14話 休暇を頂きます
滞在時間およそ五分! ほんとに顔だけ見せにちょっと寄ったみたいな感じになりましたね。
「良いのですかフィオナ様!? あんな無礼な態度を許して!?」
「書類関係の報告は問題無く届いているし、今は様子を見るわ。領主の力を必要とせずとも運営出来るなんて、とっても頼りになる部下じゃない」
「それはそうかもしれませんが……」
「そうそう、私、今から休暇を取ろうと思うの」
「休暇ですか?」
「ええ、最近働き詰めで休みを取れていなかったし、いい機会だから、町をぶらぶら散策しようと思って。休暇中に町をぶらぶら探索するのは、私の自由でしょう?」
「ああ、そういうことですか」
流石はジェームズ、すぐに私の意図に気付いたみたいね。
名付けて、休暇と見せかけて町の様子を見て回ろう大作戦です! 何の捻りも無い作戦名だけど。
「折角だから、ジェームズもゆっくり休んで頂戴」
「お一人で町を歩かれるおつもりですか?」
「? 勿論」
どうしてそんなことを聞くの? ――と、そう言えば私、過保護に育てられ過ぎて、一人で町を歩いたことが無いんでしたっけ。
「大丈夫よ、会社だって一人で行ったわよ」
あの時は誰も馬車を出してくれませんでしたから、一人で早朝から散歩気分で向かいました。
「ですが……」
「お付きの者が傍にいるなんて目立ってしまうもの、一人で軽くぶらぶらするだけだし、心配しないで」
過保護で育った私をジェームズが心配する気持ちは分かるのですが、前世でずっと一人で過ごして来た私にとって、一人で町を歩くなんて普通なんですよね。
「……はぁ、仕方ありませんね。馬車は置いていきますので、何かあったらすぐにお戻り下さい」
「ありがとうジェームズ」
カルディアリアム領土は、良くも悪くも平凡な領土だった。
葡萄畑が広がる土地に、帝都ほどでは無いが、そこそこ進んだ経済に文化。犯罪は比較的少なく、大きな問題が無い平和な町――そう、お父様が領主だった頃までは。
三年前、私が十九の時にお父様が亡くなり、ローレイが領主になってからは、税を無駄に引き上げたために領民達の生活は困窮。経済や文化の発展は止まり、ローレイとキャサリンが引き寄せた友人達が中心になって、横領や賄賂、一般の領民達に対する横暴な振る舞いが目立つようになった。
このままでは腐敗の道を辿るしか無かったこの地を守ってくれていたのが、イリアーナ達、役所で働く職員だ。
彼女達からすれば、今まで夫に好き勝手させておいたクセに、今更しゃしゃり出てきて何様のつもり? と思われるのも仕方がない。しかも、彼女達の知る私は、何も出来ない気弱な箱入り娘だしね。
「はいよ、お嬢ちゃん、出来たてのパン一つだ! 温かいうちに食べてよ!」
「ありがとう」
以前、会社に行く途中にも立ち寄ったパン屋で、今日も出来立てのパンを購入する。
ここのパン、とっっっっても美味しかったんですよね! だからまた食べたいって、ずっと思っていたの。
「お嬢ちゃん、前もパン買ってくれた子だよな」
「あら、私のことを覚えてくれているの?」
「まぁな! 前来た時も思ったけど、あんた、あの箱入り娘のフィオナ様にそっくりだな! ま、別人だってのはすぐ分かったけどよ」
「あら、何故別人だと思ったの?」
「だってよ、そのお嬢様、箱入り過ぎて一人で買い物も出来ないんだぜ? そんなお嬢様がお付きもつけず一人で町でブラブラ散歩なんて出来ねーだろうし、別人に決まりだろ!」
「へーそうなのね」
残念ながら、私がその箱入り娘のフィオナ様です。
「最近になってあの馬鹿夫から伯爵の爵位を取り戻して、カルディアリアム伯爵家の女当主になったらしいが、あんなロクでもない男からフィオナ様に領主が変わって良かったよな! ま、フィオナ様は領主として何も出来ねーだろうけど、役所の皆さんの邪魔さえせず、お飾りの領主でいてくれれば万々歳だ!」
「そうね」
「いやー半年前までは正直、もう駄目かと思ったけど、《アルヴィン》様が来てから風向きが変わったよなー」
「アルヴィン様?」
「知らねーのか? 半年前に役所に来た青年で、めっちゃ優秀でよ! ローレイ様の目をかいくぐっては、俺達のために税金を取り戻してくれたり、必要な申請を通してくれたり、領民のために頑張ってくれてるんだぜ!」
そう言えばジェームズもそんなこと言っていましたね、優秀な新人が入ったと。成程、そのアルヴィンという方が、あの申請書を作成した人物なのね。
「頭も切れて顔も良いから、町の女は皆、アルヴィン様の虜さ! ま、イリアーナが脇をきっちりガードしてるから、誰も迂闊に近付けないがな! いやーイリアーナにもついに春が来たか! って感じだな!」
「へー、イリアーナが……」
ちょっと意外かも、イリアーナも前世の私と同じで、男に興味が無くて仕事に一直線なタイプだと思っていたのに。そんなに格好良くて魅力的ってこと? それは気になる!
「私も会ってみたいわ」
「ここで暮らしてりゃあ、その内会えるだろうよ」
「それはとても楽しみね」