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第3話 黒峰優奈

「ほんじゃ、俺逆方向だから。みんな、また来週」

「ちょっと真司。来週じゃ無いわよ。明日よ」


 駅に着いて解散しかけた場を、彩子が繋ぎ直す。

 今日は華の金曜日。明日の休日は彩子の提案で、皆で東京タワーに遊びに行くことになっていた。


「あ、そうでした。いやいや忘れてないっすよ、言葉のあやっすよ」

「ほんとでしょうねー? まあいいけど」

「でも夕霧先輩、休みの日に集まる時は、いつもキャンプとか釣りとかアウトドアな事するのに、東京タワーって珍しいですね」

「まあたまにはいいかなって。じゃ、あたしこれから釣具屋寄ってくからさ、あんた達は寄り道せず気をつけて帰るのよ」


 彩子はそう言って、一人先に別れた。


「夕霧先輩、海釣り好きだよなー」

「ていうか自分が寄り道するのに、私達にはするなって」

「優奈、あの人は自由なんだよ。気にしたら負け」


 湊が彩子を理解しているようなニュアンスの言葉。そこにも優奈は、ほんのひとつまみくらいのジェラシーを感じた。


 モノレールの改札に入って真司と別々のホームへ別れ、湊と優奈は車両に乗った。

 座席は埋まっているものの決して混んではいない車内。やがてドアが閉まり、がたんごとんと走行音が響く。外が暗いから、窓は湊と優奈の姿を反射する。


 優奈はそこに映る、スマホを眺める湊の横顔を見つめて、きゅっと唇を結んだ。

 今日、言おうと決めていた事がある。今しか無い。躊躇する心を強引にねじ伏せて、口を開いた。


「湊、まだ時間ある?」

「え、うん。大丈夫だけど」

「映画、見に行かない?」


 そう言って、自分のスマホの画面を湊に見せる。

 青い青い海の中に一体だけ佇む綺麗なマッコウクジラ。それは、海の生き物達の一生を描いたドキュメンタリー映画のサイト。


「行く」


 優奈のスマホの画面を見つめて食い気味で答える湊。丁度見たいと思っていた。それを優奈は知っていた。

 この機を逃す訳には行かないと、湊を誘うことを決めたのだ。


 優奈はやたっ、と心の中でガッツポーズをしてから、二人の最寄駅までの途中駅で下車した。

 そのまま駅のホームで二人でスマホを覗き込んで、映画館のサイトで席を選んで予約をした。その間、まるでカップルみたいだな、と優奈の胸は高鳴って、じんわりと心の奥底が熱くなるのを感じた。


「なんか海の映画見れると思ったら、今日は焼き魚食べたくなった」

「…………」


 湊が一撃でムードをぶち壊し、優奈が一つ溜息をついてから、二人はホームを降りて映画館へと向かった。

 映画館でチケットを手にして、大きなスクリーンの丁度真ん中あたりの席に座った。周りに人は少なくて、ほぼ貸切状態だ。まあ、内容的に満席になることは無いのだろうが。


 本編とは全く関係の無い予告が垂れ流される中、優奈は湊に小声で話しかける。


「ねえ知ってる? 人は生まれ変わると、海に帰るんだって」


 湊は、何の話だろうとは特に思わずに、優奈の言葉をすっと頭に受け入れた。


「土じゃ無いの? 土に帰って、そこから巡り巡って海に帰るみたいな?」

「ううん、海の生き物になって、綺麗な海を漂うの。普通はお魚とからしいけど、海に愛された人は、シャチとかイルカに生まれ変われるんだって」

「へー。それでシャチとかイルカは人とコミュニケーションがとれるのかな」

「そうかも知れないね。でね、なんかファンタジーみたいなお話なんだけど、白い鯨と黒い鯨っていうのがいてね、大昔から戦ってて、海に愛された人はその鯨達の戦いに……あ、始まるよ。しーっ」


 場内が漆黒の闇に包まれ、映画が始まった。決して広くは無い劇場の中心に、湊と優奈の二人。優奈はスクリーンでは無く、左隣りの湊を見つめた。憧れを隠すことなく、ひたすら真っ直ぐに、広大な海を泳ぐクジラを目で追う湊。優奈の位置だと右眼の黒い瞳しか見えないが、きっと、反対側の白い瞳も同じように、キラキラと輝いているはず。


 優奈は思う。その瞳が、好きだ。いつの間にこんなに夢中になってしまったのだろう。


 改めて、まるで戦の火蓋が切られたかのように、もう想いを寄せる前の自分には戻れない事を知った。

 優奈は頬を染めてニッコリと笑い、自分もスクリーンに向き直った。恋をした相手の好きなものを、その瞳に焼き付けようとするように。




「すごく、すごくよかった」

「うん……よかったね。生命って、海って、偉大」


 映画館を出た途端に、斜め上空を見上げてそう繰り返す湊。優奈は優奈でいつの間にかどっぷりとその魅力に溺れて、余韻をひたすら脳内で反芻していた。

 帰りのモノレールの中でも、生命の神秘や、弱肉強食の厳しさと海の美しさ。ホホジロザメの瞳のドス黒い迫力に、シャチの気高い姿など、互いの想いを共有することだけに夢中になった。

 駅を出てからも話は途切れず、気付けば道を別れる交差点。


「優奈、今日は楽しかった。誘ってくれてありがとう」

「私も楽しかった。また、行こうね」


 優奈はまだ一緒にいたい気持ちを抑えて、湊に手を振り青信号を渡った。

 湊はその後ろ姿を見送った後、軽い足取りで家へと歩いた。


「――人は海の生き物に生まれ変わる、か」

 優奈が言っていた言い伝えとやらを、何となく呟いた。

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