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巡る季節の約束  作者: ysk
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春霞の余韻~春~

巡る季節の約束


この物語は、**四季の移ろいとともに変わる風景と、変わらずに息づき続ける約束**を描いた作品です。


春、桜が舞う季節に交わされた約束が、夏の陽射しの下で揺らぎ、秋の紅葉の中で過去の記憶と交差し、そして冬の静けさのなかで新たな意味を帯びていく――。


人は時とともに変わりゆくものですが、心の奥深くに刻まれた思いは、形を変えながらも私たちのなかに生き続けます。本作では、そんな約束の **儚さと確かさ** を、季節の風景とともに紡いでいきます。


巡る季節の中で、それぞれの登場人物が見つめる過去と現在、そして未来。


彼らの **記憶の中にある「約束」** は、果たされるものなのか、それとも抱き続けるものなのか――。


四季が巡るたびに、読者の心にもそっと問いかける物語となることを願っています。

桜が満開の季節。風に乗った花びらが舞い、柔らかな霞のように景色を染める。

東屋の片隅で、桂一郎けいいちろう は静かに茶をすすっていた。


「今年も変わらず、美しいな。」


和真かずま は剪定したばかりの枝を指でなぞりながら、ふと微笑む。


「ええ。でも、不思議ですよね。桜は毎年同じように咲いているのに、見る人の心は変わる。」


桂一郎は遠くを見つめていた。

——ずっと昔、自分もここで、誰かと約束を交わしたことがあった。


 



回想:桜の下の約束(桂一郎と鉄平)


春の風が穏やかに吹く午後、東屋の下で、若き日の桂一郎と**鉄平てっぺい**は並んで座っていた。


「この桜並木を、誰もが訪れたくなる場所にしよう。」


鉄平は、手のひらで桜の花びらを受け止めながら言った。

桂一郎はその言葉を聞きながら、ゆっくりと桜を見上げる。


「俺たちにできることは、ここに立ち続けることかもな。」


鉄平は肩をすくめて笑う。


「俺はもうすぐ旅に出る。でも、帰ってきたときに、この場所がどうなっているのか……楽しみにしてるよ。」


しばしの沈黙ののち、桂一郎はぽつりとつぶやく。


「変わらないものも、きっとある。」


鉄平はその言葉に何も返さなかった。ただ、桜の枝を指でなぞる。


 



春乃の迷い


春乃はるの は川沿いの桜並木を歩いていた。

風に舞う花びらを見つめながら、つぶやく。


「昔と同じ景色のはずなのに……なんだか違って見える。」


記憶の片隅にある、幼い約束が蘇る。

そのとき、不意に聞き慣れた声が背後から届いた。


「何を考えてる?」


**悠斗ゆうと**だった。彼は春乃の隣に並び、同じように桜を見上げる。


「……覚えてる?」


春乃の問いに、悠斗は短くうなずいた。


「覚えてるさ。でも……俺たちはもう、昔のままじゃない。」


彼の声は優しかった。けれど、その奥には遠いものがあった。


 



回想:桜の下の約束(春乃と悠斗)


幼い春乃と悠斗は、川沿いの桜並木の下を駆け回っていた。

夢中で集めた花びらを両手いっぱいにすくい、春乃が悠斗に見せる。


「ほら、こんなに集まったよ!」


悠斗は笑いながら、自分の手のひらにも一枚の花びらをそっと載せた。


「大人になったら、またここで満開の桜を見ような。」


それは何気ない約束だった。春乃は深く考えずに「うん!」と笑って答えた。


そのときは、それが心に長く残る言葉になるとは、思っていなかった。

風が吹くたび、花びらは空へ舞い、やがて消えていった。

けれど、二人の言葉だけは、春の空のどこかにとどまり続けていた——。


 



紗雪の視点


少し離れた場所で、**紗雪さゆき**はふたりの様子を見つめていた。

彼女の手には紅茶のカップ。春の風がその湯気を静かに攫ってゆく。


「約束とは、果たすものなのか。それとも……ただ、抱き続けるものなのか。」


風の中に問いを放ち、彼女はそっとカップを傾けた。

桜の枝の先で、花びらが音もなく揺れていた。


 



再会:庭師としての帰郷


長い年月が過ぎた春の日、東屋の下に、かつてと変わらぬ風が吹く。


鉄平が庭師としてこの地へ戻ってきた。

剪定したばかりの枝を手にしながら、静かに言葉を落とす。


「昔の約束……果たせなかったかもしれない。」


桂一郎は茶を一口すすり、穏やかに応える。


「形にはならなかったかもしれないが……思いは、残った。」


鉄平は、桜を見上げて目を細める。


「それだけでも、悪くないな。」


ふたりは黙って、風に揺れる桜並木を見渡した。


その時、和真が剪定した枝を手に戻ってくる。


「剪定、終わりました。……来年も咲きますよ、きっと。」


若い世代の声に、桂一郎と鉄平は目を合わせ、小さく笑った。

約束は、時を超えて次の誰かへと引き継がれていくのかもしれない。


 



新たな約束


春乃と悠斗は、川沿いの桜並木の下に立っていた。

風が吹くたび、無数の花びらが空へと舞い上がり、遠くへ消えていく。


「この約束、まだ守れるかな……?」


春乃の問いは、幼い日の記憶を背負っていた。

彼女がそっと開いた手のひらの上に、乗せた花びらはすぐに風にさらわれた。


けれどそのとき、悠斗がふと見上げた枝に、

一つだけ、揺らがず残る花びらがあった。


「……きっとな。」


彼の言葉は短く、しかし確かだった。

足元には、舞い降りた花びらが静かに積もってゆく。


消えていくものと、残り続けるもの——

過去の約束は、姿を変えながら今もなおここにある。


それは春霞のように、はっきりとは見えないけれど、

ふたりの心に静かに息づいていた。


 

この物語を最後まで読んでくださり、ありがとうございます。


**桜は毎年変わらずに咲く。しかし、桜を見る人の心は、季節とともに変わっていく。**

この物語は、時が流れても消えない約束、そしてその形の変化を描いています。


桂一郎と鉄平、春乃と悠斗——それぞれの思い出と絆が交錯しながら、桜の下で語られる約束は、ただ過去に縛られるものではなく、未来へと続くものでもあるのです。


また、約束は「果たされる」ものではなく、時の流れの中で「抱き続ける」ものでもある——そんな想いを込めて紡ぎました。


読んでくださった皆さんの中にも、心に残る約束があるかもしれません。

この物語が、その約束をそっと思い出すきっかけになれば嬉しいです。


**また、桜が咲く季節に——。**


**fin**

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