27話 すぐに仕出かす余計な真似
カルディアリアム伯爵に自分が一番相応しいと勘違いしている無能な男。
ローレイなんかに爵位を返すことになるなら、皇帝陛下に爵位をお返しして、新しい有能な方を寄越してもらった方が百倍マシよ。
「そんな未来は未来永劫こないので、さっさと離婚届に判を押して、出て行って下さい。ああ、ついでにそこの浮気女と母親は連れて行って下さいね。残されても困りますので」
言っておきますけど、離婚届に判を押さないローレイは追い出せないにしても、浮気女とその母親をまだここに置いてあげているのは、何だかんだ言っても、私の優しさですからね。
本当はいつ追い出しても構わないのよ?
「わざわざ私がここに来たのは、貴女達に釘を刺すためよ。余計な真似をせず、大人しくしていれば、まだ暫くはここに置いてあげるわ。私、優しいから」
「まぁ……! フィオナさんが私達を置くだなんて!」
悔しそうに唇を噛み締めるミラーシェ。
貴女達曰く、気弱な箱入り娘の私のことを、『ここに置いてあげていた』だものね。カルディアリアム伯爵邸が誰の家なのかも理解せず、愚かしい限りです。
私も貴女達を置いてあげるわ。
でも、私に逆らうなら、話は別。余計な真似をすれば、今度こそ追い出す。
帰る場所の無いキャサリンとミラーシェにとっては、死活問題でしょう? 追い出されたくなければ、大人しくしていなさい。大人しくしていれば、優しい私は、まだ暫くは家に置いてあげるんだから。
私の発言に、キャサリンはまるで意地悪な義姉に虐められた可哀想なヒロインのような涙の溜めた目を、ミラーシェはまるで憎い親の仇を見るような目を浮かべた。
部屋を出てすぐ、私はアルヴィンに声をかけた。
「あの人達に暫く注意しておいて、ジェームズにも伝えて」
「分かりました」
わざわざ忠告に来てあげたけど、あの人達はきっと分かっていないでしょう。
「良かったわねアルヴィン、あの人達を追い出せるかもよ」
「俺としては追い出したかったので、望むべき展開ですね。あの母親に期待しますよ、余計な真似をして、フィオナ様の怒りを買うのをね」
「余計な真似をするのを期待するのね」
普通は忠告したんだから、大人しくしているのを期待するものなのに、なんだか面白いわね。
さて、アルヴィンの期待通りに、ミラーシェは余計な真似をするかしら。アルヴィンとジェームズに任せて、私は大人しく結果を待つことにしましょう。
◇◇◇
カルディアリアム伯爵家の小さな物置部屋――ここは、フィオナがローレイに追いやられていた部屋だ。
今は物置部屋としての機能を取り戻しているが、この場所はフィオナが過ごした部屋として、特別な想いを込めて綺麗に綺麗に清掃されていた。
「ふぅ、今日も綺麗になりました」
この部屋を任されているモカは、かつてはキャサリンに媚びを売り、フィオナにストライキを起こしたメイドの一人だったが、今では心を入れ替え、懸命に仕事に打ち込んでいるのが伺えた。
「ちょっと、そこのメイド」
「! ミラーシェ様……!?」
清掃を終えたモカのもとにやって来た人物に、思わず彼女は驚き、身構えた。
「貴女、モカと言ったわね? 確かキャサリンが仲良くしてあげていたメイドだわ」
あげていた、と、どこまでも上から目線を貫くミラーシェの物言い。
「……私に何か御用でしょうか?」
「貴女も知っているでしょう!? フィオナさんが調子に乗って、女当主の真似事をしているのを! こんなこと、許されることでは無いわ! それなのに、どいつもこいつも、フィオナさんに懐柔された使用人ばっかり! 誰も私達の言うことを聞かないのよ!」
それもそのはず。
以前、ローレイが当主だった時にいた使用人は数人を残して全員が解雇され、今はフィオナが信頼した使用人達だけで構成されている。使用人が、ミラーシェの命令を聞くはずが無い。
「部屋だって誰も清掃にも来ないし、身の回りのお世話もしにこない! 食事だって、平民が食べるような質素な物ばかりよ!」
フィオナが出されていた腐った食事よりも遥かにマシなのだが、ミラーシェは満足していなかった。
「フィオナさんがカルディアリアム伯爵に相応しいはずがないわ! すぐに私達の方が正しいと理解されるはずなの! だから貴女も協力して、何かフィオナさんの不利になりそうなものを掴んできなさい。ああ、後は部屋の清掃と、身の回りのお世話、食事ももっと良い物を持ってきなさい」
「何で私が……」
「貴女は私達側の人間でしょう。黙って言うことを聞きなさい、たかがメイドに、拒否権なんて無いんだから」
モカが以前、キャサリンと一緒になってフィオナを悪く言い、冷たい扱いをしていたのは紛れも無い事実だった。そうすれば、キャサリンは機嫌が良くなって、モカ達、使用人に甘い汁を吸わせていたから。
「お断りします」
「何言ってるの、拒否権なんて無いって言ったでしょう!」
「私の今の主人は、フィオナ様です!」
モカは、そんな自分を、とても後悔していた。




