「……ということで、私たちは田舎でスローライフの予定がギッチギチに詰まってますので失礼しますね」
あの後は何事もなく、本当に何事もなく宿屋で一夜を過ごした後、どこか不機嫌そうなジュリアを引き連れて、王都の中心にある城へと、ようやく帰還を果たしたのだった。
思えば、俺たちの冒険はこの城から始まったんだったな。
右も左も分からない田舎者の俺が、緊張しながら王様と謁見し、そして稀代の聖女としてジュリアを紹介され……。
「スレイ。思い出に浸っているところすみませんが、早く王様に報告に行きますよ」
「あ、そうだな。悪いジュリア」
今は、人類が待ち望んだ日を迎えることができたと報告することが先決だ。
その後のことは、後で考えよう。
「ジャンさん、お久しぶりです」
「おっ、これはこれは勇者様! 今日はどうされましたかな?」
城の扉の前で佇んでいる門番のジャンさんに声をかける。
少し年上なこともあってか、お上りさんだった俺にも色々とよくしてくれる優しい人だ。
「そうやって持ち上げないでくださいよ。なんだかむず痒くなってきますし」
「悪い悪い。それで、今回はどういう要件で? またエルダードラゴンでも叩き潰したのか? 不死王の率いるアンデッドの群れも殲滅したのか? まさか、魔王を倒したとかか?」
「そのまさかですよ」
「!……へえ、それはそれは」
俺の返答に、驚きつつも納得したように首を振るジャンさん。
周りにいる他の門番の人もそれに倣ったかのように、喜びこそすれ和やかなまま。
魔王を倒したんだし、もう少しリアクションがあってもいいと思うんだけど。
「いやいや、お前さん達ならいつの日かやってくれると思ってたからな。なんか、あぁ、やっとこの日が来たか〜。って気分にしかならねえんだわ」
ジャンさんの言葉に深く頷く門番達。
これは、俺のことを信じてくれていたってことでいいんだろうか。
そのこと自体はとても嬉しいけれど、少し拍子抜けな気分にもなってしまう。
「それじゃ王様に伝えてくるわ。勇者様と聖女様がやっと魔王の野郎をぶっ飛ばしましたってよ」
「やっとって……色々苦労もあったんですよ?」
「あー、そういう話はまた後でな。じゃあ一旦失礼するぜ」
ジャンさんが揶揄うように笑いながら、城の中へと入っていく。
旅の途中で城には何度も訪れたことはあるけれど、中に入る許可が出るまではここで待たないといけない。
ジャンさんが許可をもらってくるまで、椅子に座って待ってようかと考えようとしていたら、
『やったぜ! スレイとジュリア、本当に魔王を倒しやがった! しかも無事な姿で戻って来て! 今日はなんて最高の日なんだ!!』
城の中から、ジャンさんと思しき叫び声が聞こえてきた。
俺たちの前とは打って変わった発言にジュリアと顔を見合わせていると。
「やっぱ我慢するの無理! 勇者様と聖女様、本当にお二人は最高です!!」
「何より、お前らが五体満足で帰ってきてくれて嬉しいぞコノヤロー!」
「あんなガキンチョがこんなになるまで大きくなるとは……感無量だぜ俺は!!」
それを皮切りに、先ほどまでは静かにしていた門番の方達も叫び出す。
中には泣きながら俺に抱きついてくる人まで。
皆、俺たちのことを心配してくれて、俺たちが帰ってきたことを喜んでいることが伝わってきて。
ふと、目の端から何か熱いものがこぼれそうになる。
「うん……うん……っ! ただいま、皆!」
「スレイ様とジュリア、ただいま戻りました……!」
その溢れそうなものを堪えながら、俺たちは迎えてくれた皆に感謝するしかできなかった。
謁見の許可を貰ってきたジャンさんに引き連れられ、謁見の間まで招かれることとなった。
門の前で皆が泣き散らかしている光景にジャンさんは若干引いていたが、元はと言えばジャンさんがきっかけなので文句は言わせない。
それにしても王様との謁見か。
「あの王様すごく良い人なんだけど、本当に陰謀渦巻く世界に放り込まれたりするのかな?」
「甘いですよスレイ。王様というのは、民のためであれば非情な決断をするものです。世界最強の戦力なんて、飼い慣らすか殺すかのどちらかしかありえません」
そう言われても、あの王様が俺たちに何か仕掛けてくるとは思えない。
旅立ちの日にはちゃんとした装備と支度金をくれたし、魔物の討伐の報告に行く度に労いの言葉をかけてくれる。
どこか茶目っ気もある、優しい人だというのに。
「何か言われても私が対応しますので、スレイは黙っておいてくださいね。大丈夫です。悪いようにはしませんから」
それでも、ジュリアがそう言うのであれば彼女に任せよう。
何から何まで世話になりっぱなしで、申し訳ないな。
「王様。ジュリアとスレイ、以下二名、魔王討伐の報告のため参上いたしました。御目通りの程をお願い申し上げます」
「うむ。入れ」
王様からの許可を得て、謁見の間へと足を進める。
その広間には、大臣や騎士団長など錚々たる顔ぶれの人たちが集まっていた。
……軽々しく考えているつもりはなかったけれど、魔王討伐というのは俺が思っている以上に重要な意味を持つ出来事だったようだ。
少し緊張しながらも、ジュリアと共に王様の前まで歩みを進める。
「魔王討伐、見事であった。勇者スレイと聖女ジュリアよ。そなた達の功績は我が国のみならず、この世界が続く限り、末永く語り継がれるであろう」
「ありがたきお言葉でございます」
「もったいないお言葉です」
王様の労いの言葉に返事をする。
ここまでは普段と変わりないけれど……。
「そなた達はもはや全人類の恩人と言って差し支えない。そこでその恩を返す必要があると儂は考えておるのだ。……もし良ければ、断絶した伯爵家の家名を継ぐ気はないか? 領地も断絶前の領地を保証するぞ」
「っ!」
非常に困った提案をされてしまった。
貴族社会に入って領地経営とか絶対めんどくさいじゃん……。
そもそも、学がない俺がやって大丈夫なやつ?
