36話 驚きの再会
そりゃあアルヴィンほどの良い男なら皆も安心するでしょうけど、良い男過ぎて、私じゃ勿体ないわ! 数いるアルヴィンファンの女性陣から、猛反発される未来しか見えない!
至極当然のことを言ったつもりなのだが、アルヴィンは何故か、堪え切れないように笑い出した。
「あはは! まさか、そんなことを気にされるなんて思いませんでした。普通は身分差を気にされるものなんですよ」
身分? ああ、平民と貴族だからってこと?
「別に結婚しちゃ駄目ってことじゃないでしょ? 確かミラーシェだって、グランドウル男爵と結婚したじゃない」
ミラーシェは元は平民だ。その美貌からグランドウル男爵に見初められて結婚した。
「しましたけど、結局、離縁しました。貴族と平民は結婚しない方が良いと証明されたものです」
「そうなのね」
私は前世の記憶もあって、身分とかの意識が低いけど、なんとなく貴族と平民の結婚が大変なのは知ってる。特に私は、一応伯爵位だしね。
「どちらにせよ、今は既婚者だし、仕事が忙しいし、それどころでは無いわね」
仕事が忙しすぎて離婚裁判にまで手が届いていないのに、新しい再婚相手を見つけるなんて、無理。キャパオーバー過ぎて、それこそ本当に倒れてしまう。
「分かりました、では、今日はこれで引き下がりますね」
ん? 今日は?
言い方が少し引っかかったけど、気にしないことにして、そのままアルヴィンから差し出された手を取って、ベンチから立ち上がった。
そっかぁ、再婚かぁ。
もう前世と同じように生涯独身でもいいやと思っていたとこなんだけど……んー、そうね、良い相手がいたら、考えましょう。私を選んでくれる奇特な人がいるかもしれないし!
前世で普通の一般人だった私は、お気楽に独身を選べたけど、立場がある社長令嬢の娘とかなら、日本でも政略結婚があったのかな。私には無縁の世界だと思っていたけど、今世は貴族らしく、ちゃんとカルディアリアム伯爵家に貢献出来る相手なら、そこに愛がなくても結婚しないとね。
――次に私達は、リンシン孤児院に足を運んだ。
仕事でも行く予定があったけど、リンシン孤児院には仕事関係なく立ち寄りたかったので、アルヴィンにお願いして、連れて来てもらった。
「今日は孤児院で炊き出しがあるの」
最近は忙しくて様子を見に行くことが出来なかったから、今日こそは仕事の合間をぬって、睡眠時間や休憩時間を割いてでも手伝おうと、朝から決めていた。
でもまさか、そこであの人と再会することになるとは、夢にも思わなかった――
「ミラーシェ?」
目を疑うとは、まさにこの事だ。
私達の目の前には、家を追い出したミラーシェが、三角巾とエプロンをつけて、炊き出しのご飯を子供達に配っているのだから。
いや、相手のミラーシェも、私とアルヴィンの姿を見るなり固まってるけど、衝撃は私達の方が大きいはず。まさか、ミラーシェが孤児院にいるなんて……!
「どうしてここにいる? まさか、またフィオナ様に危害を加えるつもり?」
ミラーシェを警戒して、私を庇うように一歩前に立つアルヴィン。
「そ、そんなんじゃないわ! 今更、何もしないわよ!」
確かに、目の前にいるミラーシェに以前までの面影はなく、着飾らない素朴な服に、厚化粧を脱いだ素肌。その両手は、傷一つなかった綺麗な手ではなく、水仕事で荒れた、働く女性の手をしていた。
「おばちゃん! さっさと寄越せよノロマ!」
「なっ! 口の悪いガキね!」
たまたまシングの接客中だったミラーシェは、止まった動きを叱咤され、ぎこちない動きで、お玉を使い、寸胴から豚汁をお椀に入れた。
……大丈夫? めっちゃ豚汁こぼれまくってるけど……
「おや、フィオナ様にアルヴィン様! 来て下さったんですか!」
「ガーナおばさん」
他の用事をしていたのか、遅れて奥から出て来たガーナおばさんは、いつもの豪快な笑顔で、私達を出迎えた。
「お二人に紹介しますね、こちら、ミラーシェ! ちょっと前から私が面倒みてやってるんだ!」
「……そう、ガーナおばさんが……」
面倒見が良い方だから、困っているミラーシェを放っておけず、声をかけたのでしょう。
視線をミラーシェに戻すと、彼女は鋭い視線で、私を睨みつけた。
「何よ、落ちぶれた私を笑いに来たんでしょう!? 思う存分、笑えばいいじゃない!」
相変わらず敵意丸出しね。まぁ、人はそんなに簡単に変わりませんか。
「孤児院の炊き出しを手伝ってくれてありがとう、ミラーシェ」
「な……」
「こらミラーシェ! フィオナ様が働く人を馬鹿にするわけないだろう!」
おお、ガーナおばさん、強めのげんこつをミラーシェの頭にぶつけたわね。
「痛いわ! もうちょっと優しくしなさいよ!」
「あんたが生意気な口利くからだろうが!」
ギャーギャーと言い争いをしている二人。自然なその姿からは、これが日常化しているんだなと感じた。
「すみませんフィオナ様。ミラーシェは元貴族夫人で、口は悪いわ、高飛車だわ、何も出来ないわ、で手のかかる子でして」
「言い過ぎだわ!」
「事実だろう!」
話を聞くに、元貴族夫人であることは話しているみたいだけど、私との関係は詳しく話していないみたいね。意図して隠していたのなら残念だけど、今日を限りに伝わることになると思うわ……アルヴィンは抜かりない男だもの。必ずミラーシェがどういった人物なのかを、注意喚起も兼ねて伝える。




