「はあ? 私の初恋は今順風満帆に実ってますが?」
夕食の材料を買った帰り道。
「スレイは、本当に幼馴染みのあの女が好きだったというわけではないんですよね」
「リオのことをあの女呼ばわりするのやめろよ」
なんかまたジュリアから猜疑の目を向けられることとなった。
「つーか普通にジュリアもあいつと仲良いだろ」
「面倒見がよくて優しい方ですし、他の要素が介在しなければ友人だと思っておりますので」
「他の要素ってなんだよ……なんとなく察しはつくけど」
何度も言っている通り、リオはスヴェンと結婚して子供もいる立派な夫婦だ。
リオは、夫がいるのによその男に目を向けるような、そんなふしだらな女ではない。
そもそもあの二人小さい頃からかなり仲が良かったし、『そのうちくっつくんだろうな、コイツら』なんて思ってたものだ。
「勝手に想像して補完しないでもらえますか? 別にスレイが誰に恋してようがどうでも良いんですよ。この婚姻関係もあくまでスレイの末路を哀れに思った私が慈愛の心で救ってあげただけでそれ以上の意味なんてないんですから。ええそうです、スレイが過去にどんな女性と恋愛関係にあったかとか私には一切関係ありませんから好きにしたら良いと思います。大切なのはこれからのことであり、昔どうだったかは重要なことではありません。誰を愛していたかとか、どんなに汚れようが構いません。最後にこのジュリアの横にいれば良いのですから。なのでスレイが初恋を抱え続けていたとしても、私は心が締め付けられるように苦しい程度にしか感じていませんから、スレイも気にする必要はないのです」
ジュリアはやたらと俺の初恋相手のことを気にしているが、俺の初恋はリオではない。
確かに俺が勇者に選ばれる前の時点で、初めて恋心が芽生えてはいるが。
「そんなに気にしなくて良いだろ……。それによく言うじゃん、初恋は実らないって。初めての恋愛っていうのはうまくいかないもんなんだよ」
「はあ? 私の初恋は今順風満帆に実ってますが?」
「え?」
俺のその言葉に、ジュリアがキレ気味に反論してきた。
なんか、俺にとって非常に喜ばしい内容で。
反射的に聞き返すと、ジュリアは羞恥で顔を真っ赤にさせながら。
「……………すみません。今のなしでお願いします」
深々と頭を下げてきた。
「いや無理だって、色んな意味で……」
絶対に忘れられないだろ、どう考えても。
「……そ、それはそうと、初恋は成就しないとか抜かすってことは、貴方も初恋は経験したことがあるってことですか?」
今し方の失言を忘れて欲しいと言うジュリアの気持ちが、その彼女の言葉によって大いに実感できた。
なんて耳ざといんだ。
今更俺の初恋のことを話すのも、なぁ。
「別に良いだろ、俺の初恋なんて」
「どうせ貴方のことですからそれはもう無残に敗れさったんでしょうけど、未練があるとしたらその女性と浮気するという可能性が残りますので」
「失恋したのに浮気ってどういう理屈!?」
「世界を救った勇者という肩書きがあれば手のひら返しで擦り寄ってくる人もいるでしょう。なにせ人類は愚かですから」
「なんで聖女のお前が魔王みたいなこと言ってんだよ……」
あとすごく悪い顔をしてる。
情念とか執念を感じさせる顔だ。
「大丈夫だって、俺の初恋はもう片付いてるからさ」
「やっぱり居たんですか。別に過去にどんな女に恋してようがいいですけど? 今は形だけとはいえ私という素敵に無敵な聖女である私を妻にしている身分であることはお忘れなく。もし浮気でもしようものなら貴方の部屋の前で延々と泣きべそかきますからね」
「そんなことさせたら自決するわ。はいこの話やめやめ!」
強引に話をぶった斬る。
今になって俺の初恋の話とかほじくり返されるとか恥ずかしいことこの上ない。
