欲しいものと欲しくないもの
捕虜として連れ帰ったティアは、ゲストルームで従者たちから手厚く看病された。
そして彼女が言っていたように、一晩眠ると熱も下がり元気になったようだった。
翌朝に、その知らせを自室で聞いた俺は、早速ティアに会いに行った。
はやる気持ちを抑えながら廊下を進む。
ティアの滞在している部屋の前についた。
けれど中には先客がおり、少し開いている扉からネイロの声がした。
「今回のアイツの様子がいつもと違うのは、お前が熱を出したことと関係があるのか?」
俺は扉を開けようと伸ばしていた手を思わず引っ込めた。
「うーん。あるのかな? 記憶を消し過ぎたのかも?」
ティアの元気そうな声もした。
中を覗いてみると、ベッドの上で上半身を起こして座っているティアと、横に立っているネイロが見えた。
何で2人で話してるんだろう。
面識が以前からあるような雰囲気だ。
俺が少し混乱している中、ネイロの声がまた聞こえだした。
「……何を企んでるんだ?」
「ウロボロスの犬には教えないわ」
「チッ……けどそろそろ決着をつけないと、上層部が痺れを切らしているぞ」
「……あんな外道たちのことなんて知らないっ!」
「このままだと、そいつらが好きな選択をするぞ」
「…………ちなみに貴方はアドニスに勝って欲しいのよね?」
「あぁ。そうだ」
「良かった。私と一緒だね」
「…………お前……」
「…………」
しばらく2人の間に沈黙が流れた。
「とにかく、いつかは決着をつけないといけないからな」
ネイロがそう言い捨てると、扉に向かって歩き出した。
俺は扉を開けた時に裏になる部分に、慌てて隠れた。
ネイロは荒々しく扉を開け放ち、俺に気付くことなく去って行った。
……2人はウロボロスについて喋っていた。
ネイロは何故か早く決着をつけろみたいに言っていたけど。
上層部?
……よく分からない。
…………
俺はいろいろ思う所があったが、ひとまずティアの様子を見る為に部屋に入ろうと声をかけた。
ーーーーーー
「アドニス、来てくれたんだね」
部屋の中に入ると、ベッドの上で体を起こしているティアが笑顔で迎えてくれた。
そのあどけない笑顔を見ると、可愛いなと思って胸が高鳴る。
さっきネイロと話していたことも気になるけど、彼女の顔を曇らせたくない気持ちが働き、胸に一旦しまいこんだ。
「気分はどうだ?」
「だいぶ良くなったよ。ありがとう」
俺はベッドの端に腰かけ、ティアに体を向けた。
そうして彼女と近くで見つめ合う。
「ウロの戦場でも言ったけど、好きだ」
ティアの赤い瞳に喜びの色が宿ったのが見えた。
けれど一瞬で消えて無くなった。
「……アドニスのその気持ちは、植え付けられたもの……貴方の本心じゃないんだよ」
ティアが悲しそうに笑い、目線を逸らした。
「どういうことだ?」
「私を見ると、条件反射で好きって思うように暗示がかけられてるの」
「何のために?」
「……ウロで、私が勝ちやすいように……」
「…………」
ティアがよく分からないことを言い出した。
??
俺がティアを好きだと思う気持ちは、偽物?
すぐには信じられないような話だ。
俺が眉をひそめながら思案していると、ティアは目線を俺に戻して語り出した。
「作られた好きは欲しく無いの。アドニスからの純粋な気持ちが欲しい。暗示が無くなった時に心から愛して欲しい」
「……それって、ティアは俺のこと……」
「うん。好きだよ。大好き」
ティアが薄っすら頬を赤く染めて、ニコニコ笑った。
「ティアの気持ちは、暗示じゃないのか?」
「うん。私の気持ちは純粋な心からの気持ち」
俺は嬉しそうに笑いながら愛を告げてくるティアを、優しく抱き寄せた。
ティアも俺の背中に腕を回す。
「俺は好きって言われるだけですっごく嬉しい。俺からのティアへの気持ちは本心のつもりなんだけど……」
「フフッ。私も好きって言われたらやっぱり嬉しいよ」
俺たちは抱きしめ合う力を緩めて、顔を見合わせた。
そして微笑み合いながら、おでこ同士をくっつける。
「じゃぁ好き合ってる同士でいいんじゃないか?」
「そうかな?」
「そうだよ」
俺たちはそう言って軽く唇を触れ合わせた。
顔を離すと、俺を見上げているティアと目が合った。
「いつかは、心からの好きをくれる?」
彼女が首をかしげながら、可愛らしくお願いをしてきた。
「いいよ。けどそれはどんな時になるんだ?」
俺は、ティアの言っていることが、よく分からないワガママだと少し思っていたので簡単に引き受けた。
「ウロで決着がついた時……かな」
ティアがニコリと笑った。
俺も釣られて穏やかに笑っていたが、この時は知らなかったのだ。
ーーウロの決着とは、
俺かティアのどちらかが死んだ時だと言うことを。
それから俺は、彼女と穏やかで幸せな時間を過ごした。
ティアは元気になったが、病み上がりなので城内に留まることにした。
一緒に食事をとり、庭園を案内したりした。
随分前からそうだったように、ピッタリ寄り添って過ごした。
敵国のティアに対して、誰も何も言わずに当たり前のように受け入れてることを少し疑問に思ったりもした。
けれど、彼女と過ごせることに舞い上がっていた意識の中で、そんなことつまらないことは片隅に追いやられていった。
ーーそして、別れの時間は無情にもすぐに来た。
俺とティアは馬車から降りて、サロル橋の入り口に立っていた。
ここを渡るとティアが戻るべきリュシー国だ。
橋の向こう側には迎えに来ているレノ王子と数名の従者が見えた。
「レノ……」
俺は久しぶりに見た隣国の王の名を呟いた。
そう言えば、この前のウロには参加していなかった。
「私が熱を出したから、心配して来たのかな? 過保護なお兄ちゃんだからね」
隣にいるティアが苦笑した。
今まで気にしてなかったけど、ティアとレノって……どういった関係なんだろうか?
俺が訝しげにティアを見てしまうと、彼女は意図が分かったのか「アハハ!」と笑った。
「レノは私のお医者さんなんだ。レノだけが使える魔法で、私がウロで負った傷を治してくれてるの」
「ふーん……」
「アドニス……またね」
納得のいっていない表情の俺に、ティアが手を振りサロル橋を渡り出した。
ウロで負けたりして捕虜になった者は、翌日には自国に帰る。
その謎のルール通り、ティアは帰っていった。