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死が2人を分つまで  作者: 雪月花
テイク2
2/26

巡り合い


 春の穏やかな陽気が窓から執務机の上に降り注ぐ。

 頬杖をついてその光を浴びている俺は、あくびをかみ殺していた。

 ただ目線は目の前の手に持った書類ではなく、窓の外に随分長いこと向けられていた。


 そんなぼんやりしている俺に声をかける奴がいた。

「……いつに増しても腑抜(ふぬ)けてるな」

 俺のそばに立ってため息をついた彼は、側近のネイロだった。


 彼の顔にゆっくり目線をうつすと、呆れた目線とぶつかった。

 けれど、面倒くさくてすぐに逸らすと、ネイロが見慣れた分厚い書類を持っていることに俺は気付いた。


「今日だっけ?」

「そう、今日だぞ。ウロは」

 ネイロがその書類を掲げながら俺をジトっと不満気に見ていた。

「…………」

「今日のウロはーー」

 それからネイロは、その分厚い書類をペラペラめくりながら、今日のウロボロスの予定を説明していった。


 いつもとあまり変わらない概要を聞き終わると、俺はネイロに聞きたかったことを口にした。

「赤目の魔女の噂を聞いた」

「…………」

「どんな奴なんだ?」

「…………」


 ネイロが珍しく静かになり、切なげに笑ったように見えた。

 けれど、次の瞬間にはいつもの彼らしい溌剌(はつらつ)な笑みを浮かべていた。


「実際に見に行こうぜ!」

「…………」


 今度は俺が静かになってしまった。


「面倒くさい……」

 呟くように小さな声で抗議したのに、ネイロにバッチリ聞こえていた。

「でもウロでしか会えないぞ。そうと決まれば準備しなきゃな!」

 彼はわざと笑顔でそう言い切ると、俺の返事を聞かずに部屋をいそいそと出て行った。


 ……どうやら勝手に俺の準備をしに行ったようだった。

「…………まじか」

 俺は赤目の魔女の話をネイロに振ってしまったことを項垂(うなだ)れて後悔した。

 ああなった彼はもう止まらない。

 長年の付き合いでネイロの性格は分かっていた。


 ーーこうして俺は、久しぶりにウロボロスに参加することになった。




**===========**

 

 大きくて立派なサロル橋を、ルカディア国の兵士たちがゾロゾロと渡っていた。

 歩いている兵士の前後を、馬に乗った精鋭の騎士たちが囲んでいる。

 その先頭で馬に乗りみんなを率いているのが、王である俺と側近のネイロだった。


 俺は久しぶりに参加するウロに緊張しながらも、隣のネイロに尋ねた。

「……いろいろ忘れているんだけど、ウロって何で終わる時間が決まってるんだ?」

 俺はずっと疑問に思っていた。

 開始時刻と終了時刻が決まっている。

 不思議な戦いのルールだ。

 

 俺が返事を待っている間も、馬はゆっくり歩みを進めていく。

 徐々に橋の向こう側にある、荒れ果てた町が見えてきた。


「さぁ? キリがいいから?」

 ネイロが肩をすくめた。

「キリがいいって……戦いなのに?」

「そうだ」

「……?」


 ちょうどその時、ルカディア国の軍隊はサロル橋を渡り終え、荒れ果てた町の真ん中にある大きな広場についた。

 俺の疑問がハッキリ解決しないままだったけれど、どことなく空気がピリピリしたものに変わり、自然と対話が途絶えた。

 

 広場の近くの建物は今ではほぼ無くなっており、残骸が所々に落ちていた。

 町にある他の建物も、どれも半分ほどの形を残して崩れていた。

 長いあいだ続いているウロでこうなったのだ。


 俺とネイロは馬から降りて、こちら側の陣営の前に立った。

 反対側にあたる向こう側には、隣国の兵士たちが待ち構えていた。

 その真ん中には、リュシー国の王であるレノと、彼に寄り添うように立っている美しい女性が見えた。


 その女性は戦場にいるのが不自然なほど、輝きを放って見えた。

 彼女は紺色のドレスにシルバーの美しい刺繍が入ったドレスをまとい、おそろいのローブを羽織っていた。


 手にはロングスピア。

 白い蛇のモチーフが先端の刃の根元にまとわりついていた。

 その武器が魔女の杖のようにも見えた。

 

