このオークは気づいてない【後輩オーク× 先輩斧使い】《3分恋#2》
オレら2人だけのパーティーには、ひとつ決まりがある。
S級任務のあとは、飲み屋で祝杯――。
だが、今夜はいつもと違う。
今夜こそ、訊くんだ。
女は度胸――!
「……センパイ、なんで斧の柄で顔叩いてんの?」
店の暖簾を上げてくれているコイツ――相棒にしてオーク族のヴィズに、恋人とやらがいるのか。今夜こそ確かめてやる。
「の、飲み比べ前の景気付けだ。いくぞ!」
パブの中は、種族ごちゃ混ぜ大乱闘。
どんな話をしても、他人に聞かれる心配はない。
「センパイ、こっち」
ヴィズはその巨体で、奥の席までの道を開けている。
あの席、「他の男と並ばないように」なんて言って、いつもコイツが選ぶ場所だ。
「おう……」
コイツの気遣いには敵わない。
女がいても不思議じゃない。
でも、オレは――。
樽ビールを一気飲みして、澄まし顔の男に向き直った。
酔ったフリして、色々聞き出してやる。
「オマエもオークなんだ、女の5人や10人いるんだろ? 教えろよぉ! つか、戦僧侶なんかに転職しやがって〜」
「センパイ。偏見・セクハラ・パワハラ役満っす」
硬い。
いや、本当はコイツが誠実なヤツだってことは百も承知だ。
こうなったら、もっと飲ませて口を滑らせてやる――。
「……パイ、センパイ? 酔うなんて珍しいな」
「あ……?」
4本だったはずのヤツの角が、8本に見える。
マズった――頭を抱えるうちに、身体が宙に浮いていた。
「……斧より軽っ。センパイ、宿帰りますよ」
「お、おい」
モモの裏に当たる腕が、熱い。
ただ、見上げた顔はいつもと変わらなかった。
やっぱり、オレのことなんて――。
オレが男だったら、斧で敵を薙ぎ払う女なんか好きにならない。
「オレ、は……」
マズイ、寝落ちた――!
ベッドから起きあがろうとした、その時。
身体に毛布がかかった。
「……ほんとに寝てます?」
耳元に響く低音は、ヴィズ。
つい瞼が動きそうになる。
身体の上に、軽く体重がかかる。
まさか寝込みを――いや、コイツはそんなことしない。
「いくら仲間だからって、男を簡単に部屋へ入れちゃって……S級冒険者でも、酔ったら抵抗できないでしょ」
ベッドが軋む。
呼吸の音が近い。
待て、本当に――?
「ロゼさん……」
今――初めて、名前を呼ばれた。
口を塞いでいなければ、声が出ていたかもしれない。
「このままキス……したら、牙、痛いかな」
息を潜める間。
パキッと、何かが折れる音が響いた。
まさか。
牙を折ってまでして、オレに――いや、そもそも痛くないのか?
ただ、いつまで経っても気配は動かない。
「やっぱりダメだ、同意もないのに……」
「……っ!」
弱気になるなんて、許せない。
オークのくせに少食で、図体のわりに気遣いは繊細。
オレの背中を預けられる唯一の男なのに――目を開けて、ヤツの腕を引いた。
「おい、オレはいいぞ」
こんなの、酔ってでもなければ言えない。
心臓の音を誤魔化すように微笑むと。
「いつから……?」
そう呟いた顔には、知らない可愛さが広がっていた。