けど、ここで断ったら失礼に当たるのではないだろうか。
どう答えれば良いのか、考えあぐねていると。
「ふむ……あ〜……そうですね。ここで一回……そう、これは仕方のないことなので……」
ジュリアが何か覚悟でも決めたのか深呼吸をする。
そして、
「勇者様、こちらを向いてください」
「ん?どうかした──」
ジュリアの白い手が、俺の頬に添えられて。
そっと掬うように、その顔を引き寄せる。
「…………んっ」
漏れた吐息と共に、彼女の唇が俺に触れた。
「…………え?」
「……ということで、私たちは田舎でスローライフの予定がギッチギチに詰まってますので失礼しますね。権力とか栄光とかクッッッッソ興味ないので、そういうのは偉い偉いジジババ様方に任せます。いやまじで。相互不干渉、これ世界救った報酬にしてください。あとここでの無礼も許してちょ。まあこの国の全軍より私達のが強いんで、受け入れるしかないと思いますが。乙です」
「…………えっ?」
頭の整理がつかない。
今、俺、ジュリアに、キスされた?
それで、その後、ジュリアがとんでもないことを言って……。
「うーむ。それはちと問題があるのう」
王様の困ったような声色にハッとして、全力で頭を下げる。
「そうですよね! すみません、うちのジュリアが失礼なことを言ってしまって!」
いやいやいやいや、何言っちゃってんのジュリアさん!?
ジジババ様とか、許してちょとか、挙げ句の果てに喧嘩を売るような発言するとか命が惜しくないんですか!?
いくら王様が優しいからって、そこまでしたら無礼うちもやむなしなんですけど!?
ほら見ろよ、オーディエンスが皆ポカンとしちゃってるじゃん!
「『うちの』だなんて、もう身内扱いですか? 気が早いですね。まあそれくらいの認識でいてもらった方がこちらとしてもやりやすいから構わないですが」
「お前は黙ってなさい!」
何余裕ぶっこいてんだこの人。
勇気と無謀を履き違えてやがる。
何故か頬を赤らめるジュリアと、どうにかこの場を収めようと慌てる俺。
「相変わらずのようで安心したぞ。スレイとジュリアよ」
そして、そんな俺たちの様子を見て、いつも通りの微笑みを浮かべる王様がそこにいた。
「聖女の口が悪いのはもう慣れとるし気にせんでも良い。問題なのは田舎でスローライフってところよ。……ぶっちゃけ田舎で暮らすって大変だぞ?」
「そっちですか!?」
予想だにしない王様の発言に、ついついツッコミを入れてしまった。
だが、それにも気にしていないように、王様は続ける。
「都市部より流通は悪いし娯楽も少ない。コミュニティも狭いせいで人間関係の構築をミスったら面倒だし、変な噂が流れてしまったら広まるのも早い。ゆっくり気楽に過ごしたいなら、もうちょい栄えているところに住むことをお勧めするぞ?」
もしかして王様一回田舎に住んだことあるの?というぐらい具体的な代案を出してきた。
その、俺元々実家に帰るつもりだったんだけど……。
「話のわかる王様は好きですよ。このアホバカの100万分の1ほどですが。そういうことならいい感じの物件とかあれば教えてもらえませんか?我々のラブラブでネチョネチョな愛の生活のために」
「ラブラブはまだ分かるけどネチョネチョって何!?」
「よし分かった。また探しておこう。そなたらのラブラブでネチョネチョな愛の生活のためにな」
「そんで軽いですね王様!」
あれ?無礼とかそういう話は?
もしかして俺の常識の方が間違ってる?
「というかいいんですか? こっちとしたら王様からの報奨を断って別のものを要求するなんて、失礼極まることをしてるんですけど……」
「そうやって欲しいものを直球で言ってくれたほうがこっちとしてもやりやすいのだよ。互いに不干渉という条件を提示することで、そちらからもこちらに何も危害を加えないと宣言してくれておるしな。そもそも先ほどのあれも働きに見合った報酬として領地や地位を提示しただけで、そなたらに不要であればそれで良い」
そこまで言うと、王様はわざとらしく肩をすくめて、
「そもそも世界を救ってくれた人達に無礼を働くとかないわー」
「本当にノリが軽いな王様!」
おちゃらけた様子で、そう締め括ったのだった。