 なるほど〝赤目の魔女〟と呼ばれるわけだ。


 俺は心の中で納得しながら、彼女の様子をうかがっていた。


「ん? おかしくないか? 1人だけロングスピアって。リーチ差が有利すぎないか?」

 俺は思わず隣に立つネイロを見た。

 他のみんなは剣を武器にしていたからだ。


「アドニスだって、特別な剣だろ? そんなもんだろ」

 ネイロがそう言ってチラッと俺の剣を見た。

 それに釣られて俺も腰にたずさえてある剣を見た。


 確かにウロの時は、俺の武器はこれって決まってある。

 ……なんでだ?


 俺は立派な両手剣を眺めたまま首をかしげた。

 グリップと刃の境目に、黒い蛇のモチーフが絡み付いていた。

 それはまるで、赤目の魔女のロングスピアと対になっているように……




『ピーーーーーーー!!!!』

 どこからか、耳障りな音が響く。


 ウロボロスの開始音だ。


 俺はさっきまで抱いていた疑問をひとまず置いといて、その剣のグリップを握る。

「この合図も何なんだ? 気が抜けるよな」

 俺は剣を鞘から出して、構えながらネイロに言った。

「本当だよな。オレたちは命を張ってるのにな」

 ネイロも鼻で笑いながら剣を構えていた。

「……?」

 ネイロの発言に引っかかるものを感じたが、目前(もくぜん)に相手国の兵士が迫っていたので、戦いに意識を集中させた。




 俺たちに先陣切って向かってきた兵士の中に、リュシー国の王であるレノもいた。

 レノは俺に向かって剣を掲げて振り下ろした。

「久しぶりだな! アドニス!!」


『ガキンッ!!』

 レノの攻撃を、俺は自分の剣で受け止めた。

「……あぁ、久しぶりだな!」

 俺は剣を握る手に力を込めて、そのまま振り抜いて薙ぎ払う。

「おっと……相変わらず力は強いね!」

 レノはその衝撃で少しよろけたが、すぐ持ち直して横から剣をスイングさせるように振った。

「くっ!」

 それを俺はまた剣で受け止めると、鍔迫(つばぜ)り合いになった。


 …………

 この戦う感覚。

 本当に久しぶりだ。

 体が鈍ってて、まだ本調子じゃないな……


 そんなことを思いながら冷や汗をかいていると、誰かが俺たちに割って入った。

「アドニス!」

 助太刀してくれたのはネイロだった。

 彼はレノに向かって剣を振り抜いた。

「!! ……ちっ」

 レノはネイロの攻撃を避けるために、一旦後ろへ飛びのく。

 その隙に俺も後ろに下がって距離を取り、改めて剣を構えた。




 ーーその時だった。


「「「ぅわぁぁっ!!」」」

 大勢の悲鳴のような声が聞こえた。


 思わずそちらを見ると、赤目の魔女がスピアをグルリと横に一振りしていた。

 優雅に舞っているようにも見えるそれは、周囲にいた敵も味方も攻撃し、バタバタと面白いように倒れていた。


 魔女は何てことないようで、少し微笑んでいるようにも見えた。

 彼女のドレスのスカートが楽しげにフワフワ揺れている。


「あれを俺たちにもやられたら、瞬殺じゃないか? 今日、決着つくんじゃ……」

 俺は魔女に視線を向けたまま、隣にいるネイロに言った。


「アドニスの毎回のそのメタ発言、人気なんだよな」

「ん?」

「何でもない。まぁ、あの技はオレたちにはしないから……多分」

「? どういうことだ?」

「とりあえず、アドニスはティアを頼む。オレはレノを何とかするよ」

 ネイロが俺の返事も聞かずに、レノに向かって行った。


 ……ティア。

 おそらく魔女の名前なんだろうな。

 1番強そうな奴を差し向けられた……


 そう思いながらも、余裕そうにスピアを振り回わす魔女の元へ向かった。




 俺がある程度近付くと、向こうもこちらに気付いたようでスピアの(つか)を地面に刺して右手に持って立てた。

 そしてティアはその赤い瞳を俺に真っ直ぐに向けて言った。


「初めましてかな? アドニス」


 美しい魔女が戦場では不似合いなほどに、あどけなく笑った。


「…………ティ……ア……?」


 彼女を見た瞬間、俺の中を衝撃が駆け抜けた。


 何故か速まる鼓動。

 何故か目が離せなくなり、

 何故か溢れ出す彼女に向けての好意。

 

