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ショートショート9月〜4回目

緑道を行く

作者: たかさば
掲載日:2023/09/02

 ほんの少しだけ暑さが和らいだ気がする、九月初日の早朝。

 私は一人、やや寂れた印象の拭えない遊歩道を散策中だ。


 市内の大きな公園同士をつなぐ、全長10キロに及ぶ遊歩道【緑の小道】は、地元住民のみならず、近隣のランナーたちにも人気の場所である。

 幹線道路を避けるようにトンネルが設けられているため信号がなく、無駄に立ち止まらず10キロを駆け抜ける事ができるので、ランナーたちにとっては都合のいいランニングコースとなっている。緑道というだけあって木々がたくさん植えられており、真夏の暑い日差しをガードしてくれる上に、歩道の横には一級河川が流れていて風通しがよく、まさに森林浴を楽しみながらランニングができるのだ。


 長い道程の随所には豊富にベンチが配置されており気軽に休むことができるので、年配者の散歩道としても人気は高い。おおよそではあるが2キロおきにトイレがあり、使い勝手もいい。小さな公園やピクニック用の休憩コーナー、ミニサイズではあるがバトミントンコートにバスケットゴールがあり、水飲み場や景色が美しい吊り橋などもあるので、チビッ子連れのファミリーやカップル、若者たちのグループの姿をよく見かける。自然豊かな場所なので小鳥や虫の声を楽しむこともできるし、人通りが少なくないのでわりと治安も良い。


 のんびり、穏やかに、安全に散歩ができるこの緑道。ここは、人々のなんてことのない平凡な暮らしを感じる事ができる場所であり、私の荒んだ心が癒される…お気に入りの場所である。


 今も、マイペースに歩みを進める私の横を鳩がトコトコと並走していて、その様子を眺めながら前に進むのがずいぶん心地いい。ホバリングしているクマバチとすれ違い少々驚かされてみたり、名も知らぬ白くてデカイ花が咲き誇るのを見て感心してみたり、甲高い小型犬のはしゃぐ声が聞こえてほほえましく思ったり…たった一時間程度の時間で、起伏のない感情が揺り動かされた。


 まとまった時間が取れず運動不足になりがちな私の日常生活において、朝のウォーキングは欠かせないルーティンになっている。日々の作業に追われて自分の感情が二の次になり、凝り固まってしまった心をほぐすための貴重な時間なのだ。


 緑道を歩くことで季節を感じ、世間とのつながりを感じ…、自分もただの平凡な日常の一部であるのだと確認することができる、この時間。


 老いた両親の世話に追われる日常は、孤独になりがちだ。しかし、緑道を歩くことで、自分はそこら辺にいる普通の人と何一つ変わらない、平凡な存在だと…みんなと同じ、ウォーキングを楽しむただの人なのだと思う事ができる。


 朝早くに起きて、家事をして、親の元に行き、親の世話をして、自宅に帰って、家事をして、寝て、起きて。自分のやりたいことができる時間が見つからないまま、一日が終わることも多い。いつまで続くのかわからない、自分の時間が取れない状況が続いていて、くじけそうになったことも、一度や二度ではない。

 アレを先にやっておけば、コレはあとでもよかったのに順番を間違えた、手際が悪くて時間が無くなった、もっと考えて行動すればこんな事には……、悔やんだところで、過ぎ去った時間は取り戻せない。切望すればするほどに、時間は瞬く間に過ぎて行く。


 時間というものは、あっという間に過ぎ去ってしまうものなのだな、そんなありふれたことを思う。


 つい三日前まではツクツクボウシの声も聞こえたというのに、ずいぶん緑道は静かになってしまった。季節の移ろいとは、こうもスピーディなものなのかと驚く。そういえばやけに赤いトンボが飛んでいる。もう、秋は遠くないのだ。漂う空気も、真夏の頃とは明らかに違う…初秋の香りがする。


 今年も紅葉が楽しめたらいいな、そんなことを思っていると、緑道から逸れる分岐点に差し掛かった。郵便ポストがある交差点が見えたら、そこを曲がって…繁華街を抜け、5分も歩けば、自宅がある。


 楽しい一時間のウォーキングは……、すぐに終わってしまうのだ。


 今日も、一日…頑張るか。

 ほんの少しだけ、気合のようなものを入れて緑道から出ようとした時、心地よい風が、かすかに吹いた。


 足元のあたりを、丸まった枯れ葉がカラッカラッと二、三枚飛んでいくのを目で追うと、平凡な光景が見えた。


 斜め前に見える屋根付きのベンチにはおじいちゃんが座っている。

 前方の小さな橋の上に大型犬を連れた奥さんがいる。

 川の向こう側にあるバスケットゴールのところでは学生さんたちが騒いでいる。


 ……なんてことのない、いつも通りの日常がある。


 今日も、昨日までと変わらない日常があるのだろう。

 今日も、昨日までと変わらない、時間に追われる日常があるのだろう。

 今日も、昨日までと変わらない、あっという間に終わる日常があるのだろう。


 瞬く間に過ぎ去っていく、毎日。


 きっと、今、私が介護に追われて身動きが取れない時間も、過ぎてしまえばあっという間だったと感じるのだろう。


 今が、あっという間に過ぎるまで……あと、どれくらいなのかはわからない。


 長く、終わりの見えない、辛い時間が続くと思えば、気が遠くなる。


 いつかは、あっという間だったと思えるのだと考えれば……気が楽になる、はず。


 ……今日のお昼は、手抜きをしてお弁当にしよう。


 私は、久しぶりにコンビニに寄り道をしたのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 良い話をお書きになりましたね……。
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