「さすがは勇者様、俺ツエー状態で悦に浸るのが堂に入ってますね」
ジュリアとの結婚への障害が全て取り除かれ、後は結婚式を挙げるのみとなった。
アナスタシア様からの提案から、この大聖堂で俺たちの式を執り行うということもあり、その日まで王都で過ごすことになったのだが。
「どうしてそこまで私の部屋に泊まることを拒むんですか」
なぜか、自分の部屋に俺を連れ込もうとするジュリアの手を振り解く羽目になってる。
「お前の部屋に入ることもそうだけど、そもそも周りの女性が多すぎるからだよ。ジュリアの部屋って女子寮の一室みたいなもんだろ? 外に出るだけで好奇の目にさらされるし、そんなところに男一人でいられるか」
「なら部屋から出なかったらいいじゃないですか。食事とか着替えとかは私が持って来ますし、なんなら浴室もセットですから生活は十分送れますよ。そりゃあ私のプライベートにスレイがずっと視界に入ってるなんて動悸が止まらなくなりそうですが、これも聖女としての優しさからくる厚意ですからお気になさらず。どうせこれからは一緒の家に住むんですし、今から慣れておくと言う意味でも、さあ!」
「本音は?」
「なんだかスレイを監禁してるみたいで背徳感がやばいです」
俺はとんでもなくヤバいやつを嫁にしようとしているのかもしれない。
それより問題なのが、ジュリアがそこまで自分に執着していることに、俺が僅かではあれど喜悦を覚えていることだ。
というか、女の園に俺という異物が入ることは問題ではないのだろうか。
こういうのは男子禁制とかでは。
などと、ジュリアと大聖堂の前で押し問答をしながら、脳内でこの教団のあり方に意を唱えそうになった時。
「スレイ様、ジュリア様、お休みのところ申し訳ありません! 少し宜しいでしょうか!」
慌てた様子の騎士が一人、駆け寄って来た。
あの格好は、近衛騎士団のものだが、気迫からして只事ではない。
ジュリアも真面目な顔つきになって、騎士に訊ねる。
「どうかしましたか? 一旦落ち着いて、ゆっくり話してください」
「はっ! 実は、東の空より飛行生物が接近していることが確認されまして! 正確な数は不明ですが、ワイバーンとドラゴンの群れではないかと報告されております!」
魔王を倒したばかりだというのに、この王都に襲いかかってくるとは。
その竜の群れは、なかなかに気合が入った連中らしい。
そうなってもまだ人間を襲うとは、まさに、魔物らしい行動だ。
魔物と動物の明確な違いは、この人間への敵意があるかどうかに尽きる。
その生態は明らかに不条理で、生物の生存戦略の道理からは逸脱している。
生き延びるための獲物として襲うのではなく、縄張りや子供を守るための防衛本能でもない。
本能に組み込まれているのか、ひたすらに人間を害さずにはいられない生物を、俺たちは魔物と呼んでいる。
それもあって、この国は魔物からの侵略を防ぐために、国ごとグルッと取り囲むように城壁を立て、備えているのだ。
魔王が現れてからは、ただでさえ後を絶たなかった魔物による被害が増加した。
おそらく、アイツが魔物をさらに凶暴化させていたのだろうが、今となっては終わった話。
「そのため、もし可能であれば、我々の力添えになっていただきたく存じます!」
それよりも、眼前の問題を解決する方が先決だ。
「あとどれくらいで到着する?」
「15分ほどで、防壁に接触するかと!」
「よし、じゃあ行くか、ジュリア」
「はいはい、またいつものですね。それではちょちょいのちょいっと」
慣れた手つきでジュリアが移動魔法を発動する。
本来であれば、こんな適当なやり方で発動するような魔法ではないのだが。
「よし、到着っと」
「す、スレイ殿!? ジュリア様まで、いつの間に!?」
このように、一瞬で防壁まで移動することができる。
ジュリアが聖女としての規格外の力を持っていることが伺えるというもの。
移動した先には、この間の謁見の間でも見覚えのある顔の騎士。
確か、騎士団長だったか。
騎士団の中でもトップにいる人間が、こんな最前線にやってくるとは。
本来なら、もっと安全な場所で待機していても、誰も文句は言わないだろうに。
現場主義というやつだろうか。
「えっと、貴方は騎士団長様であってますか?」
「はっ! 私はメレディスと申します! いや、しかしスレイ殿、どうして突然このような所に……」
「竜の群れが襲って来たと伝令が来まして。そいつらはどこに?」
騎士団長であるメレディスさんに尋ねると、無言ではるか空の先を指差す。
まだ小さく見えるが、確かに竜が飛んで来ているのはわかる。
まあまあの数だ。
「きっと、勇者殿と聖女様がおられるということで、近くにいた騎士が貴方達に頼ったのでしょう。しかし、この国を守るのは我々騎士の役目。結婚を間近に控えた御二方のお手を煩わせる訳にはいきません。スレイ殿たちは、そこで待機して……」
「メレディス騎士団長。お気遣い嬉しいのですが、多分無駄です」
「はい?」
メレディスさんの意気込みはとてもありがたいものだった。
けれど、俺のことをよく理解してくれているジュリアがその言葉を切って捨てる。
それもそのはず。
「じゃあ、ちょっと剣借りますね。あの群れぶっ飛ばして来ますんで」
