れるのが効くんだよ。格闘技だと“武器”じゃなくて“急所”を狙うの」
唯は、その時見たYouTubeのスロー動画まで、はっきりと思い出していた。“記憶力だけが取り柄”なんて思っていたが、それが今、命を救う力になる。
「下がってて!」
全身のバネを使い、狼の懐へ滑り込むように飛び込む。そして――狙いすました掌底打ち。鼻先にめり込む一撃に、狼は鳴き声をあげて退散した。
少女が震える声でつぶやく。
「……神様?」
◇
村へ連れて行かれた唯は、異世界の文化レベルの低さに衝撃を受ける。木と藁の住居、狩りと採集に頼る暮らし――でも言葉は、なぜか通じる。
(転生チート……言語も翻訳されてるっぽい)
自己紹介をした瞬間、村人たちの反応が変わる。
「イドル……“祈りの歌姫”の伝説かもしれん」
「いや、異国の神の使いじゃ……?」
いやいや、私はただのアイドルです……と心でツッコみながらも、唯は村人の不安に気づく。
魔物の恐怖。物資の不足。未来の見えない暮らし。
――だからこそ、彼女は立ち上がった。
「じゃあ、歌います。……私の歌で、少しでも笑ってもらえるなら!」
村の広場で、唯は無伴奏で歌い始めた。
「♪ 君がくれたメモリーは、私の道しるべ……」
不安そうだった村人の表情が変わる。子どもが微笑み、老人が涙を浮かべる。
それは、ただの娯楽じゃなかった。**心に火をともす“文明の芽”**だった。
彼女がここに来た意味は、きっとある。
それは、“ヲタクたちと語り合った日々”が、自分の中で息づいているから。
(忘れてないよ、あの日のこと。みんなの話、ぜんぶ覚えてる。私、ここで生きてみる)
春日唯。記憶力オバケのアイドル、異世界に降臨――!