「これもこの完璧スーパー美少女聖女である私のおかげですね。勇者様は早急に私に溢れんばかりの賞賛を送ってください。送れ」
「これもこの完璧スーパー美少女聖女である私のおかげですね。勇者様は早急に私に溢れんばかりの賞賛を送ってください。送れ」
「聖女様、最高! 聖女様、最強! よっ! 間接的な自画自賛で気持ち良くなってる虚しい女!」
そう中身のない空っぽの称賛の声を上げると、聖女――ジュリアは、両手を腰に当てたまま、得意げな表情を浮かべる。
サラッと、誉め言葉ではないことも口に出したのだが、ジュリアは気にしていないようだ。
それとも、テンションがおかしくなって、まともに俺の声が聞こえていないのか。
だが、それも無理はない。
なにせ、俺たちは今、世界を滅ぼすと言われている魔王を討伐したばかりなのだから。
思えば、とんでもないところにまでやってきたものだ。
俺は少しばかり剣が扱えるだけの、片田舎に住んでいたどこにでもいる男。
それが、教会でも最高の権力を与えられている聖女様とコンビを組んで旅を続けていたというだけでも現実離れしているというのに、魔王さえも倒してしまうとは。
自分のことながら、全然実感がわかないのが正直な感想だ。
「……結局、お前も最後まで変わらなかったな。もう少し可愛げを持てよ」
そんなもんだから、心にもないことを口走って、聖女様の振る舞いを茶化し始めてしまう。
『俺だって人間なんだ。好きな子を揶揄いたくなることくらいはある』なんて正当化しながら。
本当にひどい自己正当化もあったものだ。
聖女たるジュリアは、そんな俺の軽口とは真逆のかわいい女性なのだから。
自分が勇者に選ばれでもしなければ一生会うこともなかっただろうに。
少し毒舌なところがあるが、世の男がうらやむような少女が、俺との旅を続けてくれた。
そのことに、感謝してもしきれない。
そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、聖女様はニヤリと笑いながら、
「私がこれ以上可愛くなってしまったら全人類が萌え死にしてしまいますからね。新たな魔王の誕生です。……そういう貴方も、最後までアホのバカでしたよ。私が何度、貴方の致命傷を治したと思ってるんですか?」
これまでの旅でも何度も聞いていた相変わらずの自己肯定感MAXなセリフとともに、こちらのことを非難し始める。
今までの、困難や苦難とともにあった旅のことを思い返してみた。
すると、途端にジュリアとの旅の思い出が次から次へと浮かび上がってくる。
「ははっ……いろんなことがあったなぁ……それも、もう終わりか」
終わりだ。
終わってしまった。
ジュリアとの旅が、これで終わりを告げてしまった。
魔王を打ち倒せたのは喜ばしいことだし、俺もそのことに関しては心の底から安堵している。
けれど、彼女と過ごすための理由がなくなってしまったことが、残念で仕方ない。
全く、勇者としてあるまじきことだ、と自嘲してしまう。
もともと身分違いの想いだ。
ジュリアにも聖女としての人生がある。
田舎者の俺とは、まったく別の生き方が。
そう俺が心の中で言い訳をしているのを知ってか知らずか、ジュリアが先ほどまでとは打って変わっておずおずと訊ねてきた。
「……勇者様は……スレイは、帰ったら、何かやりたいことでもあるんですか?」
「そうだな〜……故郷に帰ってのんびり暮らしたいかな」
魔王を倒したのは俺たちだけど、俺はただ、魔王によって人間が滅ぼされることを良しとしなかっただけだ。
誰もが普遍的に思っている、『明日も今日と変わらない平和な生活が待っていますように』という思いで、ここまで頑張れた。
まあ、ジュリアの前でかっこつけたかった。なんていう不純な動機もなくはないけれど。
少なくとも、魔王を倒したことで称賛されたいわけじゃないし、貴族になって贅沢したいわけでもない。
旅をする前よりも、少しだけ良い家に住んで、何事もなく過ごせたら何よりだ。
けれど、
「それ無理ですね」
真剣な顔つきの聖女様が、そんなささやかな俺の夢をあっさりと切り捨てた。
「え? なんで?」
「権力者が貴方みたいな英雄を取り逃すわけないでしょう。王族の誰かしらを貴方の妻にあてがって毎日がドキドキ☆ハラハラ☆陰謀モリモリの派閥争いへとlet's go!!ですよ」
「俺の人生お先真っ暗じゃん! そんな生活俺に合わねーよ!」
無理無理無理無理!
貴族として生活するなんて、俺には絶対に無理だ!
我庶民ぞ?勇者といえども、元は辺鄙な村に住んでる圧倒的庶民ぞ?
経営とか政治とか、そういうのはさっぱりわかりません!
それに結婚相手も政略的な意味が強いとか、ただの罰ゲームとしか思えない。
せめて奥さんぐらいは自分で選びたいんですけど。
「……これは、勘違いして欲しくないのですが」
苦悩している俺をよそに、ジュリアはなぜか顔を真っ赤にし、目を泳がせながら、ポツリとつぶやき、
「勘違いして欲しくないのですが。勘違いして欲しくないのですが!」
徐々に語尾の勢いが強くなり、
「……私と婚約しませんか?」
「…………え?」
あまりにも唐突な――けれども、俺が何より夢に描いていた提案をしてきたのだった。
「あっ別に私が貴方に惚れたとかそういうのじゃないですからね? ただ長年旅を共にしてきた仲間の未来が暗く閉ざされてしまうことを憂いた私の有り難い慈愛の意思によるものですから。神に愛されている私と婚約済みであれば王族も簡単には手を出せませんし? それに貴方のようなガサツでバカでアホの三拍子男と一緒にされてしまう王族の方が哀れでなりません。そんな男と長く付き合える女がこの星をひっくり返してもギリギリ……ギリギリ私だけしか当て嵌まらなかったので仕方なくですよ? 仕方なーく! 婚約しましょうってことですからね? あっ、だからと言って適当に扱って良いわけではありませんから、毎日愛の言葉を囁いてくださいね? これは決して私が欲しがっているわけではなく、あくまで婚約ガチ勢としての使命感というか……」
「なんだ、急に饒舌に……別に良いけどよ……!」
捲し立てるようなジュリアの言葉を半分聞き流しながら、その提案を受け入れた。
あまりにも自分に都合が良すぎて、自分の頬を引っ張りながら。
「はい、今結婚に同意する旨を言いましたね! 言質は取らせていただきましたよ! 後から『やっぱりなしで』とか言わないでくださいね! そんなことをしたら天罰覿面ですから! 神に愛された聖女様パワーを舐めないでください! それではそれを伝えるためにも、一旦私たちの国に帰りましょうか! 折角ですし、腕とか組んで凱旋しますか? 誤解されては困るのではっきり言いますが、これは私があなたとくっついていたいからとか、これが私の愛する夫なんだゾ!なんてアピールのためではなく、あくまで夫婦として、そう、仮初の夫婦と疑われないようにするためのカモフラージュですからね! 下衆の勘繰りはしないように!」
「あっはい」
……まあ、仮初とはいえ、ジュリアと結婚できるなら、それでいいか。