勘弁して欲しいところだ。
そう言うと、渋々ではあるがジュリアは引き下がってくれたようで。
「では話を変えますけど、一つ気になった点が」
「なんだ?」
初恋以外の話ならどんとこいだ。
「初めて出会った時の私の印象が『宇宙一可愛い美少女だけど口が悪い最高の聖女』だったんですよね」
「かなり盛った表現してることに目を瞑れば間違ってはないな」
自画自賛もここまでくると尊敬する。
実際そう言っても問題ない容姿をしているのが腹立たしい。
「最初の顔合わせの時は、自分で言うのもあれですが普通の会話をしてたと思うんですよ。スレイのことや魔物のことを怖がってて、正直おっかなビックリで喋ってたと思います。それなのにその感想が出るのはおかしくないですか?」
…………あー、それでジュリアはあの時訝しげな顔になったってわけね。
なるほど、なるほど。
「話変わってないじゃねえかよ……」
「?」
頭を抱えた俺を不思議そうな顔で見るジュリア。
そりゃなんてことない質問しただけで参ってる奴を見たら、そういう反応になって当然なんだけど。
もしかして、コイツわざとやってるんじゃないかとさえ思えてくる。
「よく分かりませんが、今の質問にも答えられないなら話を戻しますよ。ここまで来たなら貴方に初恋相手の話を聞かせてください。聞いたからと言ってその人に危害を加えるわけではありませんから。せいぜい貴方の近くに寄ってきたら警戒する程度ですので」
こうなったら、逃げるほうが面倒くさくなりそうだ。
……マジで恥ずかしいから、あんまり語りたくないんだけどなぁ。
でも、言ってしまった方が後々楽か。
臍の下あたりに力を込めて、重たい口をどうにか動かす。
「…………そのな、小さい頃にも一回王都に来たことあるんだよ。両親に連れられて、旅行みたいなもんでさ」
「ふむふむ」
俺の言葉に相槌を打つジュリア。
向こうも真剣な面持ちだ。
「そしたらいつの間にか迷子になっちまってさ。初めて来た土地だもんで、どこにいけば良いかも皆目見当がつかない。だから、目に入ったデカい建物に入って道を聞こうとしたわけよ」
「あそこで一番大きい建物というと、大聖堂ですかね」
かなりデカくて、よく目立つしな、あの大聖堂。
「そんで中に入ったら、ちょっと口が悪いけど、すっごい可愛い女の子がいたんだよ。まあ、そんなこと言いながらも、こっちが事情を説明しようとするより前に、大聖堂に着くまでに転んでできた俺の傷のことを心配してくれるような、本当に心優しい子だったんだけどさ」
そこまで話した途端、急激にジュリアの顔が渋い顔になった。
明らかに不機嫌になっている。しかもここ最近で最悪に近いレベルで。
けれど、俺は構わず続ける。
「そんで偉い人に頼んで親に迎えにきてくれるように手配してくれるどころか、親が来るまでの間ずっと一緒にいてくれたり、持ってたお菓子を分けてくれたり……、見知らぬ土地で一人ぼっちになって、寂しさや不安でいっぱいだったその時の俺には、その子が本物の天使のように見えたわけだよ。……我ながら恥ずかしいけどさ」
その日以来、王都から村に帰った後も、俺の頭の中はその子でいっぱいになったっけ。
また会いたい一心で、無理矢理王都まで一人で行こうとしたり。
……今から思うと、子供の時特有の行動力というやつだったのだろう。
「その大聖堂でしたら私が住んでたところですよね。ちょっと待っててください、今から教会に手紙を送るので。別に今の貴方の話とは関係ないですが、私の古巣である教会にこの世で最も許してはいけない大罪人が紛れ込んでいるような気がしますから」
その時の俺以上に子供っぽいどころか、大人気ないことをしようとしている女が目の前にいた。
顔つきがもう魔王と相対した時と並ぶレベルで敵意に満ち溢れていらっしゃる。
