30話 彼女次第
「――い、嫌、待って、許して頂戴!」
力無くミラーシェの腕から滑り落ちたボストンバックが、地面に音を立てて落ちた。
「許すとは?」
「失礼な態度を取ったことを謝るわ! だからお願い、追い出さないで頂戴! 私、ここを追い出されたら行く宛が無いのよ! 恋人にも、お金が無いならいらないって捨てられたの!」
何故それが分かっていながら、余計な真似をされるのか……謎理論過ぎるでしょう。
「私の忠告を無視したのはミラーシェでしょう」
「ごめんなさい! 許して!」
「許す必要が無いわ」
「私が野垂れ死んでもいいっていうの!?」
「どうぞ」
「そんな……!」
どうして私が、ミラーシェに野垂れ死んで欲しくない、なんて思うと思うのかしら――私を虐めぬいた相手のことを、そんな風に思うワケないのに。
「貴女がどこで野垂れ死のうが、私には関係ないわ。嫌いな人の心配してあげれるほど、私は出来た人間じゃないの。どうぞ、好きに生きて下さい」
別に進んで野垂れ死んでと思ってるワケじゃないのよ? 人間やる気になれば、一からでも生きていけると思うの。借金塗れの残りの人生、精一杯頑張れば、最低限の生活は出来ると思う! 多分! 頑張れ!
「何なのよ……どうして!? フィオナさん、そんな女じゃなかったじゃない! 気弱で、何も反抗しない女だったじゃない!」
「頭を打って覚醒しました」
両隣でジェームズが以前、私が使っていた『猛省して覚醒しました』と違うことに不思議がり、発案者のアルヴィンは吹き出したように笑ったけど、スルーしました。
「もういいかしら? 私、貴女達と違って忙しいの」
「待って! お願い! お願いしますフィオナ様! 私、ここを追い出されたら今度こそ行く場所が――」
「お帰り頂いて」
「かしこまりました」
ジェームズは他の使用人に命じ、ミラーシェを屋敷の外に連行した。外に追い出すまで付き添ったのは、ジェームズなりの最後の見送りだろう。
「流石フィオナ様、斬り捨てる時は一瞬ですね。まぁ、まだ甘い気もしますが……」
甘いかしら? まぁでも、及第点は頂けたようで何より。アルヴィンは最初からあの人達を追い出したかったものね。
「あそこでミラーシェを許しても仕方ないもの」
きっと反省もせずに、また月日が経ったら、同じことを繰り返すに決まってる。
「どうせ遅かれ早かれ、ローレイと離婚すれば全員追い出すつもりだったし、少し早まっただけよ」
ここに住ませている間に、私にちょっかいをかけるんじゃなくて、新しく住む場所を探すなり仕事を探すなり、有意義に使えば良かったのに。今更言っても仕方無いけど。
「ねぇアルヴィン、この申請のことなんだけど――」
「はいはい、本当に仕事熱心なご主人様ですね」
私の頭の中は、もうミラーシェのことは忘れて、仕事のことでいっぱい。アルヴィンはそんな私を見て、少し呆れたように微笑んでいた。
――――それから暫くして、元旦那であるグランドウル男爵に復縁を求めたミラーシェが手酷く追い返された話を、風の噂で聞いた。
ミラーシェはグランドウル男爵に嫁いだ際、家族、親戚、友人の全員と、自分から縁を切ってしまっているので、誰にも頼ることが出来ず、『男爵夫人になった私と貴方達では、住む世界が違うのよ』と横柄な態度を取った彼女を、誰も進んで助けようとしなかった。
今はどこでどうしているか知らないけど、住む場所も無く、食べる物にも困る生活をしているらしい。これが彼女の末路だとしても、自業自得だと思うだけで、特に他の感情は生まれなかった。残念、前世の私は、心優しい女神様じゃないみたい。
ミラーシェがこれから先、どう生きるかは、彼女次第。




