38話 領主会
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いつものように執務室で仕事をしている最中、屋敷に届いた手紙を確認していたアルヴィンが、一枚の手紙を差し出した。
「なにこれ? 皇室から? 領主会の集まりのお知らせって書いてるけど」
「皇室から招待された領主が領地の様子を報告し合う会議ですね」
「そんなのがあるのね」
領主一年目の新参者。引継ぎもロクに受けていないので、まだまだ知らないことは山積み。
こうしてアルヴィンやジェームズに助けてもらって、なんとかカルディアリアム伯爵として、領主の仕事をこなしている。
「当日は陛下も参加されるので、不備がないよう、しっかり準備する必要があります」
「分かったわ。陛下から預かっている大切な領地だもの、しっかり役割をこなしているところを確認して頂かないとね」
陛下とは、ローレイからカルディアリアム伯爵の爵位を取り戻す際、いち早く承諾して下さり、お世話になった。その時も書簡でのやり取りだったから、直接対面するのは、今回が初めてになる。
オルメシア帝国の若き皇帝陛下、ウィスキー=オルメシア。
やり手の皇帝陛下であり、着任後、帝国内に蔓延った膿を次から次へと排除しており、国民からの支持も厚い。
「遠目からしか拝見したことないけど、皇帝陛下の《ウィスキー》陛下って、とってもイケメンよね。絵本に出てくる皇子様みたい! ああ、お会いするのが楽しみだわ」
この国一番の権力者で、仕事が出来て顔も格好良い! 実は一度くらい直接会って、その姿を拝みたかったんだよねー! 魅力的な人に会って、癒されたい! ときめきたいって気持ちは、何歳になっても持っているわ。
「…………フィオナ様、怒りますよ?」
「やだ、ちゃんと仕事はするわよ。これは、私の息抜きなの。目の保養なの」
勿論、節度ある対応はするわよ。間違っても陛下に、『きゃーイケメンですね! サインして下さい!』なんて言ったりしません。表面上は、大人の対応をさせて頂きます。
「俺のことをイケメンだと言っていたのに、フィオナ様は浮気者ですね」
「アルヴィンのこともイケメンだと思ってるわよ、それも一番! 私の大切な補佐官だもの」
「……そうですか、それは何より」
同じ職場で、こんなに近くで毎日目の保養が出来るなんて、ありがたいわ。神様に感謝しよう。
そんな風に神様に祈りを捧げ、普段の仕事と併用しつつ領主会の準備もしていたら、部屋の外から、大きな叫び声が聞こえてきた。
「――――放せ! 俺はフィオナに用があるんだ! お前等みたいな使用人ごときが、俺の邪魔をするな!」
「……ローレイね」
「ローレイ様ですね」
ジェームズ達によって行く手を阻まれているのか、使用人達に暴言を吐きまくる声が、不愉快で仕方ない。相変わらず離婚届に判を押すのを拒否しているが、それ以外は、今まで大人しく部屋の隅っこで暮らしていたのに、一体何の用なんだか。
「いいわ、通して」
「いいんですか?」
「ええ、いつまでも私の使用人に暴言を吐くのが聞くに堪えない」
そのまま大人しくしていれば、離婚までは放置してあげようと思ったのに、未だになんの反省も見られないようなら、容赦はしない。ごめんね? 私、前世、心優しい女神様じゃないの。全てを笑顔で許して上げれるほど、人間出来ていないのよ。
「おいフィオナ! この俺に楯突いた使用人を全員クビにしろ!」
部屋に入ってくるなり、ジェームズを指差して怒鳴るローレイに、怒りしか沸かない。
「ローレイ、貴方、誰に向かって口を利いてるの?」
「お前に決まってるだろ!」
「カルディアリアム伯爵である私に? 私の家に住まわせてもらっている分際で?」
「俺は夫だぞ! 嫁なら、夫を養う義務があるだろう!」
「では、今後、貴方が私を養っていた水準まで下げてあげるわ」
「なっ!」
「異論無いでしょう? 貴方が私にしていたことだものね?」
物置部屋の日も当たらない小さな部屋、食事は腐った食材にカビの生えたパン、虫の死骸の浮かんだスープ。お風呂も、桶とタオルを貸してあげるから、それで体を拭けばいい。
「私の使用人に舐めた口を利いたら、食事もお風呂も抜きにするわ。分かる? 貴方の立場は、この家で一番低いの」
私が過去、使用人含めた貴方達にそう扱われていたようにね。
「ふざけるな! この俺が――!」
「嫌ならさっさと離婚届に判を押して出て行って、ご実家にでも帰ったら如何です?」
「それ……は……」
急に言い淀むローレイ。
ローレイも貴族子息なのに、その実家からは、今回の件について一切、何も動きが無かった。
ご子息が嫁ぎ先で爵位を奪われたんだから、少しは動きがあるかと思ってたんだけど、ここまで反応がないと逆に怖いわ。
もうそろそろ離婚裁判にも手が届きそうだし、一度きちんと、こちらからお手紙を出さないとね。




