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第34話 奪われた仲間

 優奈が用意してくれた御座船ナイトクルージング。

 バルバロとも予定を合わせ、いよいよその当日がやってきた。


 今夜は快晴だ。月が夜空を背負ってまん丸に大きく輝いている。

 乗船するにあたってのドレスコードは特に無いが、荒波部のこの夏一大イベントだけあって、各々が気合いの入った格好をしてきた。


 彩子は昨日「大げさでなく、カジュアルで、それでいてドレッシーに……」とブツブツ呟きながら、寝室で着替えては湊に見せて、また寝室に戻り別の服を来て湊に感想を、という事を四、五回繰り返した。

 結果、袖の短い爽やかな白いブラウスに、動きに合わせて軽やかに揺れる青いロングスカートをチョイスして、髪は可憐にアップにまとめている。


 優奈は膝丈くらいの清楚なスカートに、黒いノースリーブのゆったりとしたカットソーを着ている。首の丈くらいの艶やかな髪の毛先は内側にくるんと巻かれていて、大人びて涼しげな雰囲気が、ギャップという魅力になって溢れ出ていた。


「うおーっ、二人とも、綺麗じゃん! 超いい!」


 綺麗めにシャツを着こなした真司が彩子と優奈をべた褒めし、二人とも調子に乗ってモデルのようなポーズを決めている。そいういうところは女子二人、似た者同士だった。


「本当だな優奈、大人びた格好も出来るじゃねえか。スカ子はあれだな。馬子にも」


 バルバロは彩子の目潰しをくらい、その場でしゃがみこんで悶絶した。


「バル男さんも、大人の男性って感じで、素敵!」


 バルバロはTシャツに細身のデニムというシンプルな装いなのだが、なんと言うか体型や髪型などから、海外の映画俳優のように何を着てもキマる恵まれたものを持っていた。

 そして首には幾何学模様の刻まれた、鮫の歯のようなネックレス。


「バルバロ、それ」

「ああ。お揃いのやつな」


 バルバロはネックレスを手にしてニカッと笑う。湊の首にも、少し小ぶりな同じものがぶら下がっている。

 ベリーのくれた、仲間の証だ。


「あら、同じネックレスね。なんなのあんた達付き合ってんの?」

「違うってサイコ先輩」


 彩子をじとっと睨む湊は、タイトなTシャツに七部丈の涼しげなパンツ。細マッチョが好き、と昨晩突然言い放った彩子が、筋トレを重ねて成果の出て来た湊の、身体の線を生かすTシャツをゴリ押したのだった。


 スタッフが乗船開始を告げてターミナルから桟橋に出ると、目の前には現代の紅妖。初めてそれを見たバルバロが驚く。


「おいおいまじかよ、紅妖ホンヤオじゃねえか!」

「びっくりするよね。僕もサイコ先輩に教えてもらって、最初すごい驚いた」

「? 湊、バル男さん。ほんやおって何?」


 優奈が頭に疑問符を浮かべるが何と説明して良いのか分からず、ゲームに出てくる大きな海賊船の名前だよ、と言って誤魔化した。


 乗船すると、湊達一行は船内の一番広い客間へと通された。そこは、かつて紅妖で宴を催したあの大広間。

 夏休み期間という事もあってか、平日なのにほぼ満席の状態だ。

 湊達が窓際のテーブル席に座ると、賑やかな船内にアナウンスが響いた。


「――本日は、御座船ナイトクルージングへご乗船いただき、誠にありがとうございます。本船はこれより出港いたします。まずはレインボーブリッジを通過いたしますので、是非皆様、トップデッキからの景色をお楽しみください」 


 エンジンの音と振動が増す。現代の紅妖はゆっくりと桟橋を離れて、東京湾を進み出した。

 周囲の客も出航に沸き立ち、船内は歓声に包まれる。


「うおー船出た! みんな甲板行こうぜ! レインボーブリッジくぐるとこ見ようぜ!」


 既にテンションMAXの真司も立ち上がって、早く早くと皆を急かす。

 他の乗客達も次々と席を立ち、船室(キャビン)を出てトップデッキへと向かう。階段は既に大混雑だ。


「すっごいはしゃぎっぷりね。優奈、真司の世話頼むわよ」

「えー私ですかー? あ、でもちょっとお手洗い。先に行っててください」

「トップデッキは混んでそうだから、一旦外で待ってるわ。そしたらみんなで上の階にいきましょ」


 一旦優奈と別れて自動ドアから船室の外に出ると、夜の優しい潮風が湊達の体をすり抜けていく。

 板張りの通路には階段があって、そこを登れば三百六十度に夜景が広がるトップデッキだ。

 しかし上まで登らなくても、十分綺麗な眺めだった。間近に迫ったレインボーブリッジは、改めて近くで見るとこんなに大きかったのかと驚くくらいの迫力だ。


 そこでふと、湊が気づいた。


「あれ? 真司は?」

「どこ行ったのかしら。困ったお子様ね」


 はしゃぎすぎて他の客に迷惑をかけていないか、と湊は辺りを見渡すが、真司は見当たらない。

 替わりに、夜景では無く暗い海面をじっと見つめるバルバロに気が付いた。


「バルバロ、どうしたの?」

「いやー、あんなとこに灯浮標ブイなんてあったかなって。航路でもねえのに」


 その目線の先に、紅い光が二つ。

 灯浮標の意味を知らない湊には、バルバロがなぜ疑問を持っているのかはよく分からなかった。しかし船舶免許を取って彩子をヨットへ乗せるなら、いずれはこの辺りの知識もしっかり付けないとな、と思った――その時だ。


 どこからか微かに、だが確かに聞こえた。

 百年後の海で、聞き覚えのある言葉。



『――海魂“解放”《リベラシオン》』



 直後――。

 灯浮標だと思っていた二つの光の位置から、紅の光の柱が海面から空へと突き上がった。

 蒼では無く、紅。それはつまり。


「……魔鯨(まげい)!」


 湊は紅い光の正体を呟く。

 東京水没の日、十一月二十九日を待たずして魔鯨が現れてしまった。


 甲板上の観客達は、何かの演出かと思っているのか拍手混じりの歓声を上げている。

 ――危機的状況だった。白鯨は目醒めていないし、白鯨だと思われる優奈も、真司もこの場にいない。それに湊達は丸腰だ。

 湊も彩子もバルバロも、目の前の紅い絶望をただ睨みつけることしか出来なかった。


 やがて光の柱が消えて、海面を割って魔鯨が姿を現した。

 百年後で見たときと同様、深緑色の皮膚をした巨大な鯨。


 魔鯨が口を開いた刹那――蛇のようにしなる無数の鎖が湊達の頭上を飛び越えて、上階のトップデッキへじゃらりと伸びる。

 何人もの乗客が全員その鎖に絡め取られ、次々に宙を舞う。遠ざかる電車のように離れる悲鳴の直後、いくつもの落水音。一瞬のうちに乗客全員が海に投げ捨てられた。


 その鎖を放った主の姿を目にして、湊は激しく動揺する。


「……なんで」


 ――真司だった。


 オレンジ色の短髪の襟足部分だけが、クロウラーのように長く伸びている。

 何も纏っていない上半身には、幾つもの傷跡のような紅い曲線の紋様が浮かび上がって、両の掌からは無数の鎖の束が垂れ下がる。

 そして、真司のあの無邪気な笑顔は消えて、明らかな憎悪を以って甲板を見据えていた。

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