「男なんてちょっと可愛い女の子に『えー!すごーい!かっこいー!』とか言われたらホイホイついていってしまう生き物なのでしょう」
「あれだけやってなんでピンピンしてるんですか貴方は。私なんて生まれたての子鹿のように足元がおぼつかないというのに」
ジュリアがそう文句を言うが、彼女はまだベッドから出ていない。
それどころか、起き上がってすらいないのに、そんなことを言い出した。
「立ってもないのに、なんでそんなことが分かるんだよ」
「はぁ。これだからスレイは……本当に気が利かない男ですね」
そんな風にため息をつかれても困る。
彼女が何を言いたいのか考えあぐねていると、
「ん」
ジュリアがこちらに両手を伸ばしてきた。
「ああ、そういうことか。悪い、全く分からなかった」
「貴方が鈍感なのは重々承知していますから。あと、今は抱っこの気分なので」
「はいはい」
「はいは一回ですよ」
「はいよ」
両手を広げて、ジュリアを受け入れる体勢を取ると、即座に、聖女様が俺の胸に飛び込んできた。
そして、そのまま背中に手を回して、頭をぐりぐりしてくる。
……こんな可愛い人が、俺の妻で本当に良いのだろうか?
そんな湯立った考えに俺の脳みそが支配されていく。
「でも実際、スレイは全然余裕そうですよね。私はまだ体がぐったりしてるというか」
「そりゃ三日三晩ほとんど不眠不休で魔物と戦ってた時もあったし。と言うかその時ジュリアも一緒に戦ってたろ?」
とある街での防衛戦。
よくある四天王みたいな、魔王軍幹部の魔物が大勢の手下を引き連れてひっきりなしに襲いかかってきたことがある。
幸いなことに死者は出なかったが、寝る間もなく体を酷使したせいで、守り切った次の日には丸一日以上眠りこけていたものだ。
この聖女様もそれに付き合ってくれたはずだけど。
「貴方との交わりに比べたら、あの時のバトルなんて準備運動にもなりゃしませんよ。これからはあんな獣欲を一身に受け止めないといけなくなると考えると恐ろしいですね」
俺、そんなにガッついてたのか。
でもこれは言い訳させてほしい。
ジュリアが可愛くて、綺麗で、エロ……扇状的な体をしているのが悪いんだ。
うーん、ダメだなこれ。言ってることが犯罪者と変わってねえ。
もはや自首した方が良いまであるレベルの人間になってしまったのかも知れない。
……ダメだ。思考がまともじゃなくなってる。
「だから、しんどいなら無理しなくても……」
「シャラップ。そんなこと言って夫婦間のスキンシップが減ったせいで、どこぞの泥棒猫に持っていかれるくらいならこれくらい屁でもないですよ」
誰が持ってくんだよ、こんな面倒くさい男を。
ジュリア以外には受け取り手がいない系男子ですから。
「そんな心配しなくても、お前以外とやるつもりなんてサラサラないぞ。浮気とかよくないし」
「どうだか。男なんてちょっと可愛い女の子に『えー!すごーい!かっこいー!』とか言われたらホイホイついていってしまう生き物なのでしょう」
「お前は全人類の半分を相手に戦うつもりか?」
なお、それでも男性側の分が悪い模様。
「そこから『どしたん、話聞こか?』で始まり、『えーそれは奥さんが悪いね』で繋げて、『私が彼女だったらそんな寂しい思いはさせないのに』と捕まえて、『一旦私と付き合ってみる?軽い感じで』と追加を入れて、『それじゃヤろっか』で決めるんでしょう、この浮気男。そんなことしたら延々と泣きますよ」
「どこ情報? ねえ、それどこ情報なの? あと完全に言いがかりの冤罪で俺の罪を糾弾しないでくれます?」
何だその呪文。
そんな軽いノリで浮気する男と思われてるのか俺は。
あと、自分で言ってて想像したのか、ジュリアが本当に泣きそうになってる。
心なしか、しがみつく力が強くなった気がするし。
というか、浮気と言われても。
「現実的な話をしようか。お前でも失神するくらいのことを一般人相手にやったら、多分何らかの罪に問われると思うんだよね」
「…………まあ、それは、否定できないですね」
実は、ジュリアも神様からの加護のおかげでかなりパワーがある。
そこらの一般成人男性より遥かに強い聖女でこれほどグロッキーになるというのに、他の女性相手とかどうなるか想像もしたくない。色んな意味で。
それに俺は非常に力が強い。
シンプルな言葉になってしまうが、そうとしか言い表せないのだから許してほしいところだ。
普通の人間は、空を飛んでるワイバーンのところまでジャンプできないし、ドラゴンの翼を一刀両断もできない。
俺の膂力は、人間の一般的なそれとはかけ離れていると言わざるを得ないのだ。
まあ、俺は加護とかなしでそうなんですけどね。
……いや何でだよ。怖いわ俺の体。
そんな男の相手なんて、物理的にこの聖女様しかいないだろう。
「あと単純に、お前以上に魅力的な女性はいないと思ってる。世界中を旅してきた勇者様のこの観察眼が保証するぞ」
「まあ私の体はエロいですからね。背はちっちゃいのに、胸とお尻は大きくて、そのくせくびれはちゃんとありますし。全く、勇者様から下卑た視線を集めることになるなんて、こんな体になってしまって、本当に辛いですわー」
「そういうことは言ってないけど?」
自分の身体なのに、下品な評価をするな。
あと、なんでそう言いながら嬉しそうなんだよ。
「否定はしないんですね?」
「……」
ノーコメントで。
「それに、そんなことをしてお前に幻滅されること考えたら、馬鹿馬鹿しいと言うか、そんな気に全くなれないわ。せっかく結婚したんだしジュリアとはこれからも仲良くやっていきたいってのに、不和の種を撒き散らすとかなぁ」
「なるほど、自分の種を撒き散らして不和の種を撒きたくないと」
「お前本当に聖女だよな? 実は中身が中年のおっさんだったりしない?」
さっきから下品なことばっかり言ってるぞこの聖女様。
アナスタシア様。この子の教育とかどうなってるんですか。
旅してる間はもうちょい自制が効いてたんですけど。
それともこれは俺のせいですか?
この変化のせいでジュリアのことが嫌いになったとか、そういうは全然ないけど、前にも増して吹っ切れすぎてビックリする。
「まあ? そこまでスレイが私との結婚生活を維持したいと言うのであれば、その意を汲むことはやぶさかではないというか? そもそも他の女にそういう気が起きないように、私がどうにかすればいいだけですし? そうでなくっても、勇者様はこの聖女ちゃんが大好きみたいですから、まあそれに付き合ってあげるのも悪くないと言いますか? そういう信頼というか信用というか、そういうものを私に抱いているのであれば、こちらも応えなければ無作法というもの。私も貴方の妻としてその責務を全うしようではありませんか」
「そんなに肩肘はらなくても自然体でいいぞ。普段通りのジュリアが一番好きだし」
「み゛っ゛」
「あ、いつも通りのジュリアだ」
ジュリアの奇怪な悲鳴を聞いて、そんな風にちょっと安心してしまう俺であった。




