33話 イリアーナにも追い出されました
カルディアリアム領の役所――
「フィオナ様に心配されることは何もありません」
……またか。
役所にてイリアーナと対面、何か困ったことは無いかと聞いた返答は、以前、前世を思い出したばかりの頃に出会った時と全く同じだった。
「じゃあ、町の視察に行く――」
「いいえ、行く必要はありません。フィオナ様は私達に任せて、大人しくしていて下さい」
こちらもカロン同様、仕事をするのを拒まれる。何で? 私、何かしちゃった? 前まで普通だったのに! 折角、わだかまりも解けて仲良くなれたと思ったのに……
「イリアーナ、そんな言い方をしたら、フィオナ様が誤解されますよ」
私の感情の変化に気付いたアルヴィンが諭すように声をかけると、イリアーナはハッとしたように慌てて否定した。
「え? 嫌だ! 違いますよフィオナ様! フィオナ様が邪魔だとか、必要無いとか、そういうことじゃありませんから!」
「違うの?」
「違います! そんなはずありません!」
なら良かったと一先ず胸を撫で下ろすが、疑問は残る。何故今まで普通に仕事させてくれたのに、急に仕事をさせてくれなくなったのか。
その答えは、すぐにアルヴィンがくれた。
「フィオナ様が働き詰めなので、皆、心配してるんですよ」
「……私、そんなに働いてないわ。毎日家に帰れて、温かいご飯を食べて、ベッドで眠れているのよ?」
家に帰れず食事も満足に取れず、会社に泊まり込んだあの社畜時代に比べれば!
「うん、それはどこの過酷な環境なのかな」
「フィオナ様が、ずっと働き詰めだと聞いて……少しでもお休みが取れたらなと、フィオナ様の分の仕事をしておいたんです」
もしかして、カロンも同じ理由? 私の体調を気遣ってくれているの? なんて優しい部下達なの!
「ありがとう、イリアーナ。でも、私は大丈夫よ」
「そう言ってお休みを取らないと、ジェームズから聞いています」
発案者はジェームズなのね。
「いいじゃないですか、お言葉に甘えて休暇を頂いたら如何ですか? そうだ、俺とこのままデートしましょう、フィオナ様」
「デート? アルヴィンと?」
デート、なんて心響く単語なの……! あれでしょう? 男女が二人っきりでお出掛けしたりするやつでしょう? 悲しきかな、したこと無いわ!
「……アルヴィンと一緒だなんて、折角のお休みなのに、フィオナ様が休めないのではありませんか?」
「嫌だなぁイリアーナ、フィオナ様のことです、放っておいたら、勝手に仕事して、休暇を取らないかもしれないじゃないですか。それなら、俺とデートした方がいいでしょう?」
「いいえ、私はそうは思わないわ。フィオナ様は一人でゆっくりお過ごしになるべきよ」
成程、アルヴィンは私を見張る監視役というワケね! ……それはそれとして、どうして私の休暇をめぐって、二人の間でそんなに火花が散ってるの? もしかして仲悪いの? 間に立たされた私が戸惑うくらいには、バチバチなんだけど。
「アルヴィンとデートなんて無理よ」
「えー、酷いなぁ」
「そうですよね、フィオナ様! 折角のフィオナ様の貴重な休日をアルヴィンなんかに潰されたくないですよね!?」
イリアーナ、とても失礼なこと言ってるわよ。
「そうじゃなくて、不本意だけど、私はまだ既婚者だもの。既婚者が他の相手とデートをしては駄目でしょう?」
夫婦関係なんて結婚当初から破綻していて、離婚裁判の準備を進めているところだけど、まだ私とローレイは書類上の夫婦。既婚者として、節度は守らないとね。
「あれだけフィオナ様にご迷惑をかけておいて、まだあの男、離婚届に判を押していないんですね……!」
イリアーナ、目が怖い、怖い。
「私は別に休まなくても大丈夫なんだけど――」
「駄目です、休んで下さい」
「……はい」
どうしてだろう、カロンに言われるよりもジェームズに言われるよりも、イリアーナに面と向かって言われると逆らえない!
その後、私はカロンの時と同じように半ば強引に役所から追い出された。
ただ今の時刻、午前十時――とても早く仕事が早く終わってしまったわ。
「フィオナ様、お休みですね」
私と一緒に追い出されたアルヴィンが何故か嬉しそうに、どこか色気の含んだ妖艶な笑みで、私に微笑みかけた。
わー格好良いー、イケメンって微笑むだけで絵になるからいいよね。
「そうね、折角、皆が作ってくれたお休みだから、休暇を満喫しようかしら。アルヴィンもゆっくり休んで頂戴」
私が休みを取れていないということは、補佐官であるアルヴィンも同様に休みをとれていないことになる。そんな貴重な休日を、私のために使わせるのは申し訳ないわ。
「……まさか、本当にお一人で休暇を過ごすつもりですか?」
「ええ」
前世、会社に命を預けていた社畜だったけど、それでも年に数回は、お休みを頂くことがあった。
体が疲れ切って泥のように眠って過ごすことが殆どだったけど、体が動く時には、まだおひとり様が流行らない時期から一人で映画を観たり、買い物をしたり、居酒屋や回転寿司、焼肉にも一人で行っていたし、冬のクリスマス、恋人達が集うイルミネーションを前に、『ああ、あの人、女一人でこんなとこに来てる』って可哀想な目で見られても、全然平気。




