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「この度勇者様に傷物にされたので結婚することになりました聖女ちゃんです」

 ジュリアには両親がいない。

 物心ついた時には、すでに大聖堂で暮らしていたとのことだ。

 魔王討伐の報告自体は、王様より伝達されているそうなので、結婚報告のために大聖堂に赴いたのだが。



「やっぱり緊張するな……」


「スレイもですか。私もです」



 俺の両親とジュリアは旅の途中でも何度か話をしていたため、ジュリアが馴染むまで時間はかからなかった。

 しかし、ジュリアの育ての親と俺は、そこまで密接にかかわったことがない。

 なんなら、魔王討伐の旅の最初にちょっとだけ言葉を交わしただけ。

 素性を全く知らない相手に結婚報告をするという中々にハードルが高いことをしようとしているので、緊張してくるのだが。



「珍しいな、ジュリアが緊張するなんて」



 基本的に緊張感とは縁のないジュリアがそこまで張り詰めるとは。

 さすがに結婚の報告をするのは、ジュリアでも心持が変わってくるのか。



「ええ。なにせここでの大司教様の答えに、私が穏便にスレイとドロドロでグチョグチョな生活を送れるかどうかがかかってるんですから」


「俺との結婚生活を日常的に使わないであろう擬音で表現するのやめよう?」



 なんか、粘性が増しているような気がする。

 ジュリアという女性は、ここまで粘り強かっただろうか。



「というか穏便にって何? 返答次第ではバイオレンスな生活を送らされるの?」


「もしも権力者のせいやら神の教えやらで、スレイと結婚できないとか宣言されたなら、権力者はもとより、この世界の神を脅してでもその理を捻じ曲げます」



 聖女様が神を脅すってシャレになってねえな。

 別に神を信仰してないからいいのだろうか。

 まあ、そんなことを言われたら、俺でも神相手に喧嘩を売りに行きかねないけれど。



「大司教様ですから、そういうことにはならないとは思ってますけどね。あの人は緩いというか甘い方ですので」


「この国の権力者は緩い人じゃないとなれないの?」



 この国のトップである王様が緩いので、それが影響しているのだろうか。



「それでは頼もう。皆のアイドル、聖女ジュリアちゃんがご帰還致しましたよー」


「ここ国教の中心地なのに、そんな軽い挨拶でいいのかよ……」



 話が通っているのか、全く重みのない聖女の帰還にも関わらず、スイスイと大聖堂の奥まで通される。

 そして、遂に大司教様がいるであろう部屋の扉の前に到達し。



「はい、入りますよーっと。ただいまです。アナスタシア大司教様」


「せめてノックぐらいしろ!」



 おおよそ、この聖堂の最高権力者の部屋に入るときのものとは思えないほどにフランクなノリで突入する聖女様の姿があった。

 さっきまで緊張してたとか言ってなかったかこいつ。


 ジュリアに続いて部屋の中に入ると、執務か何かしているのか、一心不乱に書類と向き合っている女性の姿が。

 俺の記憶が正しければ、彼女が大司教だったはず。

 その女性が、ジュリアの声に反応したのか、ピタッと動きを止めるとゆっくりとこちらのほうに顔を上げて、



「……あらどうしたの〜ジュリアちゃん? こんなところにわざわざくるなんて〜」



 おっとりとした様子で、こちらを不思議そうに眺めてきた。



「魔王討伐のことはもうお聞きになられましたか? アナスタシア様」


「ええ、すごく頑張ったわね、ジュリアちゃんも、スレイさんも。ジュリアちゃんは強い子でしたから、魔王を倒すことに関しては全然疑ってなかったけどね~」



 なんかポワポワしてるなこの人。

 最初に出会ったときは、もうちょっとしっかりしている印象だったんだけど。

 あれはまだ俺が子供だったからだろうか。



「……何をいやらしい目で見てるんですか。いくら私より肉付きがいいからって相手は大司教様ですよ。不敬ですか? それとも浮気ですか?」


「突然言いがかりをつけにくるのやめてくれません?」



 血はつながっていないはずなのに、アナスタシア様は背の低いジュリアをそのままスケールアップしたような容姿をしている。

 銀髪赤目と、ジュリアとは対照的な色づかいではあるが、ジュリアがもうちょっと大きくなったなら、こんな感じになるのだろう。

 

