「なんでそういう目で見ないんですか。貴方の妻なんですからそういうつもりになって下さいよ」
アレックス王達が城へと戻るころには、すっかり夕暮れになってしまっていた。
流石に夕食までは俺が作ることはなく、ジュリアが料理してくれることに。
「はいシチューですよ。結局昨日は誰かさんのせいで食べられませんでしたからね」
「八対二くらいでジュリアが悪かっただろ、あれは」
最初に襲ってきたのはジュリアの方なんだし。
最終的には、俺が主導だったと言われたらそれまでだけども。
「やっぱりジュリアのシチューは美味いな。なんか隠し味とかあるのか?」
「それはもう、聖女としての愛情ですよ。そう言われるとありがたくなってくるでしょう。存分に私を崇めても良いのですが?」
そう言われたらしょうがない。
「聖女様最高! 聖女様料理上手! よっ! 何かを言い訳にしないと素直な気持ちが伝えられない面倒な女!」
「ふふん。こんな可愛い聖女様を妻に迎えられた幸運を噛み締めるが良いですよ」
こんな暴言に近い言葉でもドヤ顔するのだから、この女はトコトンチョロい。
そんな振る舞いを見るだけで癒されてしまう自分も、相当チョロい人間だけど。
「元々私が牛乳好きですからね。乳製品の料理は得意なんですよ」
「ことあるごとに牛乳飲んでたもんな。歩きながら飲んでたこともあったっけ」
「パンを齧り付きながら牛乳を飲むこともしょっちゅうでしたしね」
牛乳のみならず、ジュリアはかなりの健啖家だ。
俺も結構食べる方ではあるが、ジュリアはそれを大きく上回る程。
旅の最中でも、何かしら口に含んでいることが多かった記憶がある。
それだけ食べているのに、ジュリアの体型は変わらないのだから不思議だ。
「なんですか、その私を舐め回すようないやらしい目つきは」
「ごめん、ジュリアは痩せてるなと思っただけで、そういうつもりで見てたわけじゃないんだ」
「なんでそういう目で見ないんですか。貴方の妻なんですからそういうつもりになって下さいよ」
「そんなことを仰られても」
逆だろ、そこは。
この女は本当に聖女なのだろうか?
なんなら一般的な女性よりも明け透けな気がする。
「こうなったら私の女性としての魅力を一からスレイに分らせないといけないようですね。思えば、あの旅も命を預け合うパートナーとしての側面が強すぎた気がします。そのせいでスレイは私を獣欲を向けるべき相手と認識できていない可能性が大いにありますし」
「その理屈で言ったら、昨日の夜のアレはなんだったんだよ……」
俺は思う存分、心の奥底に溜まっていた感情をぶちまけたつもりだったんだが。
なんなら、ジュリアからも思いっきりその気持ちでぶん殴られたようなもんだった。
「昨日のは、私から誘ったのでノーカンです」
「そうは言うけど、あの惨状を考えると、俺から誘うのは殺害予告に等しい気が……」
「安心してください。演技ですので」
……あれ、本当に演技かなぁ。
人間としての尊厳とか踏み躙られた後みたいになってたんだけど。
そういう光景を作り出した俺が言えた義理じゃないが。
「まあ、何はともあれ、そう言うことですので明日はデートをしましょうか」
「デートね。あーはいはい」
デートって言ったらあれだろ。
恋人同士が仲良く出かけるとかいう。
…………デート?
