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31話 ミラーシェのその後

 


 ◇◇◇




「どうして私が、こんな目に……」


 ミラーシェはフィオナにカルディアリアム伯爵家を追い出された後、元夫のことを思い出し、すぐに復縁を求めに会いに行った。再婚していたことは知っていたが、一度は自分の美貌で虜になった男、取り戻すのは容易だと思ったのに、手痛く追い返された。

 他に頼る宛も無いミラーシェは、ふらふらと彷徨い続けることしか出来なかった。

 何日も歩き続け、薄汚れた服。勿論、お風呂で体を綺麗にすることも出来ず、自分の体からは嗅いだことのない異臭がし、食べる物が無く空腹で、どこかの店のゴミ箱で残飯を漁った姿をガラス越しに見た時には、涙が溢れた。

 少し前までは、大きな屋敷で綺麗な服を着て、豪華な食事を食べて、使用人を従えていたのに、今は見る影も無い。


「……地獄だわ……」


 こうなって初めて、自分では何も出来ず、誰も助けてくれないことに気付いた。このまま、本当に野垂れ死ぬしかないと思うと、絶望だった。


「フィオナさんがカルディアリアム伯爵の座をローレイ様から奪わなければ……!」


 でも、本来、カルディアリアム伯爵はフィオナのもので、浮気した娘と、その母親である自分があそこにいること自体が、異質だったのだ。

 フィオナさんを置いてあげていたんじゃない、自分達が、置いてもらっていたのだ。

 口ではまだ見当違いな恨み事を吐くが、心の中ではもう理解している。過ちを犯したのは自分達の方で、フィオナに逆らうべきでは無かったと。今のフィオナはもう、一人では生きていけないと泣く気弱で逆らえない女性では無い、一人で立ち向かって行く強い女性なのだと。


「はぁ……はぁ」


 もう何日、日にちが過ぎたかも分からない。

 いよいよ目の前が真っ暗になり、歩くこともままならなくなった。ただ、意味も無く歩き続ける。


 ああ、私、このまま死ぬのね。


 本気でそう思った。


「――あんた、大丈夫かい?」


「え……」


「随分顔色が悪いようだけど、しかも懐かしい匂いもするねぇ。昔、孤児院の子達がお風呂に入れなかった時と同じ臭いがするよ。ケネディ! この子にちょっとお風呂貸してやってよ!」


「まぁ、大丈夫ですか? すぐに用意しますね」


 意識が遠のいて声をかけられるまで気付かなかったが、美味しそうな味噌の匂いが鼻に運ばれ、目を見開いた。体が無意識に匂いにつられ、ここに来たのかもしれない。


「あ、あ……食事!」

「何だい、お腹空いてるのかい? 今炊き出ししてるから、食べていきなよ!」


 何の変哲もない塩おむすびに、野菜がたっぷり入った味噌汁。

 以前、こんな食事を出されたら、『こんな貧相なものを私に食べさせるなんてありえない!』と、怒って捨ててしまっていたかもしれない。


「……美味しいわ、とても……っ!」


「そうかいそうかい、それは良かった!」


 数日ぶりの温かい食事は、今まで食べたどんな豪華な食事よりも、美味しかった。


「ここはリンシン孤児院、フィオナ様が運用してる孤児院さ! もう経済的にも炊き出しは必要無いんだけど、子供達がやって欲しいって言うからね! 今でもたまにこうして炊き出ししてるのさ!」


 ミラーシェが辿り着いたのは、リンシン孤児院だった。そこで、大衆食堂を営むガルパナリこと、ガーナおばさんと、孤児院の責任者ケネディと出会った。

 何も知らないガーナおばさんは、食事が終わり、お風呂にも入って綺麗になったミラーシェに、フィオナとの出会いから孤児院の引越しまでの経由を、これでもかというほど話した。


「そう……フィオナさん、そんなことをしていたのね」


 空腹が収まり、体も綺麗になると、落ち着いて物事を考えることが出来た。

 自分達が贅沢三昧をしている最中、フィオナは必死に働いていて、望まずとも、フィオナに命を救われた気がした。


「あんた、行く宛が無いならうちで働くかい? 人手は募集してるよ!」


「この私が、働くですって?」


「当たり前だろ、働かなきゃ生きていけないんだから」


 至極当然のことを言われ、言葉に詰まった。

 そう、もうどう足掻いても、自分の力で生きていくしかないのだ。あのまま野垂れ死んでもおかしくなかった自分に与えられた、これが最後のチャンス。


「いいわ、働いてあげます」


「働かせて下さいだろうに! いいかい? うちは甘くないよ! ビシバシ行くから、覚悟しな!」


「わ、分かったわよ!」


「孤児院にもいつでも来て下さい。お風呂をお貸ししますよ」


 まだまだ意識は変えられないけど、もう地獄に落ちるのは懲り懲り。この出会いに感謝して、生まれ変わって、生きていくしかない。


「……一応、礼を言っておくわ! ありがとう……ガーナおばさん、ケネディさん」


「あいよ!」

「いいえ、困った時は助け合いですから」


 地獄に落ちた時に指し伸ばされた手はとても温かくて、ミラーシェは初めて、人の優しさに感謝した。





 ◇◇◇



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