 そもそも俺はジュリア以外の女性は目に入らない。

 綺麗な人だな、とは思うけれど。

 なので、わき腹をボスボス殴らないでくれ、ジュリア。



「お久しぶりです、アナスタシア大司教様。この度は、」


「そんなに畏まらなくていいわよ〜。こういう時くらい、肩の力を抜いてちょうだいね〜。もっと気軽な感じで、アナスタシアちゃんとかでも全然いいし〜」


「年下の男性にちゃん付け呼びを強制するとか立場と年齢を考えてくださいますかアナスタシア様。人の夫に色目を使わないでください」


「うわ〜ん! ジュリアちゃんが虐める〜」



 ジュリアの辛辣な言葉に泣き崩れるアナスタシア様。

 言ってみれば、この二人の関係は親子のようなものなのに、その雰囲気はまるで真逆だ。

 もしかしたらジュリアの外面モードの根底には、この人の影響があるのかもしれない。



「……あら? そういえば、今ジュリアちゃん、スレイさんのことを夫って呼んだ?」


「はい。残念なことに、この度勇者様に傷物にされたので結婚することになりました聖女ちゃんです」



 まだ手を出してないのに傷物とはこれ如何に。

 魔王討伐の旅でのことなら間違ってはいないが。

 主に魔物からの傷だけど。

 その言葉を聞いたアナスタシア様は、パタパタと俺のところまで駆け寄って来て、



「え〜っと……その、ジュリアちゃんは、言葉は少しだけ厳しいところはあるんだけど、本当はとっても良い子なのよ〜? お嫁さんになるための特訓は小さい頃からしてる、すっごい真面目な子で〜。ただ、心を許した人には、ちょっとだけ、本当にちょっとだけ、素直になるのが難しくなっちゃうだけの女の子なの〜。だから、きっと将来的には良い奥さんにはなってくれるとは思うんだけど〜……もし、万が一、ジュリアちゃんからのハラスメント的なものやバイオレンス的なものがあったら、いつでも相談に来ていいからね〜?」



 少しだけ焦ったように、こちらのことを心配してくれた。

 どうやらアナスタシア様は、ジュリアの難儀な性格についてはちゃんと把握されているようだ。

 何やら、その背後からジュリアが何かを訴えるような視線で睨んでくる。

 余計なことを言うなとでも主張したいのだろうか。

 全く、今更の話にも程がある。



「任せてください。そこも含めて、俺はジュリアのことが大好きですから」


「ま゛っ゛!」


「あらあら〜」



 奇怪な悲鳴を上げるジュリアをよそに、満足そうに頬に手を当て微笑むアナスタシア様。

 そして、そのまま俺は、目の前の大司教様に宣言する。



「俺は、これまでジュリアと旅をして来て思いました。彼女以外とこれからの人生を共に歩む女性の姿を全く想像できないほどに、俺は彼女に入れ込んで、惚れ込んでるんです」



 きっと、俺はジュリアと出会うために生まれて来たんだ。

 そんな他人からしたら青臭いと思われるだろう言葉を、心の底から信じきっている。



「立場の違いから一度諦めようとしましたが、ジュリアから手を差し伸ばしてもらって、ようやく理解できました。俺が幸せになるには、ジュリアという女性が必要だということを」



 最後の最後まで、結局俺はジュリアに引っ張られ続けて来た。

 俺には、そうやって振り回してくれる女性が必要なんだ。



「なので、アナスタシア様。どうか俺とジュリアの結婚を認めていただきたいのです。……どうか、お願いいたします!」



 必死の思いを込めて、アナスタシア様に頭を下げる。

 喉が渇く。

 これでもし、許しを得られなかったらと思うと、鼓動が早くなる。

 アナスタシア様からの返事を待つ、ほんの短い時間の静寂が、悠久の時のように感じられ、



「全然オッケーよ〜。どうかジュリアちゃんをよろしくね〜」



 そんな軽い、アナスタシア様の言葉で持って、その緊張が解かれたのだった。



「……よろしいんですか?」


「ええもちろんよ〜。そこまでジュリアちゃんを愛してくれてる殿方がいて、私も嬉しいわ〜。どうせなら結婚式もここでする〜?」


「それは光栄ですね。是非ともお願いします。……てっきり、ジュリアは聖女なので、そういったことに何か言われると思ったんですが」


「神様も言っておられるわよ、『産めよ増やせよ地に満ちよ』って〜。だから普通の人と同じような生活を送って問題ないのよね〜」



 それを聞いて、心底安心した。

 これで、あとは結婚式を挙げるだけだ。

 それで、俺とジュリアは夫婦になれる!



「ありがとうございます、アナスタシア様! 何かとご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします!」


「いいのいいの〜。それより一つだけお願いがあるんだけど良い〜?」


「何なりと!」



 今の俺なら、もう一度魔王を倒せと言われても喜んで請け負える。

 一体何を言われるのかと待っていたら、アナスタシア様は部屋の隅の方を指さして。



「貴方の愛の告白を聞いて溶けちゃってるジュリアちゃんを、ちゃんと連れ帰ってもらえるかしら〜?」


「うへ……うへへ……あ、愛してるって……うへへへ……」


「すみません。すぐ回収します」

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