 そして、何故か考えてしまう……

 ーー殺してでも連れて帰りたい気持ち


「なんだこれ!?」

 いきなり湧き出てきた感情に混乱している心の中とは裏腹に、俺の体は勝手に動き出して、彼女を斬りつけようと剣を大きく振りかぶっていた。


 ティアがそれをヒラリと横に避けて交わす。

 そしてスピアを横に振って俺にぶつけてくる。

 右に左にとサイドからくる攻撃に、俺は後退しながら剣で防いだ。


「フフッ」

 ティアが楽しそうに笑う声がした。


 すると彼女は素早くクルッとターンを踏み、スピアの刃先を俺の顔に向けて突いてきた。

「!! ……っぶね」

 俺はしゃがんで避けて、低い姿勢のまま相手の足元を狙って剣を振る。

「…………届かないね」

 剣のリーチが足りずに、彼女のスカートの端を切っただけだった。

 ティアが余計に楽しそうに笑った。


「やっぱりスピアはズルい!!」

 俺はそう叫びながら、立ち上がるスピードも加えてティアのスピアを剣で上に跳ね上げた。

 力なら俺の方が格段に上なので、ティアが思わずよろける。

 そこに、すかさず一歩踏み込んで、彼女目掛けて剣を振り下ろした。


「きゃぁっ!!」

 ティアはすぐさま腕で防御した。

 彼女の袖が切れ、白い腕が現れた。

 その腕に赤い線が走ったかと思うと真っ赤な血が溢れ出た。


「……油断しちゃったなぁ」

 それでもまだ彼女はスピアを構えた。

 楽しそうに微笑みながら。

 腕から流れる血は、全く気にしてないようだった。

 紺色のドレスが肘あたりまで血塗れていた。


「大人しく負けを認めろよ。そうしたら、これ以上痛い目に合わずに済むぞ」

 俺は剣先を彼女の顔に向けて宣言した。

「?? 本当は殺したいんでしょ?」

 ティアが笑顔のまま首をかしげた。


 俺はギクリとした。

 

 何故、心の奥底の思いがバレてるんだろう?


 彼女はそんな俺を見透かすように、ニッコリと笑った。




「ティア!!」

 そう叫ぶ声が聞こえたかと思うと、俺に誰かが襲いかかってくる気配がした。


 すぐさまそちらを向いて、剣で攻撃を防御する。

 けれど相手が突進してきた力も加わって、俺は吹き飛ばされた。

 しゃがみ込みながら受け身を取り、俺はキッと相手を(にら)みながら顔を上げた。


 そこにはレノが立っていた。


 ティアが驚いた表情で彼に向けた。

「レノ!」

「ティア大丈夫か!?」

 レノが俺からティアを守るために、彼女を背に隠して俺の前に立ちはだかった。

「邪魔するなよ」

 俺が立ち上がって体勢を立て直し、再び剣を構えた時だった。




『ピーーーーーーー!!!!』

 どこからか、また耳障りな音が響いた。


「…………」

 ウロボロスの終了音だ。


 するとレノがすぐさま剣を鞘にしまい、ティアの腕の手当を始めた。

 近くにいた敵兵が布切れをレノに渡し、レノ自身が素早くティアの腕に巻いていく。


「早く城に帰ろう」

 青ざめているレノが、ティアを大切そうに横抱きで抱き上げた。

「……うん」

 ティアもレノの胸に寄りかかり、安心しきったように穏やかな笑みを浮かべていた。

 そうして、こちらを気にすることなく、レノは背を向けて足早に去っていった。




「…………」

 俺はその光景をずっと見ていた。


 心が苦しかった。


 ティアが離れていくことに。


 何としてでも連れて帰りたかったのに。


 


 ……次のウロはいつだろう?


 俺は彼女の血で濡れた自分の剣を見つめた。


 


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