「何か私と結婚するのに不満はおありですか?」
「結婚。結婚かぁ。そうか、ジュリアと結婚かぁ……」
口に出していないと足元がおぼつかなくなりそうなくらい、浮足立っている。
王都に戻るまでが魔王討伐だというのに気が緩みすぎだ、と俺の理性が警鐘を鳴らしてくるが、これは無理な話だ。
ついつい顔がにやけてしまう。
無理やり顔を引き締めるが、それでも頬が緩む。
このだらしない顔を見たら、俺が魔王を倒した勇者とはだれも認識できないだろう。
そうでなくても、いまだに魔王を倒したことへの現実感はないのだが。
「何か私と結婚するのに不満はおありですか? 例えば料理とか」
そんな俺の様子を不審に思ったのか、ジュリアが質問してきた。
いかんいかん、変な顔で彼女からの評価を下げるわけにはいかない。
しかし、ジュリアの料理か。
「ジュリアの料理がすごい美味いのは身に染みて知ってる。苦しい時もジュリアの料理のおかげで耐えられたし。本当に助かったわ、ありがとな」
彼女の料理を食べることは、旅の中でも格別の楽しみだった。
魔物との戦いで疲弊した時も、ジュリアの手料理を食べただけですべての疲れが吹っ飛んでいき、また明日からも頑張ろうという活力がもらえる。
おそらく、体力を回復させるような材料を選んでいたりするのだろうが、なによりもジュリアが真心こめて作ってくれた食事というだけで、どんな高級なレストランで出されるご馳走でも比べ物にならない。
俺と一緒に戦っている以上ジュリアも疲れているはずなのに、それでもきっちり料理を作ってくれる彼女には、俺は一生頭が上がらないだろう。
「ん゛ん゛っ゛!」
そう思いながら感謝の言葉を伝えると、なにやらすごい声がジュリアのほうから聞こえてきたのでそちらのほうへ視線をやると、口元に手を当てて顔をそむけているジュリアの姿が目に入った。
俺に見られたくない顔でもしてたのだろうか。
今しがた俺もジュリアには見せられない表情を浮かべてしまっていたわけだし。
そんな俺の心配をよそに、ジュリアは軽く咳払いをすると、改めて俺のほうへと視線を合わせてきた。
「……自分で言うのもあれですけど、掃除や洗濯もそれなりにはこなせる自信はあります」
「家事全般得意だもんな。聖女だから箱入り娘かと思ったんだけど、中身は色んな意味でパワフルなお方でございましたと」
「聖女だからって皆が大人しいとは限りませんから。むしろガッツがないと聖女なんてやってられないというものです」
実際、ジュリアの胆力はとんでもない。
俺がどんな傷口を見せようが、顔色一つ変えずに回復魔法でササッと治療を終わらせてしまう。
それに関しては、俺が頻繁にけがをしまくるせいもあるかもだが。
洗濯も掃除も、料理だって率先してやってくれる。
別に俺は家事が苦手ではない。
ジュリアの手際が良すぎるだけだ。
なんなら「勇者様は適当にそこらへんで寝っ転がっておいてください。貴方に手伝われるまでもなくこれくらいは私だけでできますので」と言われて現場から追い出されたこともある。
こちらから手伝いを申し出ても、受け入れてくれたりくれなかったり。
今思うと、旅の間はジュリアにいつも助けられてたなぁ。
ただ、
「それで口が悪いのと承認欲求モンスターでなければ完璧だったのにな」
あんまり関わりのない相手には、まさに聖女然とした態度をとるのだが、長年共に過ごしていた俺には、聖女としてそんな乱暴な言葉を使っていいのか不安になるくらいの語彙力で、自分を崇め奉るよう命令してくる。
なんなら、普通の人に褒められても「過分な評価をしてくださり大変恐縮ですが、勇者スレイがいてこその私ということを皆様お忘れなきように」などと、こっちを立ててくるくらいだ。
俺には普段から、「なんでもいいので私の良いところを五個ぐらい挙げなさい。言えなかったら、明日の朝寝坊しても起こしに来ませんよ」とか、「今の戦闘で私結構頑張りました。ですので私のことを全力で褒めてください」などと俺からの称賛を求めてくる始末。
正直、そんなことを言ってくるジュリアも可愛いので、全力で付き合ってやったけれど。
「事実を述べてたらそういう風に受け取られてしまっている哀れな聖女ですよ? 深く傷ついた私の心を癒せるのはあなただけです。さあ褒め称えなさい。褒めろ」
「聖女様、最高! 聖女様、最強! よっ! オブラートという言葉を知らない社会不適合者!」
またも誉め言葉にならない称賛の声を上げるが、それでも先ほどと同じように得意げな表情を浮かべるジュリア。
俗にいう、どや顔というやつだ。
「それと、体つきもあなた好みだと思うんですよ。出るとこ出てるし締まるところは締まってる。皆が羨むごっくんボデーです」
自画自賛しているものの、ジュリアのその評価は客観的にも正しい。
身長は同年代の女性と比べると若干小柄である。
しかし、それとは対照的に、本来であれば体格が出にくいくらいに分厚い法衣を着ているにもかかわらず、はっきりと主張しているのが分かるほどに突き出しているジュリアの胸。
正直、この旅でどれほど目の毒だと思ったことか。
そのくせ腰は見事にくびれてるわ、あれだけの日々を魔物との戦いに費やしてきたというのに肌も荒れることなく綺麗なまま。
世の中の女性が妬みで襲いかかってきかねないほどに、あらゆる面で完璧だ。
「それでいてこの可愛らしい顔つき。もはや世界中から求婚されてもおかしくない物件ですね」
ダブルピースしながらあざとく笑うジュリア。
実際、本当に可愛いからやめてほしい。
綺麗な金髪と青い瞳。
初めて出会った時、たっぷりと見惚れていたっけ。
けれど、ジュリアの魅力はそこだけじゃない。
「見た目良いのは知ってるけど、普通に中身も俺は好きだな。尊大な言い方はするけど普通に優しいし。なんだかんだ最後まで付き合ってくれるくらいには面倒見が良いのも知ってるんだぞ俺は」
口ではこんなことを言っているが、やってることは本当に聖女そのものだ。
傷ついた人がいれば回復魔法ですぐに癒し。
人々を守るために自ら盾になり。
そして、俺の無茶な魔王討伐にも最後まで付き合ってくれた。
まあ、その、つまり。
俺はジュリアという存在そのものが好きで好きで仕方ないってわけで。
「そういう普通に褒めるのはやめてくれませんか? 心臓がもたないですよ。いややっぱりもっと言ってください。勘違いしないで欲しいんですが、そういうおべっかを使われることがこの先予想されるのであなたの言葉で耳を慣らしておくという意図のもと要求している訳で、決して個人的な欲望で誉めて欲しいと言ってるわけではないことを肝に銘じておくように」
「また饒舌になりやがったよこの聖女……」
またもやジュリアが顔を真っ赤にして何か捲し立てているが、そうやって慌てている姿を見ても、愛おしさを感じてしまうあたり、俺はもう末期なのだろう。