人類の平和のために、魔物を倒すのは、勇者である俺の役目でもあるからだ。
「いや、あの、スレイ殿? 剣を持っていくのは構わないんですが、相手は空を飛んでるんですよ? どうやって対処するつもりですか?」
「そりゃあ、斬って倒すだけですよ」
「それをどうやるのかが聞きたいのですが!?」
困惑するメレディスさんだが、そうとしか説明できない。
「まあまあ、百聞は一見にしかずということで。ほらスレイ、ちょっと屈みなさい」
「はいよ」
「そしてジュリア様はなんでスレイ殿の背中に乗られているのですか!? そんな体勢であの群れに突っ込むなんて危険極まりないのでおやめ下さい!」
「知らないんですか? スレイの背中ほど安全な場所はこの世にないんですよ?」
嬉しいことを言ってくれる。
けれど、実際空を飛ぶ相手にはジュリアについて来てもらった方が助かるのも事実だ。
ジュリアが俺の背中に魔法でしっかりと自分の体を固定したのを確認して、
「よっ……とぉ!」
地面を踏み抜き、竜の群れ目掛けて跳躍した。
「相変わらずの脚力。私の魔力でもなければ振り落とされてしまいますね」
「さすがジュリアだ。なんともないな」
「任せてください。最強無敵の聖女様ですので」
そんな会話をしながら、眼前に飛び込んで来たワイバーンの胴体を斬り飛ばす。
このままだと落ちてしまうので、そばにいた別のワイバーンの背中に飛び乗ると、親玉であろうドラゴンの姿を確認。
数は1匹で、あの大きさなら中級くらいか。
「周りのワイバーンもあのトカゲ野郎も驚いてますね。いえーい、ドラゴンさん見ってるー? 突然人間が目の前に出現した感想を述べよ」
「なんだよ、その緩急極まった問いかけは……」
ワイバーン達の背中を次々飛び移り、徐々にドラゴンに近づいていく。
中級と言えども、10mを超える巨体だ。
こんなのが居住地なんかを襲ったら、一溜まりもないだろう。
それに、ドラゴンはワイバーンと違って炎を吐く。
こんなやつを、王都に近づけさせる訳にはいかない。
「とりあえずドラゴンは落とすから、ジュリアはワイバーンを頼む」
「聖女使いが荒いですね。もしかして、これからの私達の結婚生活を示唆しているのでしょうか。スレイに道具のように使い倒されるとは、なんて哀れな聖女様なんでしょう……」
「何言ってんだ。しっかり大切にするに決まってるだろ。俺を見くびるな」
「……本当に、そういう所ですよ」
拗ねたような素振りを見せるジュリアだが、きっちりと広範囲の光魔法の準備を始める。
威力は弱いが、ワイバーン程度なら目眩しを起こし気絶させることもできるだろう。
問題は、ワイバーンとは別格のドラゴンのことだが、こいつの対処は簡単だ。
まずは、ワイバーンの背中を踏み台にして、跳躍し、
「まずは右から貰う!」
機動力を削ぎ落とすため、ドラゴンの右側の翼をその根本から斬り落とす。
「ギャアアアアアアッッ!!!」
「うっさいな……。ちょっと黙ってろ!」
翼を失った痛みで叫ぶドラゴンの背中にそのまま飛び移り、今度は背後から喉目掛けて剣を突き刺す。
火炎袋というブレス攻撃をするための器官が、このタイプのドラゴンだと大体喉の辺りにあるからだ。
そのブレス攻撃をさせないために、その火炎袋を破壊させてもらった。
「そろそろいけますよ。準備はいいですか?」
「こっちも行ける! こいつらを叩き落としてやれ!」
「りょです」
軽いノリで会話しているが、やっていることは壮絶だ。
声も出せず、片翼をもがれ、ただ空中でのたうち回るだけになったドラゴンにトドメを刺す。
魔物とはいえ、命を奪うという行為は何度経験しても堪える。
けれど、放置すれば何万人もの人々が失われてしまう。
だから……。
「悪いなドラゴン。人間も生きるのに精一杯なんだ」
きっと誰もが望んでいること。
『明日も今日と変わらない平和な生活が待っていますように』
その願いのために、俺はまた剣を振るう。
「お前らの望み通りに命をくれてやる訳には行かねえんだよ」
ドラゴンの背後から、残された左翼を斬り飛ばす。
ついに飛行能力を失ったドラゴン。
そして。
「はーい、ちょっと眩しいですよー」
そんな呑気な声から発せられた眩い光に包まれ、俺たちと気を失った竜の群れは墜落することになったのだった。
「じゃあ、着地は任せますね」
「任された」
地面が迫ってくる。
だがなんてことはない。
そもそも俺はこの高さまで自力で跳躍できる。
だから、着地も全く問題なし。
魔法で保護されているとは言え、ジュリアにはなるべく衝撃が行かないようにして……。
「ふう、ナイスフライトです」
「飛んでない飛んでない。ジャンプしただけ」
「もはやここまでくると同じようなものでしょう」
綺麗に着地を決める俺。
そして次から次へと地面に叩きつけられる竜の群れ。
もはや起き上がれるものすらいないだろう。
「よし、竜の群れの討伐終了だな」
「さすがは勇者様、俺ツエー状態で悦に浸るのが堂に入ってますね」
そんなつもりは全くないのだが。
むしろ、
「魔物ってどこから湧いて出てくるんだよ、本当に……」
「こいつらどこからともなく現れますもんね。人間を襲いに」
魔物という存在のしつこさに辟易とするばかりである。