……マジか、こいつ。
「……まだ気づかないか? というか思い出せない?」
「はい? なんのことですか?」
本当に全く心当たりがない様子。
……やっぱりちょっとへこむなぁ。
「……別に隠しておくことでもないから言うけどさ。その時の女の子ってジュリアのことだぞ」
「……………………え?」
先ほどまでの激情は何処へやら、ジュリアが俺の言葉に完全に呆気に取られる。
まあ、そうだよな。
俺からすれば、まさに運命の出会いだったんだけど、ジュリアからすれば、ありふれた日常の一部だったのかもしれないし。
「それでなんの因果か勇者と聖女として再会出来て、すっげー俺は嬉しかったのに、ジュリアは忘れてるっぽいからなんとなく切り出しにくかったんだよな」
なんせ、俺の姿を見たジュリアの第一声が、『初めまして勇者様!』だったからな。
あの時俺は、全然覚えられていなかったことに、正直かなりガックリきた。
しょうがないよな。なんて自分に言い訳しながらも、ショックは隠しきれてなかったと思う。
ま、でも。
「一度こうして言えたからスッキリしたわ。良い機会だった……」
「違うんです」
「うん?」
なぜか顔を俯かせたジュリアが、突然俺の言葉を切る。
しかし、違うとは?
「忘れてたわけじゃないんです。昔、大聖堂に迷い込んで来た男の子の相手をしてあげたことは覚えているんですよ。ただ、その男の子と貴方が結びつかなかっただけで」
あれ? 覚えててくれたのか?
てっきり、記憶の端にも残っていなかったものかと思ってたけど。
それなら、ちょっと嬉しいかな。
なんて思っている間にも、どんどんジュリアの口から言葉が溢れ。
「あの子がこんな成長すると思わなかったと言うか、まさかその時の男の子が勇者になって数年越しの再会を果たすとは思わないじゃないですか。だから、その、決して貴方のことを全く覚えていなかったわけじゃないってことは把握して欲しいんですけど…………それでも……その…………」
すごく申し訳なさそうな表情になりながら、つらつらと語るジュリア。
そして、今度は頭を深々と下げ。
「……あの時の子が、スレイだということに気付けなくて、すみませんでした」
すごく丁重に謝られた。
冒険当初のジュリアの様子を思い出させるような、そんな懐かしさすら感じるほどの、真剣な謝罪だった。
「そんな謝られるようなことじゃないって。子供の時のことなんだから覚えてる方が珍しいっていうかさ。俺としたら、その時の子と結婚できて十分嬉しい……」
「とりあえずこの場で一旦腹を切れば良いですか?」
「いきなりどうした!?」
話が飛躍しすぎである。
「ちょっと、先っぽだけ。先っぽだけで良いんで切らせてください」
「先っちょだけでも大怪我だからやめろ!」
「すみません。貴方のことに気付かなかったことに軽く自己嫌悪に陥っているというか、そのくせ、そんな昔から想ってくださってたことへの歓喜の心で板挟みになってて、なんか、こう、強いショックを与えないと自分が自分でいられなくなると言いますかね? これは、そう、気付けってやつです! 貴方が大事にしていた思い出に気付けなかった自分にピッタリですね!」
「やめろ! ちょ、さっき買った包丁を取り出すな!! いや本当にやめてくださいジュリアさん!!」
「鈍い女にはこれくらい鋭い刃で切られるのがお似合いなんです! 離してください!!」
「離してたまるか!! つーかジュリアはそんな包丁ぐらいでダメージなんかないだろ!!」
「じゃあやらせて下さいよ!」
「見た目がショッキングすぎるからやめろって言ってんだ!!」
切腹しようとする聖女様と、それを阻止する勇者という、世にも奇妙な光景がそこに広がっていた。
……できれば、二度とあって欲しくない光景だった。




