28話 そんな未来はこない
「フィオナ様は、こんな私にやり直すチャンスを与えて下さった、心優しい方です。そして、こんな私を、平等に評価して下さる方……私は初めて、心から誰かに仕えたいと思いました! 私の今の主人は、フィオナ様です!」
「たかがメイドのクセに私に逆らう気なの!? 貴女なんて、すぐにクビにして路頭に迷わせることが出来るのよ!」
自分の思い通りにならないことに苛立ちを隠さず、ミラーシェは物置部屋にあった硝子の陶器を怒り任せにモカに投げ付けた。幸い、モカには当たらず、足元に落ちたが、陶器はバラバラに砕けた。
やれやれ、傲慢な女性だ。もう少し様子を見たかったが、カルディアリアム伯爵家の使用人に手を出されては、困る。
「――勝手に彼女をクビにしないでくれるかな」
「アルヴィン様!」
アルヴィンはフィオナに命じられた通り、ミラーシェの様子を注意して見ていたが、彼女はすぐに行動を起こした。
モカだけでなく、カルディアリアム伯爵邸に残った他の使用人全員に声をかけ、どれもモカと同じような反応を返された。当然だ、彼女達は、フィオナに拾われたことに恩義を感じている。
フィオナを裏切ることは無い。
「モカ、清掃ご苦労様、ここはもういいから、仕事に戻りなさい」
「は、はい」
出来れば全員まとめて追い出したかったので、キャサリンやローレイも巻き込んで行動してくれればと思って今まで泳がせていたが、あの二人は動かなかった。ミラーシェの独断専行。
娘のためにしているのか、はたまた自分のためにしているのか。さて、俺に悪事が見付かったミラーシェはどう動くかな。
「貴方、確かフィオナさんの補佐官とか言ったわね」
「ええ、アルヴィンと申します、ミラーシェ」
ここの使用人は以前からのクセか、ただの愛人の母親であるこの女を、様と敬称を付けて呼ぶが、生憎、俺はこんな女に礼節を弁えるつもりはない。案の定、ミラーシェの眉はピクリと上がり、不愉快な様子が伺えた。
「貴方、私になんて口の利き方をしているの! 補佐官とはいえ、たかが使用人の分際で!」
「おかしなことを言いますね、ミラーシェも、今はグランドウル男爵に離婚され平民に戻ったと聞きましたよ」
「それは……!」
ミラーシェもキャサリンの実母だけあって、実年齢よりも若く見える、見目美しい女性だった。その美貌を生かして、元夫であるグランドウル男爵と結婚し、男爵夫人という立場を手に入れたが、自身の浮気と浪費が原因で離婚された。
離婚して平民に戻ってもまだ、貴族夫人の地位が忘れられず、娘が前カルディアリアム伯爵の心を射止めたことで、また、自身の立場が上になったと錯覚した。
「フィオナさんなんかにカルディアリアム伯爵が務まるはずないんだから、ローレイ様がカルディアリアム伯爵に戻るに決まっているの! 私は、未来のカルディアリアム伯爵夫人の母親よ!」
「そんな未来はこない。例え、フィオナ様がカルディアリアム伯爵でなくなっても、ローレイ様に爵位が渡ることはない、即ち、ミラーシェが伯爵夫人の母になることはない」
「何を言うかと思えば、フィオナさんが爵位を渡すのは、ローレイ様以外いないわ」
「……ここで貴女とその議論を交わす気はない。それで? ミラーシェは何をしていたのかな? フィオナ様に大人しくしていろと忠告されたのを忘れたのか?」
「ふん、あんな気弱な女の言うことを聞く必要はないでしょう」
「気弱、ね」
成程、ミラーシェはまだ、昔の彼女しか知らないのか。だからこんなに簡単に馬鹿な真似を仕出かす。
「丁度いいわ、アルヴィン、貴方が私達の味方になりなさい」
「はい?」
「補佐官なんてするくらいだから、頭は切れるのでしょう? それを私達のために役立ててあげようと言うのです。感謝して、早くフィオナさんを失脚させなさい」
愛人の母親という立場で、どうしてこんなに一貫して偉そうな態度が取れるのか……フィオナは、こんな理不尽な暴言に耐えてきたのか。
今のフィオナなら信じられないな。
「お断りしますよ、誰に仕えるかは、自分で決めたいので。少なくとも、貴方達のような愚かな方に仕える気はないかな」
「何ですって!?」
「あまりフィオナ様を舐めない方がいい。普段はお優しい方ですが、敵対する相手には容赦しない方だよ」
それはもう惚れ惚れするほどに。
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