「え、マジか。デートってあのデート!? 俺とジュリアが!?」
「なんですか他の女とデートに行く予定でもあったんですか? 新居に住み始めて一日経たずして早速浮気発言とか良い身分になったものですね。それならその女と行ってきたら良いじゃないですか。そうだとしても私はスレイを引き留めたりはしませんとも。引き留めませんけど、ずっと後をついていくことになりますけど。なんなら貴方の背中にへばりつく準備もできています。へばりつきながら、その背中を私の涙と鼻水でずぶ濡れにして差し上げましょう。そんな汚い服でデートに行くなんてバカにされること請け合いですね。まあ私だったら一向に気にしませんけど。スレイが如何にみすぼらしい格好をしようと幻滅せずに笑顔でデートに付き合ってあげると言うのに、そんな良い女を放っておいて余所の女と出かけるとかよっぽどですね。世間から白い目で見られる可能性が非常に高い、そんなリスクを背負ってまで浮気するのは勇者としてどうかと思うんですよ。なので今貴方がデートに誘うべき相手というのはもうお分かりですね。というか分かれ。はい復唱。明日デートに行きませんかジュリア様と言いなさい」
「明日デートに行きませんかジュリア様」
「よろしい」
デートという響きに驚いていたが、それ以上の質量で黙らされてしまった。
そもそも、いちいち俺を浮気男呼ばわりするのはやめてほしい。
俺がジュリア以外の女性に心を惹かれることはないのだから。
「デート行くにしても、俺ってデートしたことないからどうしたら良いか分らないぞ」
「しゃおらっ!!」
なんだ今の野太い声。
「……まあスレイが初めてデートすると言うのであれば、私がエスコートして差し上げましょう。女性に引っ張られる形でデートとか、情けない勇者様ですね。そんなスレイでも私は快く受け入れてあげます。慈悲深い聖女様に感謝なさい」
「それはどうも光栄でございます」
「気持ちがこもってないです。やりなおし」
こいつの基準が分からない。
場合によっては、さっきみたいに適当言っててもドヤ顔するのに。
そんなふうに思っていたら、食事を食べ終わったジュリアがこちらの方に移動してきて。
「言い直すまで、私はこの上から動かないですよ。そのまま足を鬱血させるが良いです」
俺の膝の上に座ってきた。
ジュリアってこんなにひっつき虫だっただろうか。
結婚する前まではここまでじゃなかったはずなんだけど。
今となっては、ことあるごとに、俺のそばに近寄ろうとしてくる。
ぶっちゃけ俺からしたら役得なので大歓迎だ。
「じゃあ、なんも言わないけどいいか? 俺はこのままで構わないし」
「スレイがそう言うなら仕方ないですね。私としたら一刻も早く離れたいと言うのに、スレイがその気なら膝から降りるわけにはいかなくなりました。全く、我儘な夫を持つと苦労しますね」
そのままジュリアは俺にもたれかかってくる。
完全に体重を預けた状態だ。
口では好き勝手言うけれど、こういう態度自体は分かりやすく素直なところはジュリアらしい。
こうして平和になった後の振る舞いからは想像しづらいけれど、旅の道中聖女らしいことばっかりしていた。
そうでもないと、人前で外面モードになる必要もないのだから当たり前と言えば当たり前だけど。
「このままだとずり落ちそうなので、しっかり固定してください。なんなら腰あたりに腕を回してくれると安定すると提言させていただきます。それを元にどうするかを決めるのはスレイに委ねますけど」
「はいよ」
彼女の要望通りに腕を動かす。
後ろからジュリアに抱きつく形になった。
聖女様はご満悦そうだ。
「そんなに引っ付いてきて、スレイは本当に私のことが大好きなんですね」
「ジュリアが言った通りにしただけだろ」
「最終的な判断はスレイに任せているじゃないですか。つまり貴方が私とスキンシップしたいという気持ちがわずかでもあるからそうしたと言うことです。はい論破」
「そりゃ大好きな嫁だし、そうしたいとは思ってるけどさ」
「…………」
おや?
普段ならこの辺りで奇妙な声を上げるところなのに、意外にもジュリアは無言だ。
ようやく耐性ができたのか。
そう思っていると。
「はいスレイ、次の指示です」
「もう指示出してることを隠さなくなってきたな……。それで、次は?」
「まず私の膝裏と脇の下に腕を通してください」
言われた通りに腕を動かす。
いわゆるお姫様抱っこの形になった。
「はい、それではこの状態で二階に連れて行ってください」
「は?」
空気が変わった。
「そのまま鍵がついている部屋に入って、横になりましょう。後は天井のシミの数でも数えておいてください」
なんでこの聖女様は勇ましいと言うか、漢気に溢れているのだろう。
「あの、明日デートに行くんじゃ……」
「貴方はその程度で力尽きるほどの体力ではないでしょうが」
「俺じゃなくてジュリアがもたないだろ!?」
「生意気な夫ですね。こうなれば私の真の実力を発揮して、スレイを分からせなければいけません。さっさと行きますよ。今日こそはヒーヒー言わせてやりますからね」
……どうしてこうなった。




